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メリー・クリスマス・ネオヨコハマ【#パルプアドベントカレンダー2021】

 新横浜に何も無いという意見に、俺は声を中くらいにして反論したい。確かに新幹線に乗るためにやってきた人々がホームから目にする景色は畑と民家だけであろうが、駅の外には普通の地方都市レベルの施設は一通り揃っているのである。ただ『新横浜』などという厚かましい駅の名称のせいで横浜と比べられ、結果としてイメージを損ねているとしか思えないのだ。
 まあ近所に広めの公園が沢山あって、夜は人通りが恐ろしいほど少ないので田舎であることは否定しない。
 俺はそんな田舎に住む普通の学生である。駅の近くの偏差値が普通な高校に通う、ややアンニュイな男子高校生である。
 俺がアンニュイなのには理由があった。夜はまさに十二月。世間は忙しく、高校生も忙しい。年が明けたら大学受験について真剣に考えなくてはいけないし、そもそも直近の期末テストのために結構頑張って勉強しなくてはいけない。成績が下がったら親がバイトを辞めろと言っているのだ。それ以外にもいつもつるんでいた友人が唐突に訳のわかない遺書を残してこの世を去ったり、とにかく俺はアンニュイだった。
 だから勉強に飽きたその晩、俺は一人夜の街をふらついていた。人通りは少ないが車通りはそれなりにある道路を横目に、根岸公園までやってきた。冬の夜の公園なんてアンニュイな男子高校生以外には誰も来ないようで、ひょうたん原っぱは森に囲まれ深々とした静寂に包まれていた。
 寒い。ひたすら寒い。ダウンコートを貫通して侵入してくる冷気に俺は歯を鳴らした。せめてカイロを持ってくるべきだった。そもそも何で俺は公園くんだりまで来たのか。気晴らしなら家でユーチューブでも観ていれば良かったのではないか。
 周囲は真っ暗だが、星は見えなかった。曇っているのだ。虚無。ここには何もない。帰ろう、我が家へ……。入り口の方を向いた時に思わずキャッと可愛い声が出て、心臓と共に身体も跳ねた。
 誰かが、立っていた。
 冬の夜の闇の帳がそいつを覆い隠しているが、ぼんやりと浮かぶシルエットは大きい。……いや大きすぎないか? 二メートルは優に超えてんぞ。そんな巨人が声をも出さずにじっと立っているだけで、言い方は失礼になってしまうが不気味極まりなかった。
 俺が固まって動けないでいるうちに、そいつはゆらゆらと左右に揺れながらこちらに向かってくるではないか。十秒ほど呆然としていたが、やがて恐怖が俺の足を突き動かした。大声で助けを呼ぶべきなのだろうが、こんな周りに誰もいない状態とヤバい状況でも羞恥心が上回り、俺は声も出さずに遁走することしかできない。
 ドスン。
 衝撃。転倒。
「ぐぁっ……」
 突き飛ばされた。空地面空地面空地面空地面。何回転したのかは分からないが、真っ黒な空を見上げて大の字に地面に寝転がった時点で身体中が軋みを上げており、立ち上がることも声を上げることも出来なかった。
 ああ。
 俺はここで死ぬのか。
 石川よ。齢十七にしてこの世に自ら別れを告げた我が友よ。俺もどうやらそちらに行くようだ。『セカイに満ち満ちている悪意に、私は抗議する』だっけ? お前の遺書、おばさんから見せてもらったけどマジで良くわからなかったな。図書室から借りた本をいつも読んでたしなお前は。俺には全く見えない世界の裏側に蔓延る絶望がお前には見えていたのだろうか? そっちに行ったら教えてくれよ。
「……あれ?」
 暫くたっても俺は生きていた。正体不明の巨人にどうこうされなかった。
 体は痛むが骨や関節は無事で、俺は顔を顰めながら身を起こし、そしてあんぐりと口を開いた。
 光が舞っていた。
 光っているのはどう見ても女の子で、しかも制服を着ていた。極めて地味なその意匠は、俺の通う学校の近くにある県下でも有数の進学校の女性徒用の物だった。それが光っていた。
 光る女の子は、闇の巨人と戦っていた。大ぶりに腕を振り回し、地面に叩きつける拳は芝生を散らし手首までめり込んでいる。恐らく俺はあれに吹き飛ばされたのだろう。よく五体満足だったな。リングフィットで身体を鍛えているおかげかも知れない。ありがとう任天堂。
 ともかく光る女の子である。まるでプリキュアみたいな動きをしていた。くるくる回ってキックを放ち、大ぶりな攻撃には掌底でカウンターを浴びせ、手から何かキラキラしたもの(後に教えて貰うのだが、それの正体はトランプだった)をシュバババっと投げつけ、非現実的な光景をこれでもかとこちらに見せつけていた。
 対して闇の巨人は押されていた。だがとにかくタフネスで、光る女の子に掴みかかろうとする。そんな均衡は破られた。俺のせいで。
