非財務のマテリアリティはシングルかダブルか(2021年2月号)

※本記事はIDCJ SDGs室がこれまでのメールマガジンで取り上げた特集です。掲載内容はメールマガジン発行当時の状況に基づきます。

●マテリアリティとは

マテリアリティあるいはマテリアルという言葉をご存じでしょうか。

サステナビリティ報告書の作成や非財務情報開示に関わる業務に従事されている方であれば、何度となく耳にするものでしょうが、広く日常的に使われている単語ではないように思えます。  

学校の英語の授業で教わったマテリアルは材料とか物資という意味でしたので、私も最初は何か金属的な意味があるのかと思ってしまいました。1980年代にヒットしたマドンナのマテリアルガールという歌のことを想起した方もいらっしゃるかもしれません。

非財務情報開示の枠組みの中においては、マテリアリティあるいはマテリアルな事項とは、企業にとっての重要な事項といった意味で使われます。マテリアリティという言葉の代わりに日本語で「重要事項」と表記されることもあります。

●二つのマテリアリティ

現在、このマテリアティの定義や範囲について国際的に議論が展開されています。企業にとって何がマテリアリティ(=重要事項)なのかという点について、見解が分かれています。例えば、EUの「非財務報告ガイドライン」(2019年)では、マテリアリティには「財務的マテリアリティ」と「環境・社会的マテリアリティ」の二つがあると示されます。

財務的マテリアリティとは、企業の中長期的なパフォーマンスや立場を理解する上で必要な事項となります。主に投資家が必要な情報です。地球温暖化にともなう気候変動などの要因は、企業の将来の財務状態や事業パフォーマンスに大きなインパクトを及ぼす可能性があります。また企業の将来の価値創造にとっても重要なテーマです。こうした情報は投資家の意思決定を大きく左右するものであり、マテリアル(重要)な事項と見なされます。このように投資家の目線でマテリアティを解釈する立場は、SASBスタンダードやTCFD勧告等の中で示されています。

もう一つの環境・社会的マテリアリティとは、企業の事業活動が環境や社会に及ぼすインパクトを理解する上で必要な事項という解釈です。消費者、市民社会、従業員、投資家など幅広い階層の人々が必要とする情報となります。人権へのインパクトを含む、経済、環境、人への組織の最も重大なインパクトを反映する項目が、当該企業にとってのマテリアル(重要)な事項と見なされます。このように幅広い人々(マルチステークホルダー)の目線でマテリアティをとらえる側の代表は、GRIスタンダードです。

●シングル・マテリアリティとダブル・マテリアリティ

近年になって非財務情報開示に関して様々な枠組みが登場しており、マテリアリティをどのように定義するかについて統一した見解はありません。前述のEUガイドラインは、財務的マテリアリティと環境・社会的マテリアリティの双方を注視する立場であり、これをダブル・マテリアリティと呼びます。一方、マテリアリティは企業財務に与える影響に限定してとらえるべきであるという立場もあり、これはシングル・マテリアリティと呼ばれるようです。

シングル・マテリアティ派とダブル・マテリアリティ派との立場の違いは、非財務情報を開示する相手を投資家に限定するか、マルチステークホルダーと広くとらえるかの相違です。それぞれに正当な根拠があるでしょうから、どちらが正しいかという議論をしても歩み寄りは難しいと思われます。

●ダイナミック・マテリアリティの考え方

その一方で、マテリアティとは動的な概念であり、時代とともに変わってくるという見方もあります。企業財務とは直接の関係がないと捉えられた環境・社会的マテリアリティが、時間の経過とともに財務的マテリアリティに変化することがあり得ます。この考え方は、シングルでもダブルでもなく、ダイナミック・マテリアティと呼ばれます。例えば、人権問題は環境・社会的マテリアリティに過ぎず、自社の財務や価値創造とは関係が薄いと判断していたとします。しかし、ブラック・ライブス・マター運動等の展開で事業活動に大きな影響を及ぼすことになれば、これは財務的マテリアリティの候補になりえます。同様に、COVID-19が世界規模で蔓延することによって、最初は環境・社会的マテリアリティと見なしてた健康や保健の課題を、財務的マテリアティとして早急に見直す必要に迫られているかもしれません。

●最後に

もともと非財務情報は10年、20年、30年といった長期の視点で、企業の持続性や価値創造を描くためのツールとして位置付けられてきました。今現在、企業財務に影響を与えているかどうかという視点ではなく、将来の可能性を踏まえてマテリアリティを広く特定するほうが適切のように思えます。今後、非財務情報開示の枠組みが議論されてゆく中で、マテリアティの定義がどう整理されてゆくのか注目されます。

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