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ケーショガール 第13話

嫌味のススメ

「古寺さんそろそろ慣れてきた?」

私が受付の後処理をしていると後ろから話かけてきたのは店舗の中でも中堅スタッフの北宮美央きたみやみおだった。

「はい、何とか独り立ちも出来ました。今日は星野さんについて接客について教わっています」

そう返事をすると北宮は一瞬つまらなそうな顔をしたが、すぐに笑顔に切り替わり会話を続ける。

「ふーん独り立ち出来たのね。これで稼働が1人増えて楽になるわね。良かった」

「はい。皆さんの足を引っ張らないようにがんばります」

「えっ?古寺さん何言ってんの?稼働が増えるって言うのは教育チームのメンバーの事よ?あなたが独り立ちしたらあなたの世話をする為に稼働を取られてた教育チームが解放されるでしょ?それで稼働が増えるっていう意味よ。まさか自分の事だと思ってた?あははは。それ勘違い」

それまでほとんど絡みが無かった北宮から向けられた棘のある言葉に私は虚をつかれ何も言い返さないでいる

「あなたもはやく稼働に数えられるようにがんばってねぇ~」

捨て台詞を言い自分のカウンターへ戻っていった。
そこには北宮の香水の香りだけが残っていた―

「北宮さんってどんな方なんですか」

「え?何?古寺ちゃんも何か言われた?」

休憩室でお昼のカップうどんを食べながら池内に北宮の事を聞く。
思い当たる節があるようで私の質問の回答よりも先にそう聞き返してきた。

「いや、何か言われたっていう程でもないんですけどね。まだ稼働に数えてないっていうような事を少し」

「はぁぁ?言われてるじゃん‼あいつまたそんな事言ってんの?そんなの相手にしちゃダメだよ古寺ちゃん」

「そうそう。あいつ口を開けば嫌味なんだから」

そう言って割り込んできた三吉も自分の事のように怒っていた。

「そうそう。三吉が言うようにあの人は誰かに毒を吐かないと生きていけない人なのよ。本人も深く考えて言っているわけじゃないから気にしちゃダ~メ」

「そうなんですね。えーでもまた言われるの嫌だなー」

ため息交じりに私が嘆くと池内は可愛いキャラクターの描かれた小さな弁当箱からブロッコリーを箸でつまみながら
「あんなの流してれば良いっしょ」と軽く答えた。

「えーでもそんな周りに毒ばかり吐いてて高橋さんとか何も言わないんですか?」

私がそう言うと池内と三吉は一瞬私の顔を見るとすぐに二人で目を合わせて笑った。

「言うわけないじゃん。あいつは私達とかデラコみたいな自分より下だって思ってる人にしか嫌味言わないから。ははは」

「そうそう。めっちゃ人選んで言ってるからね、あの人。てか売り上げも受付件数もあたしの方が多いのに働いてる年数が長いってだけで下だって思われてるのがまたムカつくけどね」

「本当っスよ」

池内と三吉の話によると北宮は昨年、新江古田店という同じエリアの別店舗から新宿店へ異動してきたスタッフらしい。

職歴3年以上と長い為一通り仕事は出来るが協調性に欠けるスタッフで、他のスタッフといざこざがあった事が新宿店へ異動してきた理由と噂になっていた。

スタッフの異動は代理店にもよって異なるが基本的には良くある話だ。
だがそれは副店長以上の場合であり一般スタッフは殆ど移動する事は無い。
それは副店長以上であれば頻繁に店舗を変え、様々な環境に身を置く事で経験を積みスキルアップする事が目的の1つにあるからだ。

更に言うとテラプラチナムは広域代理店という事もあり店長以上になれば県を跨ぐ移動も珍しくない。

むしろ他県での勤務実績が無ければ店長の上の役職であるエリアマネージャーになる為の試験を受ける資格すらないと言われている。

家を買うと他県へ飛ばされるというのはテラプラチナムで働く人間のあるあるネタだという。

私が何故ここまで異動について詳しいのかと言うと店長である酒々井もまさにそのあるあるの体現者の1人で、地元の大阪に一戸建てを建てた途端に新宿へ異動になり現在、絶賛単身赴任中だという事を自虐まじりに話していたからだ。

「でもさ、スタッフ同士の人間関係で異動って相当だよね」

「ね、ありえないっしょ。そんな人初めて聞いたっスよ」

「この前セキュリティ会議に出た時にさ、新江古田のスタッフにちらっと聞いたんだけどただ単にスタッフ同士で喧嘩しただけじゃないみたいよ」

「えっ?そうなんスか?何々?なんで?」

「私もそれ以上詳しくは聞けなかったんだけどさ、色恋みたい」

「げーマジで。あんなの好きになる男いるんスか、見る目ねぇ~。でもまぁアレか、顔は良いからつられる男はいるのかも知れないっスね」

「はぁ?三吉何言ってるの?顔だって私達の方が良いし‼」

「そりゃそうっスよ。うちらみたいな良い女なかなかいないっスよ」

一瞬間が空き真顔で顔を見合わせる2人のギャル。休憩室に黄色い声が響いた。

入社してからというもの、話をしてきたスタッフは皆良い人ばかりだったせいか、心のどこかでスタッフは皆が良い人で悪い人はいないと思っていたのだろう。

しかし現実はそんな甘くはない。

池内たちのように気が合う人間もいれば北宮のように敵意か悪意か分からないが負の感情を当ててくる人間もいる。

それまで関係性が全くなかった赤の他人が集まって仕事をしているのだ、いろいろな人間がいて当たり前か。

諦めにも似た感情を噛みしめながらカップうどんのお揚げを頬張るとじわりと中から汁が溢れて口の中に優しく広がった。

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