「あ、あの!」
 唐突に声をかけられたことに、光る女の子は驚いてこちらを振り返った。そこにぶうん、とまるで丸太のような巨人の腕がヒットした。
「ああ!?」
 俺の悲鳴。言い訳をすると、そんなつもりはなかったのだ。ただとにかく混乱していて……。
 女の子はふっ飛ばされてゴロゴロと芝生の上を転がった。光がゆっくりと明滅している。こころなしかさっきより輝度が下がっている気がする。
「だ、大丈夫!? ですか!」
 俺はまさに這々の体で女の子に近寄る。そして驚いた。光っていたので気づかなかったが、女の子の髪は真っ白だったのだ。女の子はうぅ、と呻いてぱちりと目を開く。そこで俺は更に驚いた。女の子の瞳は真っ赤だったのだ。それはカラコンを入れているような感じでなく、全く自然に見えた。
「貴方……!」
 女の子が声を出した。見た目の神秘的な感じとはかなりギャップのある、凄く子供っぽい声だった。
「避けて!」
「うぐわぁ!?」
 避けて、とか言ったくせにこちらの動きを待つことなく、何と白髪赤目の女の子は俺のことを蹴飛ばした。さっき闇の巨人に殴られた時より激しい衝撃で俺は空を飛んだ。人に蹴られて空中に浮くなんて初めての経験なので何だか周りがゆっくりに見えた。
 ゆっくりと動く景色の中、闇の巨人はなんとボディプレス攻撃を仕掛けていた。女の子は咄嗟に横に転がってそれをかわす。俺はゆっくりと地面に着陸し、そこからまた空地面空地面空地面だ。
 カクカクしたパラパラ漫画みたいな視界の中、女の子は素早く立ち上がり、倒れ込ん起き上がろうとする巨人の延髄に対して素晴らしいと言いたくなる踵落としを決めた。
 ずぅん。
 五メートルくらい離れているのに女の子の踵落としで巨人が芝生に埋め込まれた衝撃は、腹に響いてきた。
 女の子はまたも光るカードを取り出し、空中に並べると一斉に巨人へと発射した。爆音。土煙。
 それら全てが収まるまで、今度こそ俺は動けなかった。痛みもあったが、それ以上に目の前の漫画かアニメの如き有様に目を奪われていたのだ。
「貴方。どうやってこの『暗黒結界空間ダークリンボフィールド』に入ってきたの」
 気がつけば、女の子が俺の前に立ち、こちらを見下ろしていた。俺はこれ以上感情が動かないだろうと思っていたが、更にびっくりした。女の子の髪も瞳も黒くなっていたからだ。光ってもいない。まあそんなことはどうでもいい。今この子はなんて言った?
「『暗黒結界空間ダークリンボフィールド』?」
 俺が聞き返すと女の子はちょっと俯いた。周囲が暗いので良くわからないが、どうやら恥ずかしがっているようだった。そりゃ恥ずかしくなるよな。暗黒結界空間ダークリンボフィールドなんてダサすぎるし。
「とにかく、どうやって入ってきたの!」
「どうと言われても……。散歩がてらに寄っただけだから」
「嘘。そんな簡単に入ってこれる訳がない」
 嘘つきにされてしまった。ようやく恐怖が去ってアドレナリンが平常値に戻りつつあった俺は体中の痛みと共に理不尽に対する怒りも湧いてきた。何で本当に何も悪いことをしていない俺がこんな目に遭わないといけないんだ?
「あのさあ! 俺は本当にここに偶々やって来ただけなんだよ! そっちこそ何なんだよ! さっきのアレは!」
「――それは」
 女の子は言い淀む。だがそこでハッとしていきなり俺の上に屈み込むと顔やら体やらをペタペタと触ってきた。俺の怒りは一気に羞恥と照れに変換される。
「ちょ、ちょっとなにを」
「よかった。怪我はないみたいね」
 いや怪我は多分している。しているが、女の子の体温とか匂いでそういうのは全て飛んだ。ああ男子高校生の悲しきサガよ。
 女の子はすっくと立ち上がると、そのまま歩き去ろうとした。え、マジで? 説明も無しで俺は放置されるのか。
 痛みを堪えて起き上がる。肩が上がらないが、歩けない程ではなかった。
 女の子の横に並ぶ。
「……何?」
「いや、説明して欲しいんだけど」
「何について?」
「いや、さっきのアレについてに決まってるでしょ」
 女の子は歩みを止めて、俺を睨んできた。
「言っても理解してもらえないし、知っても無駄よ。これは私のやるべきことで、貴方には何の関係もないことだもの」
「いや、関係はあるでしょ! めちゃくちゃ巻き込まれてるじゃん俺!」
「……そうね。でも二度とこんな目には遭いたくないでしょ? 夜は家で大人しくしてなさい」
 にべもない。痛みで歩みの遅い俺を置いて、女の子は早足でずんずん歩いていく。と、立ち止まりずんずん戻ってきた。
「これとこれ。使いなさい」
 俺の手には消毒液とハンカチと傷の治りの早くなる高い絆創膏。
 それだけ渡すと、今度こそ俺の方を振り返りもせずに、夜の闇へ消えた。

