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書評「学校の生成AI実践ガイド」

先ごろ、出版された「学校の生成AI実践ガイド 先生も子どもたちも創造的に学ぶために」(特定非営利法人みんなのコード編著)について書きます。

まず、この本を買うべきか否かを書いておきましょう。学校における生成AIの活用について真剣に考えるならば買うべきです。ただし、それは「この本がバイブルになるから」、つまり正解を教えてくれるからという意味ではありません。「この本から議論を始められるから」です。

この本、章の構成がいいです。第1章が「『生成AI』って何?」、第2章が「『生成AI』は学校教育とどう関わるの?」、第3章が「『生成AI』を学校でどう活用する?」。現段階で出す書籍としては完璧な目次でしょう。それでは、この完璧な目次に沿って第1章から順に見ていきましょう。


第1章について

第1章は言わばAIの技術解説。もしかしたら専門家筋からは色々とあるかもしれませんが、私が気になったのは章の終わりにあるコラムです。2箇所、引用します。

子どもたちが生成AIについての説明・理解がないうちに、「生成AIを使った課題を出す」のは望ましくありません。

「学校の生成AI実践ガイド 先生も子どもたちも創造的に学ぶために」 P32

AIの特性やある程度の仕組みを学習したのちに、課題や授業内で活用することが極めて重要です。

「学校の生成AI実践ガイド 先生も子どもたちも創造的に学ぶために」 P32

書かれていることに基本的には賛同するわけですが、「子どもたち」とは誰か、「ある程度」とはどの程度かが大問題です。

私はあちこちで何度も言ったり書いたりしていますが、例えば小学校4年生にまともに生成AIの仕組みを教えることは無理です。「統計」はおろか「割合」すら知らないのです。そんな子どもたちに「ディープラーニングというのがあってだな」と言ったって意味はありません。

では、どうすればいいのか。第2章、第3章でそれが明かされるのだろうと考えると実にワクワクしてくる第1章終わりのコラムです。

第2章について

ファクトチェックの大切さを言う前に

文科省のガイドラインにもこの書籍にも「ファクトチェックが大切です」的なことが書かれています。例えばガイドラインだと情報モラル教育に関連してこのような感じですね。

※ これらの活動の一環として、情報の真偽を確かめること(いわゆるファクトチェック)の方法などは意識的に教えることが望まし い。また、教師が生成AIが生成する誤りを含む回答を教材として使用し、その性質やメリット・デメリット等について学ばせたり 、個人情報を機械学習させない設定を教えることも考えられる。文部科学省でも、現場の参考となる資料を作成予定。

初等中等教育段階における 生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン(文部科学省)

あるいはこの本でも「発達段階とファクトチェック」の項で以下のように書かれています。

あくまでも生成AIは1つの足掛かりであり、最終的には人間自身が責任をもってチェックするという意識をもっていただくことが大事だと言えます。

「学校の生成AI実践ガイド 先生も子どもたちも創造的に学ぶために」 P40

それはそうです。それはそうなのですが、これは生成AIが出てきたから必要とされるようになった話ではなくて、もっとずっと前から言われてきたことです。よく「知恵袋に頼っちゃダメだぞ」とか言っていましたよね。

大枠で言えば、やはり「生成」と「検索」の違いをきちんと教えることが大切だと思うのです。その点、詳しくは安藤先生の論考をお読みいただきたいと思いますが…

この本でも、実はさっき引用した部分の少し前に「検索エンジン代わりに活用することが難しい」とハッキリ書かれています。つまり検索エンジン代わりに生成AIを使おうとすれば、それはもちろんファクトチェックが必要なわけですが、それは生成AIが登場するずっと前からやっていたことでした。

生成AIが登場した今、大切にすべきは、「検索と生成は違うぞ」ということを教え、何でもかんでもファクトチェックしなければならないわけではなくて(だって、生成AIが出してきた回答、全てチェックしなければならないのだったら使う意味ないでしょ?)、どういったときにファクトチェックが必要かを理解させることでしょう。

授業の中で創造的に生成AIを使った場合、必要なのはファクトチェックではなくて、生成AIが出してきたものを土台に議論することです。なんでもかんでもファクトチェックが必要なわけではありません。(それってどんな授業?と思った方はこちらをぜひ。)

