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ケーショガール 第12話 ②/2
観察眼のススメ ②/2
私は星野が見せてきた個人獲得表の中身に驚いた。
SDカード64ギガ。これは現在店舗にあるSDカードの在庫の中で最大容量のものだ。記録出来る量が多いがその分、値も張る。
それに加えてスマホに貼り付ける保護フィルムやケース。他にもキャリアが作った動画サービスをはじめいくつものサービスを契約していた
。
例えるならラーメンで言うところのトッピング全部乗せ。
これ以上ないと言っても良いくらいの成果だった。
「すごいですね。あのお客様からこんなに」
「古寺ちゃんさ、さっきのお客様の印象ってどんな風に見えた?」
「そうですね。身だしなみに興味が無い方と言うか、言葉悪いですけどどちらかと言うとあまりお金持ちではない感じですかね。だから64ギガのSDカード買っていくなんて思いませんでした」
「そうかー。じゃあ古寺ちゃんにはこれから沢山稼げるようになる為に、まずはお金持ちの持ち物を勉強する事をお勧めしたいな」
「お金持ちの持ち物ですか」
「そうそう。まぁそれだけわかっても売れるわけじゃないけどね。客層をっ見極めるヒントにはなるかな。お金持ちの人とそうじゃない人だと会話の進め方も変わってくしね」
「へぇそういうものなんですね」
客層とは店舗に来店するお客様が若者が多いか年配の方が多いかや、家族連れか独り者か、穏やかな人かせっかちで怒りっぽい人が多いかなどを指す言葉である。
全国で同じ商品やサービスを取り扱っていても地域や店舗の立地により多く来店する客層は異なる。
そんなイツモショップの中でもこの新宿店は少し特殊な環境だという。
繁華街という事もあり極端な客層の偏りが無く、老若男女、日本人外人国籍問わず、お金持ちからそうでない方そして一般人ではない方まで実に様々な種類のお客様が来店される。
その為、新宿店では特に客層の見極めが獲得の成果に直結するとも言われていた。
「ちなみにさっきのお客様だけど、めっちゃお金持ちだからね」
「えっ‼とてもそういう風には見えなかったです」
「それは見えなかったんじゃなくて古寺ちゃんの先入観であの人をそういう風に見てたからじゃないかな?例えば、あの人のジャケットだけど」
「はい。あのヨレヨレの……」
「そうそう。ヨレヨレだったけどラペルの部分。あぁ分かりづらいか、襟の部分だね。そこに馬のマークのピンが付いてたでしょ?」
「はい、あれだけは可愛いなと思ったので覚えてます」
「あれは馬主のピンバッチなんだ。馬主はわかるよね?」
「はい。競馬とかの馬を持っている人ですよね?」
「そうそう。その馬主になる条件知ってる?」
「考えた事もないです」
「そっか、普通そうだよね。個人馬主になる条件の一つに保有資産額ってのが定められてるんだけどさ、その金額が7500万円なんだよね。お金持ちじゃない?」
「7500万…」
「まぁ馬のピンズなんていくらでもあるからそれが馬主のピンズかって言うのは聞くまでわからなかったけど。大事なのは馬主かもしれないっていう可能性の情報なんだよね」
「可能性の情報ですか」
「そう。可能性の情報。もし違っていたとしてもおじさん世代ならそう見えましたって言われて嫌な気分はしないだろうからね」
「それだけでお金持ちだって分かったんですか?」
「それだけではないよ。時計も何百万もする一流ブランドだったし、靴もたぶんイタリア製の本革靴だったかな」
「でもジャケットヨレヨレでしたよ」
「成金とかの小金持ちじゃなく本当のお金持ちって言うのはさ、もう地位も名誉も持ってる事が多いからちょっと買い物しに行くくらいなら無理に着飾る必要がない事を知っているんだよね。TPOを極めてるって感じ?あと興味ない物にはむしろケチだったりする人が多いかな。まぁそういう傾向があるってだけだから絶対ではないけど。これも可能性の情報だね」
星野はぺらぺらとお金持ちの特徴を教えてくれた。
おそらくお金持ちの人以外にもいろいろなパターンの可能性を見極める為の情報を持っているんだろうという事は容易に想像できた。
「よし、じゃあ客層の見極めの話に戻ろうか。今はお金持ちかどうかのちょっといやらしい例になっちゃったけど、他にも恋人の有無やどんな仕事をしているかとかも見極めるポイントがあるから教えてあげるね」
「仕事まで分かるんですか?」
「まぁ接客業か内勤か昼間の仕事か夜の仕事かくらいは分かるかなぁ。それに加えて色んな仕事の平均年収とか知っておけばどのくらいまで月に携帯料金に充てられるかとか計算出来るようになるよ」
「平均年収ですか」
「あ、いけないいけないまたお金の話になっちゃてたね」
この後も夕方まで星野の接客を後ろから見学し、受付が終わると答え合わせをする作業を繰り返した。
そうして何度も言葉を重ねているうちに私は、ショップの仕事というのは携帯の事だけを詰め込めば良いという訳ではなく、携帯とはまるで関係の無いような知識であっても、実は接客に大いに活かす事が出来ると理解した。
それにしても、だ。
星野は何故ここまで人を見る目があるのだろう。
これは私に才能があると言ってくれたから思うのではない。
それに見ると一言で言っても内面ではなく外見からの人間分析という意味でだ。
前職の宝石商時代の先輩達もお金持ちのマダム相手に行う高額な商談をスムーズに進めようと服を褒めバッグを褒めと嘆賞の声を打つ為に持ち物観察をしていたが、それとはどこか違う視点で人を観察するあの観察眼は私のこれまでの経験では類を見ない。
そのせいなのか私が星野に抱く感情は尊敬の念だけでなくどこか底知れぬ怖さまでも感じさせる程だった…。
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