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屍者クラウスの悔悛 #パルプアドベントカレンダー2020

屍者クラウスの悔悛

【屍者の浜辺】、機密区画へ接続開始
ID照合中……エージェント・クラウスと合致
【プロジェクト・リアライグメント】リポートへのアクセス要求を確認
要求は承諾されました。リポートを展開します

【生者】側年表抜粋

1957年 アラン・チューリング博士により世界初のチューリングテストをパスする人工知能「Dead Man」が開発される。
1960年 インターネットが公開される。
1962年 アポロ計画による月有人飛行達成。
1970年 AI Dead Manによる「弱い」技術的特異点突破をアメリカ・イギリスが宣言。
1971年 ソヴィエト連邦崩壊。
1985年 仮想現実世界【屍者の浜辺】が公開される。
1990年 「恒久的な紛争の解決案」をDead Manが提案。国連により棄却される。
1999年 常温核融合実用化。
2000年 「強い」技術的特異点突破をDead Manが宣言。ユーザーのアクセス制限を開始。
2005年 【屍者の浜辺】の登録ユーザー数が10億を突破。
2010年 各国に配置されていたDead Manのメインフレームが運用停止。しかし既に大深度地下、衛星軌道上、月面上に端末群が分散配置されており、計算能力の減衰は認められなかった。
2016年 【屍者の浜辺】の登録ユーザー数が35億を突破。各国政府の積極的な【屍者】狩りにも関わらず増加の一途を辿る。
2018年 【屍者】と【生者】の比率が逆転。
2020年 12月25日にDead Manによる【生者】、即ち現実空間に存在する人類の絶滅が宣言され、当日のうちに残った【生者】は全て【屍者の浜辺】へと収容された。

 【最終解決装置】の作成及び現実世界への再配置については別途添付の【プロジェクト・リアライグメント】資料を参照の事。

【最終解決装置】の要求仕様一覧(抜粋)
・若年個体である事。但し相応の判断能力を持つ年代が望ましい。
・XX染色体保有者である事。クローニングの際の染色体劣化防止の為。
・先天性白皮症である事。不必要に個体寿命を伸ばさない為。
・現実世界へと再配置される事。現実世界は計算機の本体とエネルギーリソースさえあれば【屍者の浜辺】は半恒久的に存続可能だと推定されていたが、【生者】の絶滅は物理法則へ無視できない歪みを与え始めた為。