      ●

 次の日俺は学校を休んだ。別に昨日の怪我が原因ではない。いや、親には階段から落ちたと言って打撲痕を見せて休むのを納得して貰いはしたが、一晩寝たら痛みはほぼ快癒していた。
 学校を休んで何をしていたかというと、ネットサーフィンをしていた。地域掲示板や学校の裏サイト、あるいはTwitter等をひたすら『光る女の子』『闇の巨人』等のキーワードで検索していたのだ。
 だけどヒットはゼロ。これは随分おかしな話だった。今の時代、誰も彼もがスマホを持ち、どんな些細な事故もネットに上がる。あれだけ派手で目立つ非現実的超常バトルを行いながら、何の情報もネットにないなんて。
 おかしいと言えば、あの闇の巨人である。女の子が帰ってしまった後、戦っていた場所を恐る恐る覗いた俺はその日何度目か分からぬ仰天をした。綺麗サッパリ消えていたのだ。巨人の体だけでなく、抉れていた筈の地面とかもだ。
 暗黒結界空間ダークリンボフィールド……。あのダサい名称の何かが、全てを覆い隠しているのだろうか。こういうのに詳しそうなのは俺の数少ない知り合いでは石川だけだったが、死んでしまったのでもう意見を伺えないのだった。
 でも他人に話したくてしようがなくなった俺は、友人の関内せきうちにラインを投げてみた。昨日あったことをできるだけ正確に書いたらめちゃくちゃ長文の怪文書になってしまった。
 ピコン。返信即来た。
『なにそのアニメ? 学校サボって観てたの?』
 ……まあ何の期待もしていなかったからいい。こうなったら手がかりは一つ。あの光っていた女の子だ。近所の進学校の生徒だとは、分かっている。時計を見る。今から自転車を飛ばせば余裕で放課までには間に合うだろう。待ち伏せして、聞き出すのだ。