しかし、「発達段階とファクトチェック」の項では、そこを明確にせず、情報活用能力の文脈でファクトチェックについて教えることの重要性の話に持っていっているように私には読めました。そこは残念です。

後の方の「子どもたちに身に付けてほしい『情報活用能力』」の節では、生成AIを活用する上で大切な3ステップとして次の3つがあげられています。

①最初にいかにうまく問いを立てるか
②いかに自分が欲しい情報を引き出すか
③引き出した情報をどう扱うか

「学校の生成AI実践ガイド 先生も子どもたちも創造的に学ぶために」P58

なるほど、それはそうかもしれませんが、だとしたら0(ゼロ)として「これは生成AIを使うべき場面か」を考えさせることも必要でしょう。その結果、「いや、これは検索の方がフィットする」ということもあるでしょう。

ファクトチェックはたしかに大切です。しかし、その前に、やはり「生成」と「検索」の違いをきちんと教えることが大切だと思うのです。

年間授業計画や指導案への落とし込み

目次を読んで、私がもっとも期待したのはこの項です。みんなのコードが、文科省のガイドラインが出る前に「児童に直接、生成AIを操作させる」形で行う授業をサポートした話は聞いていましたので、私は「いったいどうやって児童に『生成AIの仕組み』を教え、その上で授業を行ったのか」が気になって気になって仕方ありませんでした。

また、直近では以下のようなリリースも出されています。

対象学校種は「小学校・中学校・義務教育学校・高等学校・中等教育学校・特別支援学校」となっていますから、小学校1年生でもOKなわけでしょう。いったいどんなマジックを使えば小学校1年生に「生成AIの仕組み」を教えることができるのか。全くわかりませんでした。

さっきも引用した通り、この本では「AIの特性やある程度の仕組みを学習したのちに、課題や授業内で活用することが極めて重要です。」と書かれていますから、みんなのコードでは「小学校1年生に『生成AIの仕組み』を教える」メソッドが完成しているのでしょう。それは知りたい!と思うのが人情というものです。

その答えの一端が、この「年間授業計画や指導案への落とし込み」に書かれているのではないか。そう思って読んでいったわけです。実際、この項には、

まずは最も重要な要素である「生成AIの仕組みを知る」ことを指導案に入れていく必要があります。

「学校の生成AI実践ガイド 先生も子どもたちも創造的に学ぶために」P54

と書いてあります。そうでしょう、そうでしょう。それは必要ですよ。しかし、その後、指導案にどう書いていくかについての説明は、たった3行しかありませんでした。

なるほど。そうですか。詳しくは第3章を読みなさいよ、と。そういうことなわけですね。では、第3章について見ていきましょう。

第3章について

この章ではツールの準備の仕方と授業・校務での使い方について具体例をあげて説明した後、小・中・高での実際の導入事例が書かれています。「生成AI実践例(1):授業での使い方」の節についても書きたいことは色々ありますが、さすがに疲れてきたので、ここでは「小学校の導入事例」の節に絞って書きます。

機械学習について学ぶ

千葉県印西市原山小学校でみんなのコードが支援して行った授業について書かれていますが、教科が書いていない…。「総合的な学習の時間」ですよね? 私が読み落としていますかね? 

まあ、それはともかく単元目標は①知識・技能、②思考力・判断力・表現力、③主体的に学習に取り組む態度、と分けて書いていたり、単元の指導計画の一覧表も掲載されていたりして、どんな実践が行われたかの概略は伝わるようになっています。

何と言っても私が興味を持っていたのが「生成AIを触らせる前にどうやって『生成AIとは何か』を教えるか」でした。画像認識AI(Teachable Machine)を使って「機械学習とはどういうものか」を体験させるのは「なるほど」と思いましたし、Streach3と組み合わせてプログラミング学習と結びつけるのはさすがと思いました。

ただ、学術論文ではないし、授業研究を主眼とした書籍でもないので仕方ないのですが、これら一連の授業を通して小学校5年生がどの程度「機械学習とはなにか」を理解したのかは、もう少し記述が欲しいところです。「わー、Teachable Machineおもしろーい」で終わった子もいたのではないかな、とか。