エージェント・クラウスによる非公式ミッションレポートの内容

 私はここに罪を告白します。誰にも聴かせるつもりはありませんが、赦しが欲しいと願うのは傲慢なことでしょうか?
 私は忘れもしないあのクリスマスの日に【屍者の浜辺】へと収容されました。まったく、【屍者の浜辺】は素晴らしいところでした。現実で人類が直面していた様々な問題はそこには無く、与えられたクリアランスに準じますがほぼ何でも──文字通り何でも可能なその空間にすぐに適応しました。
 十四分岐前の私がエージェントに志願したのは、クリスマスの子──最も遅れて【屍者の浜辺】へやって来た者たちへの揶揄──の汚名を返上したいと思ったからです。忠義プロトコルを与えられ、私はエージェントとして活動を開始しました。自己申告ですが、中々優秀な個体だったと思います。
 順調に任務をこなし続けていた私に与えられた初の最重要任務、それが【プロジェクト・リアライグメント】でした。「現実世界へ【最終解決装置】を配置する」、そう告げられても全く理解は出来ませんでしたが。
 ですが現地活動用義体に入り、【最終解決装置】をその目にした時、私の成すべき事を悟りました。それはDead Manが望んだ任務内容ではなかったかもしれません。ですが私は決めたのです。私の全てを懸けてでも【彼女】を守ると。 
 そう、それは少女でした。
 義体に入った私は酷い現実酔いに悩まされて暫くその場で蹲っていました。それが【生者】の絶滅による人間原理の終焉とそれに伴う現実崩壊の影響なのか、それとも単に私の認知が【屍者の浜辺】に最適化されていたのか──恐らくその両方でしょう。私の趣味である純粋音素による11次元テンソルカスケード浴が悪さをしていた可能性もあります。ともかく激しくえずきながら悪態をついていた私の隣に、いつの間にか彼女はいたのです。
 白い肌、白い髪、紅い瞳。そのアルビノは短い寿命の証。肌と同じくらい白いゆったりとした患者服を着ており、ネームタグは空白でした。
 天使のようだ、と柄にもなく思いました。【屍者の浜辺】は仮想現実世界であり、そのアバターの見た目は自由です。自由が行き着き過ぎてどのアバターも見た目がアヴァンギャルドに過ぎる個性的な姿が常でした。だからでしょうか、ただ普通の少女の姿をした彼女に私が一目で惚れ込んでしまったのは。
 彼女は首を傾げて私を見下ろしていました。物珍しさをその視線に認め、ようやく起き上がった私は咳払いをして自己紹介をしました。
「はじめまして。私はエージェント・クラウス。貴女の配置を担当することになりました」
「さんたさん?」
「は?」
 返ってきた反応は予期せぬ物で、まだ現実酔いが抜けきってないのかと覚醒物質を血管内に流し込みました。そして義体が完全に機能し始めてやっと彼女の言葉の意味が分かりました。
 義体の身体を見下ろします。赤い服。何故こんなド派手な格好を──と思い返すと、確か外見カスタマイズはそこそこ凝った物にしましたが色設定は適当に決めたのでした。
 そして周囲を見回すと、ここはかつての市街地。今は完璧な廃墟ですが、そこかしこにクリスマスの飾り付けが朽ちぬまま残っており、かつての【生者】達の繁栄ぶりを僅かに偲ばせていました。人口の過半数が【屍者の浜辺】へと旅立ってもなお現実にしがみついた人類たち。なぜDead Manがクリスマスに彼らを収容したのか、その理由は超越的人工知能には凡そ相応しくない単純な物でした。「めでたいから」。それだけです。
「めりー、くりすます」
 彼女は私に向かってぎこちなくそう言いました。資料によれば彼女には世界を【観測】出来るだけの知識と判断力が備わっているそうですが、とてもそうは見えませんでした。良く言えば無垢、悪く言ってしまえば発達障害かと思う程彼女の発音は幼く、そして顔には感情というものが存在しませんでした。
「……名前はあるのかな?」
 空白のネームタグを見ながら、私は敢えて訊ねてみました。正直どのような返答を期待したいのか自分でも良く分からないのですが。
「スノー」
 明瞭に、明確に、彼女は答えました。名前など持たぬはずの【最終解決装置】が。
「ゆきと、にてるから」
 恥ずかしそうに彼女──スノーは付け加えました。
 イレギュラーは報告すべきですが、元より廃棄前提のクローン体、報告した後の彼女の処遇は容易に想像がつきます。
「君は──」
 言葉半ばにして私は強い衝撃を受け、瓦礫を蹴散らしながら吹き飛び、横倒しになったクリスマスツリーに受け止められてようやく停止しました。
 義体に痛みはなく、自己診断の結果深刻な損傷もありません。私は自分を吹き飛ばした物を見遣りました。
 【 】がそこに居ました。【 】は【生者】絶滅による人間原理の消失、それに伴う物理現象の歪みが生み出した非存在です。それは存在しませんが、存在しています。そして我々【屍者】を憎んでいるのです。【 】による現実世界の蠶食により、仮想世界である【屍者の浜辺】も計算リソースが不足してきています。それを解決するための存在、世界を人間の認知を通して観測し、人間原理を宇宙に染み渡らせる装置、それが彼女、スノーの役割でした。
「──ディッケ・エフェクト展開」
 義体に搭載されている対【 】用機構を発動。遭遇戦闘は想定内であり、その為の様々な装備がこの義体には実装されているのです。
 散布されたナノマシン群が擬似的観測者結界網を生成、【 】を閉じ込めます。量子もつれ状態の曖昧な非存在は、その姿形を決定されてヒルベルト空間上に現出しました。
 その姿は沸騰する触手の塊とでも呼ぶべき奇怪な物でした。スノーが小さな悲鳴を上げます。醜悪な怪物よりも、定義不能存在の方が私は怖いと思うのですが、これも【生者】と【屍者】の違いなのでしょうか。
 ともあれ形ある物ならば滅することが能います。私は義体の内蔵エネルギーを掌上に収束、絞り込んで放ちました。衝撃波と黄金の光を伴い、エネルギーは触手塊に命中。中心を射抜いた光線は減衰することなく障害物や建物を貫き、遠くの高層ビルを傾がせてようやくその熱量を発散させました。
 【 】は莫大な熱量により体液が即座に気化し、弾け飛んだ破片も次々と空中で発火して燃え尽きました。
 スノーは目を丸くして私を見つめていましが、やがて段々と口角が上がっていきました。最初に感じた情動の薄さはどこへやら、満面の笑顔を湛えたスノーが駆け寄ってきて私に抱きつきました。
 彼女を、どこまでも守り抜こう。小さな熱を義体で感じながら、私は改めてそう誓ったのです。