 待ち伏せは空振りに終わりそうな気配を見せていた。校門前で辛抱強く待つこと凡そ二時間、辺りはすっかり暗くなって気温も下がり、過酷なる環境の中めげずにグラウンドで運動していた部活の生徒らも引き上げて、そろそろ校門も締め切られる感じである。まさかあの子も俺のように今日は学校を休んだのか? 考えてみればあんな非日常的バトルの翌日に平気な顔をして授業を受けるのはかなり難しいのかもしれない。こりゃまた後日出直すか、と俺が諦めかけたその時だった。
 校門を閉める用務員さんにお辞儀をして最後の生徒――昨夜の光っていた女の子が出てきたのだ。
 はた、と目が合う。女の子は明らかに動揺していた。チャンスである。俺は近づいて声をかけた。
「どうも。奇遇だうぐぁ!」
 足を踏まれた。指の骨が折れたんじゃねえかという位の激痛に俺は脂汗をダラダラと流す。
「――どうしてここにいるの!?」
 辺りを見渡しながら、女の子は小声で怒鳴った。
「……まあこんなところで話すのもなんだし、どこか温かい所でどうかな」
 俺は足の痛みを努めて無視しながらそう言った。
「関わらないようにって、昨日私言ったつもりだったんですけど……!?」
「気にするなって方が無理でしょ。それに、助けてもらったお礼も言いたかったし」
「え……」
 女の子がふっと力を緩めたので俺は素早く足を退けた。
「まあ、新横のロイホ辺りでとにかく何か奢らせてくれよ。感謝の気持ちとして」
 女の子はジロジロと俺のことを睨め回すしていたが、やがて渋々と言った感じで頷いた。よし、まず一歩目は成功だ。
「貴方、名前は?」
「桜木。桜木浩介。君は?」
「……本郷、梨里」
「本郷さんね。梨里ちゃんって呼んでも?」
「駄目」
「はい」
 未だ少し躊躇う本郷さんを自転車の後ろに載せて、俺はロイヤルホストまでひたすら漕いだ。
 店内はそこそこ混んでいたが、待たされる事なく席に案内され、腰を落ち着ける。
「何でも頼んでよ」
 俺がとにかく警戒を解いてもらおうとにこやかにそう言ったところ、本郷さんの表情がちょっと変わった。
「……本当になんでもいいのね?」
「……ああ!」
 大丈夫、まだ月初なので先月のバイト代で懐は温かい。
 本郷さんは結構な時間をかけてメニューの端から端までを精査し、国産和牛ステーキご飯と、紅玉りんごと塩キャラメルアイスのブリュレパフェとアイス珈琲を頼んだ。中々いい値段の物いくじゃないか。俺は無難にハンバーグとライスだけだ。
 料理が来るまでの間、話を聞かせてくれるかと思ったが本郷さんは無言だった。質問を二、三個したが全て無言でこちらを睨みつけてくるだけなので心が折れて俺も黙って待った。
 やがて届いた料理とデザートを、本郷さんは物凄い勢いで、だけどとても丁寧に食べ始めた。俺も釣られてハイペースになり、気づけば高校生の男女がただ無言でそこそこお高い料理をガツガツと食べているだけという奇妙な状況が生じていた。
「さて、何から聞きたい?」
 俺のより量のある料理を俺より遥かに食べ終わった本郷さんは、やや満足気な顔をしてようやくそう言った。
「とりあえず、なんで本郷さんは光るの?」
「…………」
 俯いてしまった。覗き込むと、顔を赤くしてぷるぷる震えている。
「ねえ、なんで光るの?」
 俺は重ねて質問する。別にこれは意地悪等ではなく、一番聞きたい質問だからだ。百歩譲って闇の巨人はそういう変質者の可能性もあったが、女子高生が光るのはどう考えてもおかしかった。
「……だから」
「え?」
光の、女戦士シャイニング、プリティ、だから……」
光の女戦士シャイニングプリティ
「そう、シャイニングプリティだからダークリンボフィールド内に現れる闇の軍勢マレブランケを倒さなきゃ、いけないの」
 ……ははあ。それなんてアニメ?
「そうなんだ」
 俺はとりあえず頷きながらそれだけ言った。
「なんでそんなことを本郷さんがやってるの?」
「選ばれたから」
「何に? 誰に?」
「知らないわよ、そんなの。ただ、友達のお葬式に出た日の夜に、いきなり家の周りから音も光もなくなって、気がつけば髪の毛の色変わってて体が光ってて怖くなったらあのおっきな怪物が襲ってきたの」
「目の色も変わってたよ」
「ええっ!? そうなの!?」
 知らなかった……と本郷さんは更に項垂れてしまった。
「いや、でも赤色の目、似合ってたから!」
「……嬉しくないわよそんなの。とにかく、襲ってきた化け物を私は倒せちゃったわけ」
「なんか光るの飛ばしてたよね」
「あれはトランプ」
「トランプ」
「念じたら、物を飛ばせるようになってたの。一番安くて飛び具合がいいのがトランプだったの」
「……夜は出歩くなって昨日俺に言ったけどさ、本郷さんはいいのかい、出歩いてて」
「だって、私が倒さなきゃ闇の軍勢マレブランケが……」
「いや、それ、放っておけないの?」
「他の人が貴方みたいに襲われるかもしれないでしょう」
「だったら警察に相談するとか……」
「したわよ、匿名で。でも見回り増やすだけで特に何も変わらなかったわ」
 まあ……警察としてもそれ以上何も出来はしないだろう。暗黒結界空間ダークリンボフィールドとやらのせいなのかもしれない。
 本郷さんはため息をついて、空のパフェの容器を突いていた。
  俺は本題を切り出すことにした。
「本郷さん、俺で良ければ闇の軍勢マレブランケ退治を手伝わせて欲しいんだけど」
 この現象に、俺はすっかり虜になっていたのだ。本郷さん自身についても。
「え、普通に嫌だけど」
 にべもなく、断られた。
「絶対に嫌だけど」
 ダメ押しまでされてしまった。
「……パフェ、追加で頼んでいいからさ」
 机の下でこっそり財布の中身を確認しながら、俺は提案した。
 ……三十分後!
 ビラビラと長いレシートをレジに持ち込み、俺は若干の後悔と抑えきれない期待感に胸をいっぱいにしていた。隣で本郷さんはパフェでお腹いっぱいになっていた。
「じゃあ……出る日に、呼ぶから」
 それでも渋々といった感じで、本郷さんは言った。なんでも闇の軍勢マレブランケは毎日出てくる訳ではなく、はっきり周期的に――具体的には2日に一回、出るらしい。昨日出たから今日は休みということだ。十二月に初めて遭遇してから既に六回戦っているそうな。 ますます出来すぎている。誰かが仕組んだ事としか思えない。しかしそう言っても本郷さんは強く否定し、『選ばれた』時と同じようにそう決まっているのだとしか言わなかった。
 ラインを交換して、店の前で別れた。既に日が暮れかかり、辺りは薄暗い。
「送っていこうか?」
「いい。見ず知らずの人に家まで知られたくないから」
 セキュリティ意識がしっかりとしている女子高生だった。
 ともあれ、こうして俺と本郷さんの夜間非現実的戦闘行脚な日々が始まったのだった。

