ケーショガール 第10話
更衣室のススメ
「お疲れ様でした」
今日も長いようで短い1日の業務が終わった。
制服から私服に着替える為に更衣室へ向かう。
更衣室に入ろうとドアノブに手をかけて私は入るのをためらった。
中にいる三吉と池内の話声が聞こえたからだ。
入社して2か月がたち私も少しずつ暗黙のハウスルールがわかり始めていた。
その1つに更衣室へ入るタイミングがある。
女子更衣室は職場であり職場ではない不思議な空間である。
仕事の愚痴ならまだ問題ないが周りには話さないような内容をコソっと話す場でもあるのだ。
そんな話をしているタイミングで入ったら最悪だ。
ドアの向こうで聞こえていた話し声が自分が入った瞬間にピタッと止まる。
誰が悪いというわけではないのだけれど、こうなってしまったら入った側の人間としては居たたまれない。
そんな状況にならないように私は耳を澄ましていた。
「えー大丈夫スか?」
三吉が驚いている。
「うん全然大丈夫だよー」
池内の返答が軽いので重い話はしていなさそうだ。
よし大丈夫そうだ。
そう思い更衣室のドアを押して中に踏み入れる。
「お疲れ様でーす」
更衣室に入るとキャミソール姿の池内がいた。
それを見た瞬間、先ほどの三吉が驚いている声が頭の中にリフレインした。
心の中で呟く。
『なるほど、そういう事か…ふみさんはなぜか二の腕がいつもより腫れている。病気だろうか?それで三吉の「大丈夫ですか?」という声だったのね…よしっ』
私は見てしまったからには知らないふりは不自然だ。声をかけとくべきだと判断した。
「ふみさん。どうしたんですか…その二の腕。凄い腫れちゃってますけど…大丈夫ですか?」
この声のかけ方は正解だろう。
しっかりと先輩の体の不調を心配している後輩のセリフを心配している雰囲気を出しながら言えた。
この後は「心配してくれてありがとう大丈夫だよ」
…の流れだろう。
「古寺ちゃん…」
はい来た。来ました。
そうです私は先輩の体の不調を心配してる心優しき可愛い後輩であります。
「二の腕…別になんともないからっ‼これが普通‼腫れてないの‼」
「へっ⁉」
私が予想外の池内の返答にリアクションをうまく取れずに固まっていると、池内の後ろで三吉も口を半開きにして固まっている。
「もうっ古寺ちゃんひどくない?そりゃあんたより少し太いかもしれないけどさ‼」
事態を察知した三吉が声にならないくらいおなかを抱えて爆笑している。
「はっはっはっひー。デ、デラコ。ふみさんの二の腕、は、腫れてると思ったの?ひーひー」
三吉が笑いながら聞いてきた。
私は池内の顔を見れず下を向きながら答える。
「は、はい。更衣室入ってくる時に三吉さんが大丈夫?って声かけてるの聞こえて。それで池内さんの事見て勘違いしちゃいました」
「きゃーはははは」
私が訳を話すと自分が察した理由とピッタリだったようで三吉が二回目のツボにはまってしまった。
「しちゃいました。じゃないっつーの!勘違いするのが失礼だっつーの!」
池内に頭をペシっと叩かれ、さらに二の腕をつままれた。
「あんたは良いわよねぇこんなに細くてさぁ。私の肉分けてやろうかぁ」
「いててて、ごめんなさいふみさん。許してくださーい」
「三吉もいつまで笑ってんのよ‼ムカつくわぁ」
池内が本気で怒っているのではなく半分ふざけながら言ってきている事がわかりホッとして私も笑いながら謝っていた。
その後、私が着替えている最中も池内は右手で左腕の二の腕をムニムニと揉みながら
「そんなに太ってるかなぁ?」
とぶつぶつ言っていたが、それに対して三吉がニヤニヤしながら
「いやーふみさん、男はそのくらいの肉付きの方が喜ぶっス。たまらねーっス」
と、フォローなのか小ばかにしているのかどちらとも取れる言い方で池内をからかっていた。
そんな二人を見て思う。
勘違いした相手が池内で、そして笑ってくれる三吉がいて助かった。
もし相手が悪かったら険悪なムードになっていたかも知れない。
そう考えると怖くなる。
思い込みが強いと言われがちな私だったが、それが仕事が終わってからのプライベートの時間であっても気をつけなくてはいけないと改めて思った夜だった。
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