見出し画像

絶罪殺機アンタゴニアス外典 〜押し潰されそうな空の下で〜 #4

 絶罪殺機アンタゴニアス目次へ

「ヒュートリアとかいうこのビッチは、〈孤児〉狩りで罪業を稼いで来た奴だ。『親無し』の競争率は高いんだが、競合する養殖サイコパス共相手にも『引き寄せ』の罪業場で悉く勝利してきたみたいだね。ただボケて罪業場が変質してからはついにID持ちの市民のお子様にまで手をつけやがった」
 ギドは葉巻を深く吸うと、同じくらい深く吐き出した。周囲は暗い。地下──即ちセフィラの表面近くまで降りて行く大型エレベータは、直通の物など一つもないので必然乗り継いでいくことになる。中には今アーカロトとギドが乗っているようないつ墜落してもおかしくない半死体のような代物もあり、当然照明などついていないのだった。壁も天井もない吹き曝しだ。
「〈組合〉も〈原罪兵〉1人のために討伐隊なんて普通は出さない。だけど、〈組合〉の幹部の息子が殺られた。〈孤児〉だけ狙ってりゃ良かったものを、ボケって怖いわ。やだやだ」
 結果、〈組合〉経由でヒュートリアの情報がギドまで回ってきたということだろう。
「〈孤児〉狩りか……」
 〈孤児〉については以前ギドやゼグから聞いたことがある。
 罪業依存社会で最も恐るべき物は何か。それは罪を産出する人的資源の枯渇である。一切の天然資源がなく、また太陽光発電すら行っていない〈ワールド・シェル〉において、罪業エネルギーの闕乏は即ち人類の破滅だ。罪業の苗床たる人柱を、増やさねばならぬ。
 ──しかし〈原罪兵〉や機動牢獄が跋扈し、飢えと隣人の監視に苛まされるこの世界に、誰が新たな命を産み落とそうと思うだろう。各セフィラの出生率は僅かずつではあるが下降の一途であり、このままではいずれ人類の生存に必要な罪業値の下限を割るのは確実と目されていた。
 勿論〈法務院〉も手を拱いている訳ではなく、妊娠・出産・養育は全市民の義務として厳しく律している。出産した場合の、食料配給券の優先割り当てを始めとした福利厚生もそれなりに手厚い。だが人口の大半を占める貧民達にまでは徹底させれていないのが実情だ。折角腹を痛めて産んだ嬰児も、『燃料』として〈原罪兵〉や闇ブローカーに売り渡す夫婦も後を絶たない。
 そこで〈法務院〉が創り出したシステムが〈孤児〉だった。市民から供出された卵子と精子から親のいない子供達を大量に『作製』し、専門の施設で凡そ四歳頃まで育てた後に『出荷』される。大量の食料配給券と共に。
 配給券欲しさに貧民の夫婦は殆どのケースで〈孤児〉を引き取り──意外なことにそのまま育てるケースは8割近い。何故なら〈孤児〉の外見はほぼ例外無く佳麗だからだ。〈法務院〉の高度な遺伝子操作の賜物だった(ちなみにこのままでは全人類が美形になってしまう筈だが、〈法務院〉の計算尽くされた遺伝子デザインは外見の遺伝を抑制している)。無論「青き血脈」の、美の神が細心を込めて造形したかの如き華貌ほどではない。それでも、外見が人に与える影響は多大だ。そして教育施設で『従順さ』だけを徹底して躾けられた子供達は、親の手を煩わせる事がない。
 問題は残りの2割の末期だった。下衆の金持ちや娼館に売り渡されるならまだ上等。ソイレントシステムに生きたまま投げ込まれたり、食用肉として処理されるのすらマシな結末。最も悲惨で、そして最も多いケースが〈原罪兵〉の手に堕ちる事だった。
 奴らは子供をとても『丁寧』に扱う。肉体のどこまでが生存に必要な部分か、どこまでなら『棄てて』構わないのかを熟知している。〈孤児〉一人を養育するコストは、〈原罪兵〉による強姦凌遅拷問殺で十分に回収できるのだった。
 〈孤児〉を直接〈原罪兵〉に渡すとそれは単なる『餌』に堕する。そんな事では罪業は産出されない。あくまで一度『親』に棄てられる、という謂わば『罪の正統性の不浄化』を経てこそこのシステムは完成されるのだ。
 ──人は、罪業の苗床。
 それがこの世界の、歪に凝り固まった絶対則。
(やはり──〈法務院〉とは相容れないな……)
 アーカロトは想う。己が受け継いだ導き手、昏い目をした男の事を。我が子を弑し、誰も泣かない世界を望んだ、絶望的に気高かかった男の生涯を。
 彼が殺したのは、我が子だった。紅い絶望が昏く覆い被さる監獄のようなこの世界で、それでも新たな命の灯火を増やそうと誓い、果たし、裏切られた。或いは〈孤児〉を引き取っていればあのような悲劇は訪れなかっただろう。血の繋がりが産む罪というものもあると、アーカロトは身に染みて知っていた。
 ギドは──どうなのだろう。アーカロトは正面で葉巻を吹かす老婆を見遣る。が、すぐに詮索をやめた。彼女にどのような過去があろうと、或いはなかろうと彼女の目的に協力するのに変わりはない。
「さてそろそろまた乗り換え──」
 ギドが端末を眺めながらそう言った瞬間の出来事だった。異音と共にエレベータが、跳ねた。
「──っ!!」
 振り落とされない様に手摺りを掴む──が、それは生温かい何かでぬめっており役目を果たさなかった。
 鉄錆のにおい。
 血の、臭いだ。
「これは……!」
 アーカロトは呻く。強化された視覚はこの程度の闇は問題なく見透せる。エレベータの手摺りが折れ曲がり、血液がべったりと付着し──そして明らかに子供の物と分かる小さな耳が床に落ちていた。
「「「たすけてえええええ!!!!!」」」
 唐突な、叫び声。声質からして明らかに子供。アーカロトは思わずそちらに目を向け──そして何が起こったのか、起こっているのかを理解した。
 エレベータはまだ下降を続けている。そこに衝撃が三連続。これは、敵の『攻撃』だ。エレベータを止めるための。
 異常に細い手足──遠隔操作が可能な安物のサイバネ義肢──を付けた子供達がエレベータシャフトの至る所に存在し、命乞いをしながら飛び込んでくる。その度に衝撃が加わり肉と骨と血とサイバネがレールを詰まらせる。
 質量と速度に物を言わせて下降を続けていた半死体のエレベータは、ついに子供達の投身自殺攻撃に耐え切れずに悲鳴を上げながら完全なエレベータの死体となった。
 アーカロトは心機を臨戦させると二丁拳銃を捻りながら抜き放つ。
 降り積もった子供達の残骸の上に、新しい子供が落ちてきた。
 否。
 それは、子供ではない。
 歪んだ認知を満面に湛えた、それは老女である。
 あどけない顔。豊かな黒髪。アーカロトの胸までしかない背丈。
 無邪気な笑みを邪悪に浮かべ。
 それは声を発した。

「わるいこ、みぃつけた」

続く

PS5積み立て資金になります