      ●

 ともあれ武器が今の俺には必要であった。リングフィットで鍛えた肉体だけで立ち向かえるとはさすがに俺でも思っていない。
 幸いにも俺には武器の心当たりだけは大量にあった。
「関内ぃ。手斧売ってくれ」
 昼休み、俺は隣のクラスに居る友人の関内を訪ねていた。こいつの趣味は武器収集で、高校生が買える範囲の武器なら大体所持していた。危険人物である。何か事件を起きてこいつの部屋が捜索されたら例えどんな凄腕弁護士でもこいつの無罪を勝ち取ることは無理だろう。
「武器は、装備しないと意味がないぜ」
 ドラクエの武器屋みたいなセリフに笑う。関内は石川を通じて仲良くなったが、あいつが逝ってしまった後も特に変わらず友誼は続いてた。
「何に使うの。手斧なんて」
「ちょっと怪人退治に……って今出すな今出すな。学校まで持ってきたのかよ危ねえ奴だなあ」
「怪人……? まあいいけど、人に使ったら駄目だからね」
 俺は大丈夫大丈夫と言いながら金を払う。アレは確実に人ではないからな。そもそも斧ごときでダメージが通るのかも分からない。
 ふと。関内の隣の席を見やる。学校の備品にしては異様なほど、ピカピカに磨かれた机と椅子がそこにはある。漫画やドラマのように花瓶は置かれていないが、コスモスの押し花の栞が風などで飛んでいかないように机に貼り付けられていた。
 石川の席だ。
 俺の視線に気づき、関内はちょっと顔を曇らせる。
「なんか、席はそのままにしておこうってなってさ」
 昼休みにこちらのクラスにやってくると決まって石川は一人で黙々と読書をしていたのを思い出す。周囲ではしゃぎまくるクラスメイトがいる教室よりも図書室で読めばいいのにと俺はいつも思っていた。
「……まだ二週間だもんな」
 言ってから、ふと思い出す。
「なあ関内、石川の葬式やったのっていつだっけ」
 とんでもなく薄情なセリフになってしまったが、関内は大丈夫かこいつみたいな顔をしただけで、別に怒ることもなく淡々と教えてくれた。
「今月の一日」
 ――『知らないわよ、そんなの。ただ、友達のお葬式に出た日の夜に、いきなり家の周りから音も光もなくなって、気がつけば髪の毛の色変わってて体が光ってて怖くなったらあのおっきな怪物が襲ってきたの』
 今日は、十三日。2日に一回出現するという怪物。今まで6体倒した。逆算すれば、闇の軍勢マレブランケの初出現は石川の葬式の日になるのではあるまいか。これは何かの偶然なのだろうか。
 それ以降は関内の話も授業も全てぼんやりと聞き流して放課後になった。関内が手斧の入ったバッグを持ってきて一緒に帰るかと誘ってきたが断っる。今日は、俺の化け物討伐の記念すべき一日目だからだ。
 バイトは、打ち身のせいで暫く休むと伝えてある。来月の収入がガッツリ減るのは辛いが仕方ない。年末に急にシフトに大穴を空けられた店長は死にそうな顔をしていたがこれも申し訳ないが許して欲しい。
 何しろ怪物退治なのだ。
 光の女戦士と共に世界を闇の勢力から護るのだ。
 優先させるべきはどちらかは火を見るよりも明らかであった。