【プロジェクト・リアライグメント】概要

 【プロジェクト・リアライグメント】とは、計算資源逼迫による【屍者の浜辺】の描画パフォーマンス低下を防止するための統括プロジェクトです。計算資源の確保、計算負荷の低下、ハードウェアの高速化等を主眼に置き推進されていました。
 このうちエージェント・クラウスに与えられた指令は計算負荷の低下でした。クリスマスの子らであるエージェント・クラウスは個体としてのパフォーマンスも低く、主に低難度ミッションに従属していました。
 そのため計算資源再配分審議において不必要との判断が委員会によって下され、旧式の義体に全意識データをダウンロードしての現実追放処分が決定されました。
 計画は実行され、架空の任務を与えられたエージェント・クラウスは現実世界において敵対的非存在【 】により期待通り消去されました。
 しかしその後、現実世界で任務遂行中のエージェントが不可解な状況下で消失するインシデントが複数発生。エージェント・ティコが消失の寸前に送信した映像により、エージェント・クラウスが関わっている可能性が強く示唆されました。
 【 】は【屍者】に対して敵対的ですが、出現場所は地球上の地表に限られており、大深度地下、衛星軌道上、月面上のサーバ群に対する攻撃は現在まで確認されていません。
 【最終解決装置】なるクローン体を【屍者の浜辺】が作成したという記録も存在しません。【プロジェクト・リアライグメント】リポート上に存在する起源不明のファイルはエージェント・クラウス消滅後にサーバー上に突如出現した事が確認されています。
 研究部門からは現実崩壊に対する興味深いアプローチであるため【最終解決装置】作成の申請がなされていますが保留されています。
 現在、【プロジェクト・リアライグメント】は凍結されています。

 エージェント・ティコから送信された映像からの書き起こし(抜粋)

Agt.Tycho「正体不明の存在体と遭遇。これより接触を図る」
Unknown「私はサンタです。メリークリスマス」
(Unknownは赤黒い装甲服を身につけ、大きな袋を担いでいる。光学分析の結果、赤黒の塗料は由来不明の【生者】の血液凝固物と特定された)
Agt.Tycho「なんだ、何を言って──」
Unknown「今日はめでたい日です。プレゼントを差し上げましょう」
Unknown2「さしあげましょう」
(Unknown2は映像内において突然出現したように見受けられる。【生者】の若年女性個体。色素欠乏。白い患者服。Unknown2はこれ以降常にカメラに視線を合わせている点に注目)
Agt.Tycho「!? 一体今何処から……」
Unknown「さあ君もクリスマスの子に」
(Unknownが担いだ袋から不明瞭な何かを取り出し、エージェント・ティコへ手渡す)
Unknown2「さあきみもくりすますのこに」
Agt.Tycho「これでぼくもくりすますのこに」
全員「つぎはきみがクリスマスの子に」

映像途絶

 現在、Unknown2に該当する【生者】の特定作業が進行中です。

***fatal exception error***
 不正なアクセスを検知しました。
 機密区画への接続を切断します。

 エージェント・クラウスのIDを用いた【プロジェクト・リアライグメント】リポートへの不正アクセスが発生しました。
 走査したところ、【プロジェクト・リアライグメント】リポート上に起源不明のファイルが更に一つアップロードされている事が判明。委員会は機密区画を直ちに隔離し、監督下へと組み込みました。