生成AIに触れる

6時間目までにAIの基本的な仕組みを学習して、7・8時間目がいよいよ生成AIに触れる授業です。うーん、ここも書籍全体のバランスから見れば仕方のないところでしょうが、もう少し詳しく教えてほしかったな、というのが正直なところです。例えば以下の記述。

生成AIはもっともらしく不正確な回答をする場合もあると確認することで、「大量のデータをもとに学習し、統計的に最も確率の高い言語を連想ゲーム的に重ねているにすぎない」ことを認識させています。

「学校の生成AI実践ガイド 先生も子どもたちも創造的に学ぶために」P116

東京書籍のWEBサイトに算数・数学の系統表があります。こちらの「データの活用」のところを見ていただくとわかるのですが、小学校5年生で「統計的な問題解決の方法」を学ぶことになっています。これ、何をやっているかというと、「好きな給食のメニュー調査」を行って、それを帯グラフにしたり円グラフにしたり、とかそういった辺りのことです。

原山小でこの授業を行った時期にここまで学習していたかどうかも定かではありませんが、このレベルの子どもたちに「統計的に最も確率の高い」ということをどうやってわからせたのでしょうか。最低でも6年の「場合の数、組み合わせ」は学習していないと、理屈で説明するのは無理だと私は思っています。(「場合の数、組み合わせ」を学習していても厳しいかもしれません。)

「生成AIはもっともらしく不正確な回答をする場合もあると確認する」ことは可能でしょう。しかし、それをもって子どもたちが「『大量のデータをもとに学習し、統計的に最も確率の高い言語を連想ゲーム的に重ねているにすぎない』ことを認識」したとするのなら、それはさすがに乱暴です。

また、百歩譲ってそれが可能だったとしても、これは5年生の実践です。低・中学年だったらどうするのでしょうか。生成AIを小学校1年生から操作できるようにするプロジェクトを進めている団体としては、そこの説明は避けては通れないと私は考えます。それとも「環境だけは整えるからあとは学校の先生が考えてください」なのでしょうか。まさか。

「安心・安全」とはそういうことなのか

「実施上の留意点」という項に、この授業で使ったシステムについていくつか書いてありました。

◯個人情報がOpenAIに渡らない
◯対話内容が学習データに利用されない
◯入力内容はすべて記録しているので先生による確認が可能
◯授業後は子どもたちがアカウントを使えないように設定可能

上2つはともかく、3番目と4番目はどうでしょうか。そういう機能が実装されていることで安心する教員や学校の存在は私も想像できますが、それでいいのでしょうか。

GIGAスクール構想がスタートした当初も似たような話はあったように思います。「タブレットを使っていいのは先生が指示した時だけです」として活用がなかなか進まないところの話とかありましたよね。

なるほど、確かに自由に使えるようにしたら色々なトラブルが起こるかもしれません。それを子どもとの対話を重ねて乗り越えていくのが教育だろうと私は思っています。

我々が子どもたちに教えたいのは、「『安全・安心』とは、定められた枠の中に収まっていることだ」ということなのでしょうか。それとも「『安全・安心』とは、危険から身を守るために何をしなければならないかを自分で考え、自ら築くものだ」ということなのでしょうか。

件の100校プロジェクトで利用されるシステムでも、上記の方針は引き継がれているようです。生成AIとこれからの人生を歩む子どもたちに「安全・安心」とはどのようなものであると教えるべきなのか。問われているのは、みんなのコードや、このプロジェクトに参加する学校関係者だけでなく、全ての教育関係者なのだろうと思います。

まとめ

批判的なこともずいぶん書きましたが、2023年中にこのテーマで(しかも実践事例を伴った)書籍を刊行できたのは素直に凄いことだと思います。内容的に物足りない点、納得のいかない点があったのは事実ですが、「これを材料に生成AIの教育活用についてしっかりと議論ができる書籍」という点では非常に満足しています。

書籍を刊行するということは、世に広く議論のボールを投げることでしょう。受け取った者としては、きちんと投げ返していくのが大切。年が明けたら「実践」というボールをたくさん投げ返していきたいと思いました。              

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