 本郷さんからのラインを見て集合した場所は日産スタジアムだった。闇の軍勢マレブランケは基本的に広い場所に出現するのだそうだ。
「でも最初は本郷さんの家に出たんでしょ」
「うちの庭、広いから」
 おおブルジョワジー。
「ところでまだ光ってないんだね本郷さあぶねえ!」
 ダン! と寸前まで俺の足があった場所を本郷さんは激しく踏みつけた。
「あんまり光ってるとか言わないで……!」
 顔が赤い。恥ずかしがっているようだった。
「プリキュアみたいでかわいいと思うよぐわああ!」
 褒めたつもりだったのに上腕を思いっきりつねられた。どうもこの人、言葉より先に手が出るタイプのようだった。
「しかし人がいないね」
 今は午後十一時。まだ終電もなくなっておらず、駅前の人通りは普段なら疎らながらある時間帯だ。
「よく見て」
「んん……?」
 辺りを見渡す。十二月中旬の夜。暗い。いや暗すぎる……?
「始まったわ。急ぐわよ」
「うお眩しっ」
 隣でいきなり本郷さんが光りだした。髪の色もいつの間にか真っ白になっており、目の色も瞬きをしたら赤くなっていた。
「でもどうやって入るのこれ」
 閉ざされたスタジアムのゲートを見上げる俺の襟を、本郷さんはひょいと持ち上げると、
「うおわああああああああ!?」
 翔んだ。
 束の間の浮遊感。そして胃がひっくり返るような落下感。俺は吐くのを必死に堪えた。
 ずん、と本郷さんは着地。俺は神業的タイミングで投げ出され、前転一回で芝生の上に投げだされた。
「あのさあ! 事前に言ってくれよこういうことするなら!」
「さっきから気になっていたのだけれど桜木君が手に持っているのは何かしら」
 無視! 何だか儚げな見た目や進学校の生徒であることで先入観を持っていたが、この子めちゃくちゃマイペースでかなり脳筋だ!
「……武器だよ。手斧」
 本郷さんは綺麗な形の眉毛を少し開いた。まさか俺がこれほどまでにやる気に満ち満ちているとは思わなかったのだろう。
「高校生がそんなの持ってちゃ駄目でしょう」
 違った。怒られた。
「とにかく、桜木君は危ないから隠れててね」
 光の女戦士はグラウンドの闇の彼方を見据える。ゆらり、と。蠢く影がそこに居る。オリンピックのサッカーの決勝戦もやった地元自慢のサッカースタジアムは、今世界の裏側の戦いの場と化していた。
 今回の闇の軍勢マレブランケもまた、闇の巨人の姿をしていた。だが前回の奴が鈍かったのに反して、今回の巨人は素早かった。
 陸上のスプリンター選手のような綺麗なフォームで芝生の上を爆走してくる闇の巨人を見て、俺は黙って観客席の側まで退避した。こんな手斧でどうこうできる相手ではなかった。
 だが光の女戦士シャイニングプリティと化した本郷さんは真っ向からその質量の驀進を受け止めた。遥か上から押さえつけようとする巨人の手を掴み、むしろ押し返している。円形の衝撃波が芝生をめくり上げ、風が俺のところまで届いた。
 そして本郷さんは容赦ないストンピングで巨人の足を縫い止める。がくん、と体勢を崩す巨人。頭がちょうどいい高さにきたところへ芸術的と言いたくなるようなソバットを決めると、バク転で距離を取る。巨人がやはり驚異的なタフさを発揮して立ち上がろうとしていたが、そこへ大量の光るトランプが投げつけられた。
 爆風が収まると、そこには巨大なクレーターだけが残っていた。
 完勝である。
「一昨日のやつより弱かったね」
 俺が感想を述べると、もう光るのをやめた本郷さんが隣にやってきて、呆れた顔をした。
「邪魔が入らなければこんなものよ」
「よ! 光の女戦士シャイニングプリティ! ぐわあああ」
 少しふざけたらストンピングを食らった。
「これで分かったでしょ。私は桜木君の手伝いなんてなくても大丈夫……なにこれ」
 武器の他に持ってきていた魔法瓶を差し出す。中は俺の母親手作りのはちみつ入りホットジンジャエールである。勉強の合間に飲むからと言ったら作ってくれた。
 本郷さんはおずおずと受け取り口をつけると、明らかに顔をほころばせ、おかわりまでした。マイペースで脳筋だけでなく、食べ物で割と色んな事を許す子でもあるらしかった。
「補給係は、必要かもしれないわね……」
 そういうことになった。

 戦わない日に、いくら本郷さんにラインを送っても既読無視されてしまうので、彼女が普段何をしているのかはさっぱり分からなかった。前みたいにストーキングまがいの待ち伏せは「次やったら踏み抜くからね」と警告を受けたのでやっていない。
 だから彼女と話す機会があるのは主に戦いのある日だ。
 近所の偏差値があまり高くない方高校のグラウンドで、今日も本郷さんは戦っていた。俺は手斧を脇に置いて体育の授業をサボった日のように見学している。シートを敷き、今日の『補給物資』を広げる。熱い番茶にクリームどら焼きだ。
 ずずうん、と爆音がしたのでそちらを見やると本郷さんがまさかのシャイニングウィザードを決めて闇の巨人を討ち倒していた。
 光が収まり、こちらやってくる。手斧を見て相変わらず顔を顰め、どら焼きを見て分かりやすい笑顔になった。
「これいつまで続くんだろうね」
 番茶を啜りながら俺は本郷さんに聞いてみる。今日で本郷さんのバトルについてくるようになって三回目であった。
「あと三回よ」
 本郷さんははっきり言った。意外と後少しだった。
「回数まで決まってるんだ」
「……わかるのよ。とにかくあと三回で新横浜ネオヨコハマの平和を守り通せるの」
新横浜ネオヨコハマ
 思わずオウム返しにしてしまった。本郷さんは物凄く恥ずかしそうに顔を俯ける。こんだけ恥ずかしがってるということは、これも別に本郷さんが決めた名称では、ないのだろう。ならば誰が名付けたのか。
「誰が――これを仕組んでいるんだろう」
 俺は無駄と分かりつつも尋ねてみた。
「キョウコ……」
 本郷さんがぽつりと言ったので俺は驚き、横顔を凝視する。
「今なんて?」
「……なんでもない。どら焼きごちそうさまでした」
 話が打ち切られそうになったので、俺は食い下がる。
「キョウコって、石川京子のことか!?」
 今度は本郷さんが驚く番だった。
「京子のこと、なんで知ってるの」
 いや、なんでって。
「……俺の、友達だったから」
「嘘。貴方の事なんて聞いたことないもの」
 カチンと来た。流石にこれは聞き捨てならなかった。
「俺と石川の友情を嘘呼ばわりするなよ」
「……ごめんなさい」
 気まずい沈黙。俺はわざとらしい咳払いをして、改めて尋ね直す。
「石川が、『これ』に関わってるっていうのか?」
「……うん。たぶん、そうだと、思う」
「根拠は?」
「これが始まったのが、京子のお葬式の帰りだったから」
 やはり、石川の葬式だったのだ。ということは式場で会っているかもしれないな。まあ、あの時はひたすら頭の中が真っ白だったのでろくに記憶も残っていないのだが。
「あの石川に校外の友達が居たなんて驚きだぜ」
 大体俺と関内と石川の三人でつるんでおり、クラスの女子のグループとすら関わりがなかったように思う。
「塾が一緒だったから」
 なるほど、そういう繋がりか。
「でも、石川が関わっている、と思えばこれは逆に納得がいくな。むしろなんで思いつかなかったってレベルだぜ」
 石川京子は高校二年生にして中二病を見事に拗らせた系女子だった。でもいいやつだった。凄くいいやつだった。初めて会ったのは二年生になってからだが、すぐに友達になった。
「あと三回ってことは……これが終わるのは」
「そう、二十三日。京子の、誕生日」
 ここまで揃えば、偶然では済ませられないだろう。何で、という根本部分だけが謎だが。
 石川よ、お前は世界を滅ぼしたかったのか? 自ら見切りをつけるほど嫌いな、この世界を。
 本郷さんからは石川について聞きたいことが山程あった。だが、俺がそうであるように、まだカサブタが固まってもいない傷をいじるのはいけないことだろう。
 俺も本郷さんも押し黙ったまま、帰り支度をした。

