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ケーショガール 第8話 ②/3

志望動機のススメ ②/3

「まーきーびー」

家にいる時の定位置であるリビングのソファから召使を呼ぶように名前を呼ばれた。

声の主は私の三歳年上の姉、由利だった。

「うるさっ。近くにいるんだからそんな大きな声出さなくても良いから。何?」

「私は喉が渇いた。麦茶を持ってまいれ」

姉は昔から女王様気取りだ。
口調までそれっぽくしてくるところがさらに感情を逆なでする。

「そんなの自分でやってよ」

「おかしいのう。お主はキッチンのテーブルにいるのじゃろう?それなら近いものが動く方が効率が良いではないか」

「それは効率が良いんじゃなくてお姉ちゃんの都合が良いだけでしょ。もー」

意識はしていないが小さい頃から姉の命令は絶対で結局受け入れる事になるのを私は体で覚えている。今も文句を言いつつも既に体は冷蔵庫の扉を開け姉に献上する麦茶をグラスに注いでいた。

「うむ。苦しゅうない」

「はいはい」

「そういえばまきび、あんた仕事は?もう次の見つけられたの?」

「…まだ」

「いつまでも家でゴロゴロしてないで、ちゃっちゃと見つけちゃいなさいよ。どんくさいわね」

「ゴロゴロって、お姉ちゃんも似たようなものじゃん。薬剤師の仕事急に辞めて、何するかと思ったらまた大学生に戻ってキャンパスライフを優雅に楽しんでるって、そんな人に言われたくないでーす」

「ちょっとちょっと、あんた色々間違え過ぎだから。まず、私は薬剤師になった事なんてありません。私がしていたのはMRです。次に大学生って言ったけど、私が今通っているのは大学院です。チャラチャラ遊んでるようなそこら辺の大学生と一緒にしないでくれる?」

「大学院?」

「そうよ、大学院でMBAを取得するのよ」

「お姉ちゃんスポーツも出来たけど今更バス―」

「バスケじゃないから。それNBAだから。私が勉強しているのは経営学修士の事。あんたでもわかるように簡単に言うと、会社の経営戦略やマーケティングとかを勉強するところよ」

「ふーん。お姉ちゃん今度は社長にでもなるの?」

「まぁ社長も悪くないわね。でもそれはまだまだ先で良いかな。まずは企業コンサルタントに私はなるの」

「コンサルタントねぇ。全然わからないけどそれってお姉ちゃんがなりたいって思う程だから稼げるの?」

姉は昔から上昇志向が強い人間だった。
勉強はもちろんスポーツでも一番にならないと気が済まないタイプでテストは学年トップ。
部活のバドミントンでも都大会で優勝し全国まで進んでいた。
そんな姉が良い成績を取る度に私は比べられている気がして肩身が狭い思いを勝手にしていた。

「あら、良い質問じゃない。まぁコンサルって言ってもピンキリだけど私がなろうとしてるのは大手外資系コンサルファームのコンサルタントよ。5年働けば年収1500万くらいね」

「1500万?すごっ。じゃあそこで沢山稼ぐのが目標なのかぁ」

「はぁ?馬鹿言わないでよ、そんなのは私にとっては通過点よ。そこで名前を売って独立したら本の出版や講演会でさらに名前を売るわ」

「ふーん。で結局お姉ちゃんは何になるの?」

「東京都知事」


飲んでいた麦茶を思わず噴き出した。

「ちょっと汚い。私はね世界でも有数の大都市であるこの東京都のコンサルティングをしたいのよ」

今、私に向けられている姉の表情は見た事がある。

大学入試や部活の大会の前に見せていた自信にみなぎり成功を信じて疑わない表情と同じだった。

それは私に姉なら本当に都知事になりかねないと思わせた。

「というわけであんたに構ってるのもあと少し。来年の春から私イギリスに留学に行っちゃうから」

フリーターで定職を探す私は大きな夢に向かい爆走している姉のスケール感についていけなかった。

「ふーん。頑張ってね。私はせいぜい身の丈に合った仕事を探すわ」

「あっ、じゃあ未来の都知事から特別に仕事探しのヒントをあげましょう」

「ヒントぉ?」

姉は片目をつむりながら「そう。ヒ・ン・ト」と言うと鞄から手の平ほどの大きさの四角い板状のものを取り出した。

「じゃーん。買っちゃった」

そう言って姉は誇らしげに、まるで水戸黄門の印籠のようにそれを私に見せつけてきた。





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