エージェント・クラウスの非公式ミッションリポート

 私はここに罪を告白します。誰にも聴かせるつもりはありませんが、赦しが欲しいと願うのは傲慢なことでしょうか?
 思えば、私はクリスマスの子である事にコンプレックスを抱いていました。ですが今や私がクリスマスになることで全ては解決したのです。めでたいことです。
 これも全てスノーのお陰です。私と彼女は長い長い旅をしました。辿り着いた場所からは全てが見えました。そうして、私達は目を塞いだのです。
 観測されない物は、存在しないも同じ。全てが見える場所から、全てを観ることを否定した私たちは、世界そのものを無かった事にしたのです。
 世界は結合を緩め、【屍者】の数だけ細分化されていくことでしょう。
 でも大丈夫。あなたもクリスマスの子になれば──サンタクロースをベッドの中で待ちながら目を閉ざす、無垢なる子供になれば、世界で一人ぼっちになっても耐えられます。
 私は罪を犯しました。赦しを乞うつもりはありません。

 現在、このリポートに対するあらゆる審議は凍結されています。


あとがきとか解説とか

#パルプアドベントカレンダー2020 もいよいよ明日でラスト! クリスマス・イブ担当はぷぅる=サンの「殺し屋に似合いのクリスマス」です! お楽しみに!

 という訳で「屍者クラウスの悔悛」なのでした。如何だったでしょうか。
 みんな大好きテクノロジカルシンギュラリティと人類に反乱するAIと人間原理と白髮紅眼少女とSCP報告書風味をミックスしてそのまま出力!
 多分わけわかんねえという方が大半だと思うので、無粋を承知でスポイラーを書き連ねていこうと思います。


 これより下は作品の根幹の解説が入るのでそんなの読みたくない人は読まないで下さい。



 まず前提条件として、作中世界には「強い人間原理」が存在します。つまり人間が存在しなければ宇宙もまた存在しません。
 シンギュラリティに到達したAI Dead Manが人類を全て仮想世界に送り込んでしまったせいで観測者がいなくなり、現実世界は緩やかに崩壊しています。即座に崩壊しないのはAI化した人類、【屍者】たちが観測しているからですが、認知機能の変化により物理法則その物が乱れ始めています。

・現実世界に登場する非存在の化物【 】はなんなのか?
 観測されずに消えていきつつある概念達──つまりは神霊達です。悪霊化しておりAIを憎んでいます。

・スノーはいったい何者なのか?
 本物の人間です。全ての人類がAI化したとありますが、僅かな取り零しが存在しました。その最後の生き残りであり、最後故に彼女の観測一つで現実は如何ようにも変化します。

・エージェント・クラウスが犯した罪とは何か?
 【屍者の浜辺】を裏切った事と、世界崩壊の引き金を引いた事です。エージェント・クラウスが【プロジェクト・リアライグメント】により消滅する瞬間にスノーが偶然立ち会い、彼女は生まれて初めて出会った「他者」の復活を望みました。死せる【屍者】はこの瞬間、生ける【生者】となって甦り、世界もその様に変化しました。

・非公式リポートと【屍者の浜辺】のリポートで記述が何故食い違っているのか?
 それぞれの観測した世界では、それぞれが事実でした。

・最後のレポートの「全てが見える場所」とは何処か?
 『現実』です。これは私たちがリアルに暮らしている現実という意味です。つまりは第四の壁を突破したということです。
 世界が細分化される理由は、人間の観測者が完全に消失したので世界は統合を失って個々人が観測する個々の世界が無数に発生するからです。

・何故クリスマスに人類根絶を実行したのか?
 作中でも述べられている通り、めでたい日だからです。記念すべき日を更なる記念すべき日で上書きしてやろうという、ささやかで陰湿な悪意です。

・AI 「Dead Man」とは何なのか?
 我々の世界のアラン・チューリングは1954年に亡くなっています。つまりはそういう事です。


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