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ポスト・ポストカリプスの配達員〈35〉

『頭上に注意して下さい。大王紙魚群生地です』
「うええ……気持ち悪い……」
「これだから婦女子は。虫程度を気にしていてはこの先進めぬぞ。むしろ貴重な蛋白源獲得機会と捉えんか」
『大王紙魚はここ――旧帝都屍街に適応した生態を獲得しており、強酸性の体液と小切手由来の爆発反応装甲、それに雑食性となっており人も襲うようです』
「――先を急ぐか」
 ジップラインによる縦孔降下が終わり、今ナツキとトライ、そして護衛を買ってでたタグチは旧帝都屍街――かつて霞ヶ関と呼ばれた遺構を歩いていた。
 昔日の面影はまるでない。全ての道という道、建物という建物は異常増殖したポストに喰らい尽くされ、内側から破裂した様な有様だ。かつての日本の中心地は大郵嘯によって完膚無きまでに塗り潰されていた。国会議事堂も首相官邸も霞ヶ関駅も日比谷公園も、全ては赤くて四角いポストの下だ。こうやって歩けているのは、先ほど地上で暴れていたバケモノ達が這い出てきた穴のお陰だった。
 積層し堆積するポスト群の隙間からは、ポストミミックや大王紙魚、更には低級メーラーデーモンまでもが蠢いていおり独自の生態系を築いていた。テガミノキが発する胞子混じりの蒸気が不快指数を上げている。大抵のポストは機能停止をしているが、中には稼働中の物もあり、三百年ぶりに訪れた人の気配に反応して差し出し口を物欲しそうに開閉するのだった。
 足元を小走りに駆けていくのは切手の伝令兵達。独自の進化を遂げた便箋や筆記道具達は原始的な知性を獲得するに至り、国のような物を作り上げて戦争を行っている。かつての人類のように。
 トライが散布したナノドローンによるスキャニングはこの広大な空間の千分の一も調べられていないが、まさに地獄の様相であった。まれに見つかる白骨死体は追放処分を受けたクロネキアン達の物か、はたまた三百年前の日本人か。
「郵政省庁舎はこの有様で残っておるのか?」
 タグチが曲がり角をクリアリングした後、襲いかかってきたポストミミック(3メートル級)を返り討ちにした際に浴びた体液を拭い落としながらトライに訊ねた。
『それは大丈夫です。地上の上級メーラーデーモンが出てきたのが、郵政省庁舎である事は確認済みですので』
 上級メーラーデーモンは地上では滅多に発生しない。相応のエネルギーやポストの集中が必要だからだ(APOLLONがポスト殲滅を掲げている理由でもある)。ではあれほどの数の上級メーラーデーモンを生成出来るポストとは何処か。それは世界で一番ポストの密度が高く、今なお新たなポストを生み続けている郵政省庁舎に他ならない。恐らくヤスオミに追放された枢機卿一派も郵政省の近くで潜伏していたはずだ。彼らがあの百鬼夜行を引き起こしたとは考えにくい。もしまだ生存者がいたら手助けにはなるかもしれない。
「郵政省庁舎にいけば、トライの体が元に戻せる……」
『ええ。郵聖騎士団本部には大コンポストがあり、騎士団特権であらゆる資材とエネルギーを無制限に利用が可能です。再生も一瞬で終わるでしょう』
「まあ、生きて辿り着けたら、の話であるがな」
 タグチが銃と小切手を前方に向ける。発光ポストが放つ蛍光グリーンの光の下、ポストモドキと大王紙魚の群れが大量に出現した!
「強行突破する! ムーブムーブムーブ!」
 手榴切手を投げつけながら、タグチが叫ぶ。飛び散る紙魚の節足と体液! ポストモドキが吐き出すPVA粘液! 更には騒ぎを聞きつけ、年経た大王紙魚の個体、紙喰い〈ゴッドイーター〉までもがザワザワと音を立てて這いずり回る!
 ナツキもサブマシンガンやレターPAC(Postal Advanced Capability)型スタングレネードを投げつけ応戦! トライのナビに従い最短距離を駆け抜ける!
『時間は――あまりないかもしれません』
 狂騒の中、トライがぽつりと漏らしたその言葉を、ナツキとタグチは聞き逃しはしなかった。
「どういうこと!?」
「まさか――奴がもう来たのか!?」
『ええ……周りを御覧ください』
「これは――!?」
 戦闘に気を取られていたが、いつの間にか周囲の様子は一変していた。デタラメに生えていたポストが整然と並んでいる。どこまでも、どこまでも。そして蛍光グリーンの灯りの下では判別し辛いが、色が変わっている。赤から――総てを支配する青色へと。全ポストの基幹ノード化。異常事態だ。
 気づけば周囲は静まり返り、不気味で規則正しい泡立つ様な音だけが空間を支配していた。音源は、前方。薄明かりの中黒々と聳え立つポストの塊。
 かつてのナツキとトライの、唯一の「家」と呼べた場所。
 郵聖騎士団のみんなとの思い出がつまっている場所。
 月へと繋がる、亜空の穴の空いた場所。
 ローラが未だに眠っているはずの場所。
 〒100-0013 帝都千代田区霞ヶ関1-3-2。
 旧日本国郵政省、本庁舎。

 大破したヤマトから出てくる難民達を、辛うじて機能を保っているイセ・パレスへと収容するのをヤタガラスの権能を用いて手伝った俺は、一息ついた。
 そしてそのまま呼吸を止めた。
 先の戦闘で露出したポスト――それらが、全て青く染まっているのに気付いたからだ。
 そこからはナノ・セカンド単位の出来事の連続。
 脳に直接響くタチバナの警告。
 相転移ビッグバン・郵子生成エンジンが出力を臨界へ。別宇宙の光子を刹那以下の速さで纏う――事が出来なかった。
 それは。
 文字通り瞬時に現れた。
 テレポートの語源がtele-postというのは皆さんご存知のとおりだろう。第四次環太平洋限定無制限戦争時に開発されたそれは、ポストに物を入れると遠くの別のポストに瞬時に転送される戦略的インフラとして造られ、戦後瞬く間に、ある意味普及した。普及しすぎた。
 真下に生えていた青ポストから、1万Kmの距離を跳躍してきたその機体は、青く耀く軌跡を残しながら、須臾の素振りで手に持つ刀――反物質生成剣〈ホワイトホールソード〉を抜き打った。
 無限大の出力を持ち、無限大の速度を発揮するヤタガラスに唯一弱点があるとすれば、それは俺だ。
 俺の意識と意識の隙間、ブーストされ常人より遥かに速く駆け巡るシナプス内電流の瞬きの間隙、涅槃寂静の絶対静止に近い、無限小に小さい点の如き空隙に、その斬撃はまどろっこしいくらいゆっくりと、絶対に躱せぬ軌道を伴って滑りこんできた。
 キュオン。
 音為らぬ音と共に、三本脚の金鴉は、切断された。

続く

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