ケーショガール 第11話
独り立ちのススメ
約束の3か月がたち私は独り立ちが出来るかどうかを見極める為のロープレをしていた。
「…では本日の受付は以上でございます。またのお越しを心よりお待ちしております。ありがとうございました」
腰を45度に折り最後のお辞儀をするとお客様役の高橋がパンと手を叩いた。
「はい。止めて。」
「どうでしたか?」
私が恐る恐る聞くと高橋はチェックシートを見ながら答える
「そうねぇ、まだ無駄な動きやお客様の質問に答えられてない事もあったけど…」
「そうですよね…」
「でもその他は目立って悪い部分は無かったわ。明日から独りで受付して良いんじゃないかしら」
「本当ですか?」
と、わたしが喜びの気持ちを声に出す前に受付カウンターの陰に隠れていた教育チームの4人がやったーと腕を上げながら飛び出してきた。
皆自分の事のように喜んでいる。
「皆さん。ありがとうございます。皆さんのおかげです」
私がそう言うとまずは清野が「古寺ちゃん良かったねぇ。教えた先生たちが良かったのかなぁ?うふふ」
次に花が「そうですね。私達がわかりやすく優しく教えてあげたからでしょうね」
沙理も続いて「あたしが後ろについてあげたんだから当たり前よねっ」
皆自画自賛のセリフを恥ずかしげもなく言っていた。
「こらこら、皆。一番頑張ったのは古寺ちゃんでしょ。自分じゃなくてまずは古寺ちゃんを褒めてあげなくちゃ。古寺ちゃん、予定通り3か月での独り立ち、よく頑張ったわね。おめでとう」
「「「おめでとー」」」
教育チームの4人におめでとうと言われて私は気が付いた。
今、私が嬉しいと思っているこの感情は自分自身の達成感から来ているだけではない。
この3か月間毎日私の進捗状況に気を配り、時に自分の時間を削り、私の見えていない所でミーティングを開いて私を独り立ちに導いてくれた。
この4人の期待に応えられた事が何より嬉しいのだ。
気が付くと目の前の景色は何故かぼやけて上手く見えなくなっていた。
「はいはい。感動の余韻に浸るのは一旦置いておいて貰える?」
花がハッと何かに気が付き高橋の前に私を押し出した。
「古寺ちゃんまずはおめでとう。よく頑張ったわね。でーも、これで終わりじゃないからね。あなたの携帯ショップ人生は今からがスタートよ」
「今からがスタート」
「そう。車で例えると今日あなたはやっと免許が取れた新人ドライバーね。でも私達が目指すのは免許を取る事じゃないの。F1で優勝する事よ。まだまだ運転が下手くそなあなたじゃF1で優勝するなんて無理よね?だからあなたはこれからさらに獲得スキルや応対スキルを磨き、運転技術を身に着けて最高のF1ドライバーになるのよ。わかった?」
「は、はいっ」
そう私の携帯ショップ人生はこれからなのだ。
少し緩んだ気持ちを見透かしたかのような高橋の言葉は私の気持ちを引き締めた。
「やっぱり聞けましたね。高橋さんのF1の話」
「ね、あたしも言われたけどF1見た事ないから全然分からなかったけど、きゃはは」
花と沙理曰く、高橋のF1の例え話は独り立ちしたスタッフには毎回話しているそうだ。
「高橋さん。もう私はF1ドライバーになれてますか?」
花がそう聞くと高橋はわざと意地悪そうな顔を作った。
「花はまだバスの運転手だし沙理が運転しているのは軽自動車ね」
「ちょっとー花のせいで巻き込み事故なんですけどぉ」
「なんで私バスなんですかーひどーい」
結局キャアキャアと大騒ぎになった。
独り立ちして改めてこの輪の中の一員になれたと思い嬉しくなり私も一緒になって笑った。
携帯ショップのスタッフは接客のプロになれと耳にタコが出来て石のように固くなるほど言われる。
ではどうなったらプロなのだろうか。
独りで受付が出来たら?獲得が出来るようになったら?クレームをさばけるようになったら?どれも正解であり不正解だ。
新人研修で講師の細川が言っていた。
接客のプロとはお客様の望む事と会社が望む事を天秤に掛けた時、どちらに傾く事無くバランスを取れるスタッフの事だと。
それを頭では理解しているが、今この瞬間の私の天秤はお客様でも会社でもなく先輩たちの為に早くF1ドライバーになりたいと思う気持ちが溢れていた。
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