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ケーショガール 第8話 ③/3
志望動機のススメ ③/3
姉が見せつけてきたものは、つい最近発売されたばかりのスマートフォン。
YPhone4だった。
YPhoneはアメリカに本社を置くテクノロジー企業Pearが開発発売しているスマートフォンである。
一つ前のモデルであるYPhone3Gから日本に参入しており、新しいモデルが発売されるとお祭り騒ぎになっていたので私もその存在は知っていた。
「あっYPhoneじゃん。買ったんだ。それがどうしたの?」
「良い?まきび。仕事を選ぶ時にこれと言ってやりたい事が無いなら少し先の未来を想像して探す事を私はお勧めするわ」
「少し先の未来ねぇ。全然想像つかないなぁ」
「もっとアンテナ立ててなきゃあんた就職してもその会社すぐ潰れるわよ?まぁ良いわ。このYPhoneが少し先の未来のヒント、というかたぶんほぼ正解なんだけどね。はっきり言うわこれからの十年スマホを介したサービスや商品が市場を席巻するわ」
「私まだスマホ持ってないからスマホを介したサービスって言われても分からないよ。ね、それよりそのYPhone触らしてよ」
「だーめ。遊ぶのは私の話を聞いてから」
「ちぇ」私は口をとがらせた。
「スマホを介したサービスってのは一番わかりやすいのはアプリね。私はYPhoneを触ってすぐに気がついたわ。スマホは本体そのものよりもアプリでその真価が発揮される。ってね」
「アプリって何?」
「もーそこから?アプリって言うのは携帯電話でいう機能の事よ。メールとか目覚ましとかあるでしょ?スマホはそういう機能を自分の好みで後から追加したりいらないものは消したり出来るのよ」
「へーそうなんだ」
「そうなのよ。日本でもこれから徐々に増えていくと思うけどそうね、例えばゲームとか漫画、映画とかあとはネットショッピングとかの買い物。ここら辺の一般大衆が好むものはリアル店舗よりスマホで完結しちゃう事の方が多くなると思うわ」
「スマホでショッピングねぇ。なんかSF映画みたいな話」
「後はデジタルカメラもスマホにとって代わるでしょうね。まきびこのYPhoneで私の事撮ってみてよ」
まるでモデルの様なポーズを決める姉をYPhoneのカメラで撮影した。
「へーデジカメと同じくらいきれいに撮れるんだ。私の携帯電話と全然違う」
「そうでしょ。だからデジカメの市場はスマホの普及と反比例して減っていくでしょうね。デジカメの修理屋なんかもスマホの修理屋とかになってるかもね。それだけじゃなく今あるゲームセンター、本屋、レンタルビデオ屋全部スマホの普及で衰退するだろうからそういう企業は選ばない方が良いわ」
「でもそんなにこのYPhone流行るのかな?日本では流行らないって言ってる人もテレビで見たよ?」
「私も見たけど。YPhoneが流行るかどうかなんて大きな問題じゃないのよ。重要なのはアプリがあれば生活が便利になったり商売がしやすくなると気づき始めた人が既にいるっていう事なの。それが一般に認知されれば爆発的に普及するしそうなれば必要のなかった人までスマホが無いと逆に不便な世の中になるわ。その時にシェアを握っているのはYPhoneじゃなかったとしてもそれは大した問題ではないでしょ?」
「ふーんそうなんだ。でも現実的に私の就職先って考えると私パソコンとかそこまで詳しくないからスマホのアプリとか作ったり、ネット関係の会社とかで仕事する自信ないんだけど」
「仕事する自信があるとか無いとかの前にいまのあんたじゃそういう会社には入れないから安心して」
「はいはい。そーですよ。どうせ私はそんな会社は入れませんよ。ていうか、じゃあこの話なんだったのよ私に関係ないじゃない」
「まーきーびー。まだ気が付かない?この先少なくとも十年は安泰で、あんたにも出来る。っていうかお喋りが好きなあんたにぴったりのスマホに関わる仕事があるじゃない」
そう言った姉は自信に満ちた表情で私を真っすぐに見ていた――
「なるほどじゃあそのお姉さんに進められてイツモショップを選んだのね」
「はい。他にも何か堅苦しいことを話してましたが忘れちゃいました。でもなんか姉の手のひらで転がされてるみたいでちょっと嫌なんですよね」
「あら、私はお姉さまに感謝だわ。お姉さまのおかげで古寺ちゃんと一緒に働けてるんだもの」
「確かに!あたしも清野さんと同じだわ」
「三吉ずるい!私だって古寺ちゃんと働けて嬉しいんだし」
「古寺さんなんかちょっと境遇似てて親近感湧いちゃいました」
「皆さん。そんな、ちょっと酔いすぎですよ。でも、ありがとうございます」
携帯業界の特にショップで働く事は就職先としてはそこまで高いハードルがあるわけではない。
しかし入る事が簡単な業界ほど離職率も高いから入ってからが大変だと言っていた姉は、そんな業界で長く働く為のコツを二つ教えてくれた。
「良い?まきび。ショップに入ったらまずは大きな目標を持ちなさい。働いていればつらい時が来たり、辞めたくなるような嫌な事の一つや二つ出てくるのが普通よ。そんな時に支えになるのが何の為に働きどうなりたいのかというあなた自身の指針よ」
「指針?」
「そう、指針よ。そんでもって指針はすぐには叶える事は出来ないけど、でも不可能じゃない目標が良いわ。それがあれば大抵の事は些細な事に感じられるわ。後はあなたと一緒に働きたいと言ってくれる仲間を作りなさい。目標が無くてもこれだけで長く働く人もいるくらい大切な事よ。つらい時にその仲間が頑張れる理由になるわ」
「ふーん。なるほどねぇデラコのお姉ちゃんなんか凄そう」
三吉が私には勘弁してほしいと言う雰囲気を駄々洩れさせながら言う。
「でも、あったま良いんだね。マジでスマホの進化最近ヤバいもんね」
池内は感心している様子だ。
「ほんとぉ~。都知事になったら紹介してねぇ」
清野は姉の野望を楽しそうにしていた。
自分では少しうっとおしいと思う姉でも周りから感心されると何故か嬉しくなるのはやはり血が繋がっているからなのだろうか、それとも自分でも気がつかない深層心理では姉の事を尊敬しているのだろうか…
とは言え、まだ私は姉の言う大きな目標は決まっていない。
でも
私の目の前で楽しそうに話している先輩たちを見ていると仲間と思える人は簡単に見つかりそうだ。
シャンディガフの炭酸を喉に感じながら心の中が弾んでいた。
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