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ケーショガール 第15話 ①/3

社内恋愛のススメ ①/3

私が子供が生まれたばかりの荒ぶるイノシシのように鼻息を荒げながらバックヤードに行くと三吉が受付の合間に一息ついている所だった。

呑みかけのペットボトルを口に付けながら私を見つけると、様子がおかしい事に気が付き楽しそうなおもちゃを見つけた子供のように目をまん丸に開きながら近づいてきた。

「あれーデラコ怒ってるの?馬淵さんに何かされたぁ?」
「違いますよ。馬淵さんじゃないです」
「じゃあなに?なにがあったのよ?」
私は周りを見て三吉手の手を引きバックヤードの奥の商品倉庫に入った。
そこで先ほどの北宮とのやり取りを話す。

「あーデラコやっちゃったねそれ。上手い事マウントに誘導されたわ。それ」
「ですよね‼それに気づかずまんまと答えてしまった自分が情けなくて」
おでこに手のひらをつけ大げさに嘆く私の肩を三吉がポンポンと叩く。
「で、問題は北宮の相手よ。奴の相手が今の私たちにとって最重要ポイントよ」
急に刑事のような口調で三吉が言った。
「えー三吉さんの興味はそっちですかぁ」
「そりゃそうでしょ。この携帯ショップという閉鎖空間の中の私たちの楽しみと言ったらお昼ごはんと店内の恋バナ位なもんでしょ」
「そんな極端な」
「でもゴメン。ちょっとこれから受付しなきゃだから、続きは今日の夜。呑みながらね」
一方的に飲み会の約束を取り付けると三吉は売り場に出て行った。
その後ろ姿は心なしか弾んでいた。

夜になり店の近くの飲み屋に集まった。
いつもの手羽先が有名なカワちゃんという名の名古屋のチェーン店である。
運ばれてきた山盛りの手羽先から一つをつまみ、食べやすいように器用に二つにちぎりながら高橋が言った。

「んで、古寺ちゃんは北宮と誰が付き合ってるのか気になってるって事ね」
「ち、違います。私は北宮さんがすぐ嫌味言ってくるのでそれがちょっとなぁって…」
「あら?そうなの三吉の話と違うわね」
そう言いながら高橋が三吉の方を見ると。
視線に気が付いた三吉が「ひょっとまっふぇ」と口に手羽先をほおばりながら言った。
ビールで口を洗い三吉が手のひらを私に向けて言う。
「古寺ちゃん。その嫌味の話は、ね。おいおい。私達が何とかするから。だから、ね。今日は恋バナ‼恋バナしよ」
「もーそうやってすぐ興味のある話だけしようとするんですからぁ。ま、そうですね私も気にならないって言ったら嘘になりますけど」
「ほらデラコもそうでしょ?じゃあ高橋さんお願いします」
三吉はおしぼりをマイクに見立てインタビュアーのように高橋に向けた。
「あら?なんか嚙み合ってないみたいだけど?まぁいいわ。北宮の事よね。」
そう言うと高橋はまんざらでもない様子で身を乗り出して話始めた。
「あなた達も知ってると思うけど、北宮ってもともと新江古田店にいたじゃない?新江古田ってうちと違って店内恋愛が盛んらしくてさ。北宮も店内の男と付き合っててさ。その時の彼氏とそのまま続いてるみたいよ」
少し小声で話す高橋に私と三吉も身を乗り出して聞き入る。
焦らす高橋に三吉が我慢しきれず
「それでその彼氏って誰なんすか?」と聞く。
高橋はニンマリと笑顔になりながら言う。
「聞きたい?」
「聞きたいっス。誰っスか?」

高橋はもったいぶるように少し間を取ってから言った。
「片桐よ」
「えーあの片桐さんですか?」
私は思わず椅子から立っていた。
「片桐ってあの新江古田の副店長スよね?なんかマッチョな感じの」
「そうですそうです。話し方とかすごくきっちりしてて誠実な人なのに。なんで北宮さんと」
「あらずいぶん片桐の肩もつじゃない。気に入ってたの?」
「そ、そんなんじゃないですけど」
慌てて首を横に振ったのでアルコールが余計に回ってしまった気がした。
「その片桐っていう人そんなにイケメンでしたっけ?」
「うーん世間一般的なイケメンって感じじゃあないけど、でも背も高いしマッチョだし仕事出来るからイツモショップっていう閉鎖空間の中ではイケメンに分類されるわね。同じ店にいたらモテるんじゃないかしら」
「あー場モテするタイプっすか」
「場モテ?」
「そう。ば・も・て。いなかった?普段はモテるタイプじゃないんだけどバイト先とかだけではモテるやつ。女子で言えばオタサーの姫的なあれよ」
「三吉さん厳しいですね」
「そうそう男には厳しいのよあたし」
「何言ってんのよ。すぐ変な男に引っかかるくせに」
「ちょっと高橋さんそれひどいっスよー」
そうして北宮の相手から話題は店内恋愛の話題になった。

高橋曰くこの携帯業界は店内恋愛が多い部類の業界との事だ。
理由はいくつかあるようだが高橋の分析によるとまず女性が多い事があげられる。
これは男性にとっては売り手市場になる為、先ほど三吉が言っていたように一般的にはモテない部類の男性でもチャンスが多くなるという事だ。
高橋は希少性の法則とも言っていたがぴんと来ない私は女子ばかりの商業高校に入学した男子生徒の様なものだろうと理解した。
次に職場にいる拘束時間が長い事があげられるという。高橋が塾講師のように教えてくれたのだが人間には単純接触効果というものがあるらしく自分の近くにいる時間が多い人に好意を持ちやすいらしい。一緒にいる事が多い方が好きになるなんてと思ったが案外恋愛というのは単純なものなのだろう。
他にも一緒に一つの事に向かって行動する事は価値観が同じだと錯覚しやすくこれも恋に落ちやすい。これは文化祭の準備をしている時期にカップルが増える現象の事だろう。
まして携帯ショップは毎月売り上げ目標がリセットされる。それはもはや終わらない文化祭の準備期間の様なものだ。

最後に高橋が「後は権力と競争ね」と言った。
「権力と競争ですか?なんか政治家みたいです」
「そうまさに政治よ。私の恋愛観でそれはどうでも良いと思ってるんだけど、権力のある男が好きな女がいるのよ。ステータスの高い男に選ばれた私はすごい。って思っちゃうタイプの女ね」
「だっせぇスね」
「あら?三吉もそうだったんじゃない?中学生ならちょっとやんちゃな不良だし。高校に入ると活躍してる部活のキャプテンや先輩とか」
「あー確かに。高校の頃サッカー部の部長の事好きだったっす」
「でしょ?三吉みたいにコミュニティの中で目立つ男が好きな女がいるのよ。それでそんな男は自然と競争率も高いから女子たちが争うってのは良くある話よ」
「確かにーあたしその競争負けてサッカー部の部長と付き合えなかったっスわ」
「まぁあんたじゃそうでしょうね。」
「ちょっと高橋さんどういう意味スかそれ」
「そのままの意味よ。で、その権力のある男の競争はイツモショップでも起こりやすいって事」
高橋の恋愛講義を聞いていると私は高橋がなんでこの話をしたのかに気が付いた。

「高橋さん。それって…」

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