 そしてその日以降、本郷さんからラインが来なくなった

      ●

 闇の軍勢マレブランケの出現場所が分かるのは本郷さんだけだ。初回の俺はたまたま迷い込んだだけなのだ。
 ラインには既読すらつかず、電話をかけてみても当然応答なし。
 関内に聞いてみた。石川の友達の本郷さんという子を知っているか、と。俺が知らなかったのだから、当然関内も知らなかった。
 こうなりゃまたストーキングだ。しかし本郷さんの学校の前で待てど暮らせど、彼女は姿を表さないのだった。二年生っぽい女子生徒を片っ端から捕まえて、「本郷梨里は学校に来ているか?」とかなり危ない人っぽく尋ねたが、大半は怖がって教えてくれず、そのうち教師が出てきたので俺は逃げた。
 手詰まりのうちに、日数だけが過ぎて行った。
 散々だった期末テストをぎりぎり生き延びて、まさに今日が終業式で冬休みの始まり。本来なら小躍りでもするところだが、俺はアンニュイだった。
 良くないことは重なるものだ。俺は夜になるたびに本郷さんを探して街を彷徨っていたが、それが親にバレた。更に前から夜中に勉強をせずに抜け出していたことに薄々気づいていたらしく、こっぴどく叱られてしまった。
 親は心配もしていた。
 打撲痕も階段から落ちたのではなく本当は喧嘩でもしたのではないかと疑われていたらしい。
 石川の自殺後、ちょっと言動が荒んでいたので仕方ない。
 しかしあまりにも説教が長い。
 期末のテストが散々だったのもあってそれはそれは長かった。
 今日は、もう二十三日なのだ。
 最後の聖戦の日なのだ。
 最後の、チャンスなのだ。
 という訳で説教の途中でトイレと偽りそのまま外へ抜け出した。いつもの『補給物資』と手斧を持ち出して。
 後ろから親の叫び声が聞こえてくるが、無視して俺は夜の港北区を駆けた。
 世間はすっかりクリスマス。至るところにイルミネーションが飾られている。そういえばバイト先の店長からクリスマス助けてという悲痛なメールが届いていた気がする。ごめん、店長。
 あの戦いを石川が起こしているなら。広い所で発生するのなら。最後の夜はうちの学校じゃないか。
 そんな、予測とも当てずっぽうともつかない俺の賭けは、しかし当たった様だった。周囲が闇に染まる。人通りが絶える。暗黒結界空間ダークリンボフィールド
 俺は閉ざされた校門を乗り越え、校内に侵入した。そのまま校庭まで突っ走る。
 居た。

 光が舞う。躍る、踊る。回る廻る周る。トランプが放たれ、光爆の華を咲かせる。
 だが。
 だが、あまりに最後の闇の軍勢マレブランケは巨大だった。今まで見てきた奴らの優に三倍はある。校舎と同じくらいの背丈の怪物だった。振り回す腕は校舎を破壊し、歩くだけでグラウンドに大穴を空けている。
 そして今までと決定的に違うのは、その頭に角、その背中に翼が生えている点だった。典型的な悪魔。これが『セカイに満ち満ちている悪意』とやらなのか、石川よ。想像力が豊かなのか貧困なのかコメントに困るぜ。
 悪魔は、俺の侵入に即座に気づき、標的をチェンジしてきた。
 見た目と反した物凄い速度で、腕が叩きつけられてくる。
 あ、死んだかこれ。
 そう思った瞬間、俺の手は自動的に手斧を引き抜き、一閃。返す刃で更に刻む。
 悪魔の腕は、明後日の方向に飛んでいった。
 こちらに全力で駆けつけようとしていた本郷さんは出会って初めて見せる、めちゃくちゃびっくりした顔をしていた。
 なんだか辺りが明るいな、と思ったら、俺の身体がクリスマスツリーのように発光していた。
 俺は光の戦士シャイニングソルジャーになっていた。

