ケーショガール 第7話
登録システムのススメ
入店から2週間ほどが経ち、カンペのページも日を追う毎に徐々に増えていた。
少しずつであるが確実にページが増え厚みを増していくカンペに徐々に愛着が湧き始めていたある日の事、事件は起こった。
その衝撃と後に襲い掛かる喪失感は私の1個ずつ丁寧に組み上げたジェンガの土台をルールを知らない子供が横から一気に崩すようなものだった。
「はい。以前から言っていたように本日からアリエルのシステムがバージョンアップされ使用が変更します。慣れない事が多々あるかと思いますが重大な登録ミスを起こさぬよう適宜マニュアルを確認しながら業務にあたるようお願いします」
朝礼で副店長の高橋がそう周知事項を皆に伝えた。
私の横に立っていた池内や三吉が高橋に向かって
「マジ⁉また一から覚えるの無理っス」
「わかない事あったら高橋さんに聞きまーす」
と言うと普段仕事の事なら何でも聞きなさいと自信たっぷりの高橋ですらギャル達の愚痴に対して
「私だって今日初めて新しくなった画面見るんだからわからないわよ。無理でーす」
とおどけながら言っている。
私は周りの皆の言っている事がすぐに理解出来なかったが高橋が別の周知事項を発表し始めたタイミングで事の重大さに気が付くと思わず言葉に出していた。
「アリエル使い方変わるんですか?」
一瞬静まるスタッフ達だったがすぐに笑いの渦が私を包んだ。
「デラコ理解するのおっそ‼」
「古寺ちゃんもう次の周知言ってるから。あはは」
爆笑する池内と三吉に両側から肩をバシバシ叩かれながら心の中の私は白目になりながらつぶやいた。
「今夜は、眠れない」
携帯ショップはお客様の顧客情報や契約情報を登録する為にパソコンを使用しているが、そのパソコンの中にある顧客情報管理システムが『アリエル』である。
これが無ければ新規契約はおろかプランの変更や住所の変更、料金の支払いすらもありとあらゆる受付が出来なくなる。
アリエルを使わなくても出来るのは操作案内位なものだ。
また、アリエルという名称は正確には私が勤めるイツモの顧客情報システムの名前で、これはキャリアによって別のシステムが使われておりその為名前も異なる。
ハードバンクは『アスラー』BIは『フランダ』というらしい。
何故かどのキャリアも世界的に有名な同一アニメのキャラクターの名前が付けられている。
開発した会社が同じなのか大人の利権が絡んでいるかのどちらかなのだろうが今の私にとってそれはどうでも良い事だった。
朝礼が終わると私はすぐに吉田のもとへ駆け寄った。
「吉田さん‼アリエル変わるんですか?」
「だから変わるって言ってるじゃない。古寺ちゃんもさっきの高橋さんの話聞いてたでしょ?」
「はい、そうなんですけど。でも今変わったら私困ります」
「まあ慣れてる私達でもシステムが大幅に変更されるのなんて初めてだから新人の古寺ちゃんにとっては一大事かぁ。ま、でも困った時のカンペで…あ」
私をさとす最中に吉田も気が付いたらしい。
「そうなんです‼そのカンペです‼全部書き直しじゃないですかぁ‼」
カンペには注意事項だけでなく受付のフロー、そしてアリエルのどこのボタンをクリックするかまで詳細に書きこんであるのだ。
いくら教育チームといえど顧客管理システムのバージョンアップに直面する経験は初めてだったらしく。
アリエルの仕様変更によるカンペの書き直しは想定外だったという。
携帯業界はキャリアの決めた意向に逆らう事は意識的にも物理的にも基本は出来ない。
その為、急なキャリアのハンドリングにより理不尽に現場スタッフに稼働がかかる事は多々あるが私が体験したのはこれが初めてだった。
「イツモもなんでこんな急に…あらかじめ教えてくれていればもっとやり方あったのに」
私がボソッとつぶやくと吉田は真剣に私の顔を覗き込みゆっくりとこう言った。
「ごめん1か月前からキャリアから周知されてたんだけど古寺ちゃんに言うの忘れてた」
「えーーそれ私が入る前から知ってたってことじゃないですかぁ。教えてくれないのひどいですよぉ」
私が信じられないという悲鳴にも似た返事をすると吉田は自分のこぶしを頭にコツンとぶつけ、ウィンクと同時に舌をペロっと出して有名な洋菓子屋のキャラクターの表情の真似をしながらごまかしていた。
「えへっ」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?