ケーショガール 第14話 ①/2
副店長会議のススメ ①/2
12月の始め、街の中にはせっかちにクリスマスムードが漂い、マフラーに顔をうずめながら歩く事が増えてきた頃の事だった。
その日私は朝礼が終わるとすぐに店舗から出て新江古田店に向かっていた。
今日は新江古田店でエリアの各店舗の副店長が一人ずつ集まり売り上げや店舗の販促活動などの取り組みを話し合う会議が行われる。
なぜそこに私が行くのかと言うと昨晩馬淵とこんなやり取りがあったからだ――
「デラコーお疲れー。ね、明日暇?」
「お疲れさまです。暇っていうか普通に出勤ですけど」
「それはわかってるよ。指名客とか特別やらなきゃいけない仕事あるかって聞いてんの」
「あぁそういう意味ですか。いえ、特に指名客は無いです。これと言ってまだ任されてる仕事もないので暇と言えば暇ですね」
「オッケーじゃあ明日は僕と新江古田にデートにいこっか」
「デートですか?仕事中にそんな事したら怒られますよ?」
「ははは。デラコは真面目だねぇ。デートって言っても行先は副店長会議だから大丈夫。れっきとした仕事だよ」
馬淵はウインクしていただがそこには触れずそれよりも副店長会議と言う単語に私の関心は向いていた。
「副店長会議ですか?それって言葉通り副店長が出る会議って事ですよね?なんで私も行くんですか?」
「んー。まぁ勉強かな?」
「勉強ですか。私なんかが会議を見ても勉強になるんですか?」
「そんなに固く考えなくても大丈夫だよ。デラコは入社してからまだうちの他店舗の見学とか行った事ないでしょ?だから他店舗見学も目的と思って良いよ」
「確かに行ったことないですね。そう言われると他の店見て見たいです」
「でしょ?後は会議とかの雰囲気を見ておく事でうちのお偉いさんがどんな事考えてるのかとか、雰囲気を感じてほしいってとこかな、他店も見学に誰かしら新人スタッフ連れてくるから緊張しなくて大丈夫だよ」
2つ目の理由はあまりピンとこなかったがいずれにしても他店舗見学という言葉で私は社会科見学に行く前のワクワク感でいた。
新江古田店に着くと裏口から店舗に入りバックヤードに案内された。
同じイツモショップであるにもかかわらず他店舗と言うのは別世界に感じる。
店内のレイアウトが違うだけで見慣れているはずのレジや制服までもがこうも目新しく見えるのかと不思議な気分だった。
「ほれデラコ、ボーとしてないで事務所行くよー」
馬淵に促され私は後を追って事務所に入った。
そこには既に到着していた他店の副店長とそれに連れらて来たスタッフが十人以上おり、その人だかりは話し声でざわついていた。
知らない人ばかりでキョロキョロしていると人だかりの中から馬淵に近づいてくる1人の人物がいた。
「ぶっちお疲れー。今日はまた可愛い子と同伴だね」
口の軽さが馬淵と変わらないその人物は20代にも見える笑顔で人懐っこく馬淵に話しかけてきた。
「あっ新あらたさんお疲れ様です。今日は新人を連れてきました」
店長にもため口をきく馬淵が珍しく敬語を使っている。
驚いて馬淵を見ていると「ほら、新江古田店の店長だ。挨拶」
と促されハッとして冬真と呼ばれた人物の方を向き挨拶をする。
「は、初めまして古寺と申します」
「よろしくね。古寺ちゃんかぁ。じゃあデラコちゃんだね」
「デラ…あっはい。新さんよろしくお願いします」
いう事まで馬淵と似ていると思いながら挨拶をすると馬淵が横から
「お前は新さんって呼んじゃダーメ。ちゃんと苗字の冬真とうまさんって呼びなさい」と注意された。
そんな事を言われたってはじめましての人なんだから新が苗字か名前だかわかるわけないじゃないですかと言いたかったが、そんな私の表情を察して冬真がフォローしてきた。
「まぁまぁぶっち。よく苗字みたいな名前だって言われるのはあるあるだからしょうがないよ。それにもしかしたら近い将来デラコちゃん俺の事、新って呼び捨てにしてるかもよ?」
何の事かわからずきょとん顔をさらしているとそれを察した馬淵に肘で腕を突かれた
「デラコ、男女が下の名前を呼び捨てで呼び合うのってどういう仲だと思う?」
横から入った馬淵の解説とも取れる質問でやっと冬真の言葉の意味が分かり、手を顔の前でぶんぶんと振りながら慌てて否定した。
「そ、そんな滅相もございません。私なんか」
「そうですよ、新さん。勘弁し下さいよ。新さんはこんなちんちくりんよりも、色気がある良い女の方が似合いますって。ほらあの子みたいな」
ちんちくりんと言われて私はムッとしながらあの子と馬淵が言った方を見ると、百七十センチ以上あろうかと思う高長身。
制服の上からでもわかる細いのに出るところは出て引っ込んでるところはキュッと締まっているボディライン。
黒髪ストレートロングをなびかせた教科書通りの良い女が談笑していた。
ま、まぁあの人と比べると少し見劣りするかもしれないけど…そう思いながら口をとんがらせていると
「いや、俺は性格がきつそうな女よりも素直な子の方が良いなぁ」
小声でそう言うとまだ冬真は白い歯を出しながらニコニコしていた。
後から馬淵に聞いた話だが冬真は馬淵がこの業界に入る前からの先輩でお世話になっているという事だった。
むしろ馬淵をこの業界に誘ったのが冬真だという。
その話を聞きどうりで似ているわけだと妙に納得した。
談笑をしていると事務所に繋がっている会議室のドアが開き「準備出来ましたので移動してください」と中から女性スタッフが事務所にいる人間に声をかけた。
会議室に入ると三人用の長机が口の形に並べられていた。
馬淵に促されて椅子に座ると馬淵が出席している人物紹介を始めた。
まず向かって左側の上座にあたる席に座っているのがエリアリーダーの三ツ木。
そこから時計回りに副店長の名前を店舗名と共に言っていくのだが次々に早口で言うのでメモを取るのが精いっぱいで顔と名前を一致させる事が出来ない。
私がやっとメモを書き終えると馬淵は「まぁ今は覚える必要ないけどね」と軽く言ったので私はまた口を尖らせた。
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