「さ、桜木君!? 貴方一体」
「いやあ、なっちゃったよ、俺。光の戦士シャイニングソルジャーに」
光の戦士シャイニングソルジャー
 俺が決めた訳じゃないのにそんな微妙な顔をするのはやめて欲しい。
「とにかく、今はあいつを倒さないと。最後の闇の軍勢マレブランケ、ルビカンテを」
「なんだかFFの敵みたいな名前だね」
 俺の言葉を無視して、本郷さんは駆け出す。トランプを牽制でばら撒き、壊れた校舎の瓦礫を踏み場にして高く高く跳ぶと空中で一回転、そのままライダーキックのような蹴りを悪魔――ルビカンテに決めた。大きくよろめくルビカンテ。
 俺も負けてはいられない。手斧ケラウノスを手に(二千円の手斧が大仰な名前になったものだ)、突進を開始。
 ちょっとした思考に身体は即座に反応し、手斧ケラウノスをルビカンテ目掛けて全力で投げつけた。まさに落雷の如き音と光を撒き散らしながら、手斧ケラウノスはルビカンテを一度貫通、そしてブーメランのように回転しながら再度貫通して俺の手に戻ってきた。
 凄すぎる。
 凄すぎて、恥ずかしい。能力バトルは男の夢だよなーと石川と話した事があるが、実際にやってみるとめちゃくちゃ恥ずかしい。本郷さんがいつも塩試合でさっさと決着をつけたがる理由が身に沁みて分かった。
 隣を並走する本郷さんを見る。本郷さんは顔を赤くして頷き返してきた。多分俺の顔も真っ赤だろう。何故ならこれから二人の合体技で止めをさすからである。ああ。合体技って。高校生にもなって合体技って。
 しかしそうでなければ終わらないのならやるしかない。
 と言っても、本郷さんがトランプを投げて俺がもう一回斧を投げるだけなのだが。こんなしょっぱい攻撃に至高天エンピレオアタックってつけるのは如何なものかな。
 だが効果は抜群で、巨大なルビカンテはごっそりとそのシルエットを刳れさせ、そのまま闇に溶け込んでいった。
 同時に、俺と本郷さんの身体から光が失せていく。
「桜木君、貴方、金髪になって目が青くなってたわよ。超サイヤ人みたいだった」
 超サイヤ人かあ……。
「どうしてここが分かったの?」
「なんとなく……」
 本郷さんは眉根を寄せていたが、いきなりとんでもない事を言った。
「私ね、京子の後を追って死ぬつもりだったの」
「……」
「部屋でね、京子の真似して手首を切ろうとしてたの。その瞬間、これが始まったの」
「そうなんだ」
 俺は、努めてなんでもないことのように返事した。
 本郷さんは「そうなんだよ」とだけ言った。
 俺は本郷さんに初めて出会った日の事を思い返す。そもそも何で俺は公園くんだりまで行ったのか。勉強の気晴らしなら家でユーチューブでも観ていれば良かったのではないか。
 ――誰にも見られず死ぬつもりだったのだ。
 カッターナイフをポケットに忍ばせて。
 そこで、彼女の戦いを見た。
 これも偶然だろうか。
 それとも、誰かのお節介、なのだろうか。
 自分はさっさとこの世に見切りをつけたくせによお。
「あっ」
 俺はスマホを見て声を上げた。
「どうしたの」
 本郷さんが画面を覗き込んで来て、「あっ」っと声を上げた。
 日付が変わって、12月24日になっていた。
「「メリー・クリスマス」」
 二人の声がハモった。
「これで本当に全部終わりなわけ?」
 俺の質問に、本郷さんは少し上を向いて、誰かの声に耳を傾けてるような仕草をした。
「……多分」
「多分!? 多分じゃ困るんだよなあ! 受験とかあるしさあ!」
 天に向かって、そう言ってみても。別に返事は返ってこなかった。
「そういや、本郷さんには言いたいことがかなりある」
「……ごめんなさい」
 殊勝な本郷さんがかなり珍しかったので、俺は久しぶりに気分が良くなった。
「家まで送ろうか」
 単にこのまま自分の家に帰るのが嫌なだけなので、そう提案してみると、意外なことに本郷さんは頷いた。
 現地集合現地解散だったので、新鮮だ。
 暗黒結界空間ダークリンボフィールド等なくても人通りが少ない、クリスマスイブの深夜の新横浜ネオヨコハマを、俺と本郷さんは石川の話をしながら家路に就いた。

【終わり】

 明日の担当は電楽サロン=サンの『リナ──赤い幻視──』です。お楽しみに!

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