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ケーショガール 第15話 ③/3

社内恋愛のススメ ③/3


「でね、北宮が付き合い出してから2か月後くらいに片桐の元彼女のチーフに新しい彼氏が出来るの。その相手って言うのがさ」

三吉と私が声を合わせて言った。

「まさか」

「そうそのまさか。北宮が捨てた元カレ」

「そこがくっついちゃうんですか」

「まぁ店内って言う狭い世界だけで恋愛しようとしたらそんな事もあるんじゃない?これで北宮もチーフの子も幸せになった。と、思うでしょ?」

「え?めでたしめでたしじゃないんスか?」

「よく考えてよ、ここまでに異動しなきゃいけない要素あった?ここからよ。北宮のすごいのは。休憩室で一緒になったりする事あるでしょ?その度に北宮がそのチーフに彼氏とどこに行ったかとか聞くんだって。渋々答えると、あっそれ私とも行ったところだ。デートコースは変わらないんだなぁ。とか、聞いてもいないのに彼が好きな料理とか芸能人とか教えてきたりしたみたいなの。しまいには夜の生活で彼が喜ぶ事とかまで言ってきてたみたいで」

「げぇ。最悪中の最悪。マジそいつ見たら殴っちゃいそうなんすけど」

「いやいや明日出勤すれば店にいるから。
でもチーフの子と仲が良いスタッフも三吉と同じように思ったみたいでさ。それから北宮に対してのいじめが始まったみたいなの。もちろんチーフの子が指示したわけでも一緒になってやってたわけでもないわよ?でも女子って自分の事じゃないのに正義感か何かわからないけどグループで許せないって誰かを標的にする事あるじゃない?私は下らないと思うけどね」

「あーそれ私も嫌いなタイプの女子っすわ。私なら1対1でいくっスから」

「私も三吉さんと一緒です」

「あらあら三吉はともかく古寺ちゃんまで意外と好戦的なのね。それで北宮の事を無視したりしてたらしいんだけどさ、北宮も負けずにチーフの子に嫌味言う事を辞めずに続いてたみたいなの。だけどある日、朝更衣室で着替えてる時に北宮がいつもみたくチーフの子に嫌味を言ったの、余り物同士で仲良くていいですねって。それまで相手にせずに大人な対応をしてたチーフの子も流石にまいっちゃてさその場でしゃがみ込んで泣いちゃったんだって。
そしたらその場にいた取り巻きのスタッフが怒っちゃって。3,4人で一斉に囲んで北宮の事攻めたらしいわ。そしたら北宮が更衣室飛び出して店長のところに行ってさ、私はいじめられてる‼こんな人たちと働けないから全員辞めさせてほしい‼って直談判したらしいわ」

「うわ、自分のやった事棚に上げてよく言えるっスね」

「それで、当事者を集めて話し合いをして冬真店長が出した答えって言うのが、北宮一人が異動すればこの状況は良くなるという判断だったってわけ。これが新江古田の北宮事変の全貌よ」

「冬真店長冴えてるっスわ。流石イケメンっスね」

「でも高橋さん新江古田にいたわけじゃないのによくそんな鮮明にわかりますね」

「あれ?最初に言わなかったっけ?片桐の元彼女のチーフの子は私と同期でよく飲みに行くのよ。当時沢山愚痴聞いてたからね。当事者以外で私よりこの件を詳しい人いないんじゃないかしら」

「それ、聞いててよく今普通に北宮と働けるっスね。あたし明日から無理かも―」

「私は別に北宮に何かされたわけでもないし、それで何かするなんて新江古田のダサい取り巻きの女子スタッフみたいじゃない。あんたもなにもされてないんだから変なこと考えるんじゃないのよ」

「はーい」

「それにそのチーフの事は可哀想だと思ったけど今は当時の彼氏とうまくいってるみたいで来年結婚する準備してるくらい今は幸せみたいだからね」

「それは良かったっスけど。古寺ちゃんが」

そう言われて自分も現在進行形で北宮に嫌味を言われている当事者である事を思い出した。

「いや、なんか今の話聞いたら私の悩みなんて小っちゃいなーって思っちゃいました。私も気にしないようにするので大丈夫です」

私がそう言うと高橋は先ほどのゴシップトークをしていた時の表情から180度変え真剣な表情で私に言った

「当時のチーフも私に同じ事言ってたわ。気にしなきゃ良いって。でもね、人は自分が悪く言われてもまったく気にしない事なんて出来ないの。今は平気でもいつか溜まりに溜まった感情のダムは決壊するわ」

「でも、じゃあ私どうしたら」

高橋は少し間を置き、拳で胸を叩いた。

「安心しなさい。当時の新江古田の状況と違って古寺ちゃんのそばには私という出来る副店長がいるじゃない。そんな事さっぱりきれいに処理してあげるわよ」

「ひゅー高橋副店長かっけぇっス。ついて行くっス」

「あら?別に三吉には言ってないわよ?あんたは何かあっても自分で解決しなさい」

「えーあたしもこう見えて結構か弱いんスよぉ」

「大ジョッキ片手に持ちながらそんな事言われても説得力無いっての」

三吉は店内中に響くほどの声量で笑うと大ジョッキの三分の一ほどのアルコールを一気に喉に流し込んだ。

ーーーーー

高橋との飲み会から1週間程たった勤務中の事だった。

カウンターに座り応対をしているとふと斜め向かいのカウンターに座り、私も含めた周りのスタッフと同じように笑顔でお客様応対をしている最中の北宮が目に入る。

北宮も応対中はあんなに良い笑顔をするのになぁと少し残念な感情を胸に抱いているとある事に気が付いた。

ここ数日というもの北宮からの嫌味がぱったりと無くなっているのだ。

受付が終わり、急いでバックヤードに入ると周りに人がいない事を確認して高橋に声をかけた。

「あ、止まった?良かった。これで仕事だけに集中出来るわね。良かった良かった」

「でも、こんなに早く嫌味が止まるなんて逆にちょっと気持ち悪いというか怖いというか、何と言って北宮さんにお灸を据えたんですか?」

「お灸って、そんな大した事言ってないわよ。『また繰り返すの?』ってジッと目を見ながら言っただけよ」

高橋曰く、すねに傷を持つ人間ほどシンプルな言葉が効くらしい。
その方がやましい事や隠し事に対して本人が勝手に想像力を働かしてくれるので効果的との事だ。

北宮との確執とまではいかない一悶着は高橋の鶴の一声であっけなく収まってしまった。

昔見た熱血サラリーマン漫画の中で仕事と恋愛は同じだと言っていた事を思い出す。

漫画の中では仕事に向き合う姿勢を恋愛に置き換えて伝えていたが、上司と部下の関係性も恋愛の趣向に影響を受けるのかもしれない。

恋愛で権力に魅力を感じる人間は仕事でもまた、権力に弱いのだろうか…

お客様と話す笑顔の北宮を見ながら私は気持ちの置き所を探していた。

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