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私たちの仕事に影響を与えたバングラデシュの騒乱

あまり日本に入ってこない開発途上国の情報。今回は、2024年8月に政変のあったバングラデシュで、実際にどのようなことが起きたのかを、現地でプロジェクトに従事している園部に聞いてみました。

園部 早紀
イギリスの大学院で難民ケアを学んだ後、JICA海外協力隊としてウガンダに派遣され、難民居住地で稲作普及活動を行う。2021年5月にIC Netに入社後、現在に至るまで、ガバナンス、生計向上など複数の案件でバングラデシュと関わりながら業務経験を積んでいる。

開発途上国で仕事をする際には、渡航先での情勢不安、自然災害、パンデミックなどのリスクが常に伴います。今回、バングラデシュで、政権が倒れ、国が再建される過程を目の当たりにしたことで、開発コンサルタントができることは何なのかと、あらためて考えされられました。

デモ発生

過去の記事でもふれましたが、騒乱の発端は、学生団体による政府への抗議でした。抗議活動は、当初は平和的に進行していましたが、時が経つにつれて徐々に過激化していき、道路封鎖が始まりました。この封鎖を排除しようとする治安部隊との衝突が起こり、そこに野党支持者なども入り込み、ほんの数日で治安がさらに悪化。最終的には100人以上の死者を出す深刻な事態へと発展してしまいました。

暫定政権の成立

8月5日、学生による激しい抗議デモで、ハシナ首相が辞任に追い込まれました。そして、8月8日、ノーベル平和賞を受賞したことで有名なムハマド・ユヌス氏を最高顧問(Chief Adviser)に迎えた暫定政権が発足しました。閣僚級のアドバイザーには研究者、活動家、弁護士など専門家が並びます。この中に20代の学生運動の幹部2名が含まれていたことは、メディアで大きく取り上げられました。当社と長年協力関係を築いてきた方も暫定政権のアドバイザーの一人として任命されました。

暫定政権の使命

今後、民主的な政権移行に向けて選挙が実施される予定ですが、暫定政権には、公正な総選挙を実施することが求められています。過去の選挙では投票妨害や投票数の改ざんが行われたとされています。最大与党であったアワミ連盟のトップ、ハシナ首相が失脚したことで、野党は次の選挙を政権交代の大きなチャンスと捉え、一刻も早い総選挙開催を強く希望しています。一方、最高顧問のユヌス氏は民主的で透明性の高い政府を確立するための改革を進めており、選挙の実施はまだまだ先との報道もあります。

援助機関の動き

政変直後は情勢不安から二国間援助・国際援助の存続を心配する声もありましたが、各援助機関は政変前と変わらず支援を継続しています。具体的に言うと、世界銀行は暫定政権による改革や洪水、大気汚染、ヘルスケア対策に対して今年度予算として約4500億円を低利貸付や無利子融資などに充てると発表。国際通貨基金(IMF)は暫定政権の迅速な発足を評価し、経済対策強化に向けた改革を政府と協力して進めると述べました。日本政府も、国際空港などのインフラ整備や各セクターにおける支援を継続中です。

当社が実施しているプロジェクトへの影響

当社はバングラデシュで複数のプロジェクトを実施中です。私が従事する国際協力機構(JICA)の都市機能強化プロジェクトでは、中央機関である地方行政総局と12の中核都市(City Corporations)を対象に2022年から支援を進めてきました。政治とは切っても切り離せない公共セクターのプロジェクトのため、暫定政権発足後から本当にさまざまな影響がありました。例えば、12中核都市の市長と市議会議員の解任、政府高官・地方自治体職員の人事異動など関係者の交代が現在も続いています。そのため、日本人の渡航が9月に再開された後も、研修の中止や担当者の不在により計画通りに活動を行うことが非常に難しくなりました。また、これまで積み上げてきた住民の行政参加を促進する活動をやり直す必要もあります。このような環境の中で、プロジェクトメンバーはバングラデシュ政府及び自治体関係者との新たな関係性の構築とフォローアップを粘り強く続けています。

プロジェクトメンバーたち

戻ってきた「新しい日常」

バングラデシュへの出張はこれまでに10回以上経験していますが、今回の10月の渡航が一番緊張しました。今まで関わった方々は無事でいるのか、滞在地である首都ダッカは安全に歩ける状況なのか、いくつもの不安を抱えて現地に到着しました。

滞在した10月から11月には数回の政治集会がありましたが、ダッカの人々は日常生活を取り戻している様子でした。オフィスがあるアガルガオンという地域では、一時運行を停止していたメトロが再開し、レストランやお茶屋さんは人々でにぎわっています。ただし、風景はいつもと少し違っていました。街中には焼き尽くされた政府機関の建物がありました。また、いくつかの通りにはたくさんの壁画が並んでいて、その一つひとつが前政権に反対し「新しいバングラデシュ」を求めて描かれていました。これらの景色を見るたびに、数か月前に起こった騒乱の大きさを感じ、現在の生活が束の間の休息状態の上に成り立っていることを実感しました。

リキシャが行き交ういつも通りの風景
新しいバングラデシュを求める壁画

開発コンサルタントにできることは?

最初に立てたこの問いに対する正解はありません。ただ、今の私が答えるなら、「支援を続けながら忍耐強く待つこと」でしょうか。今後しばらくは総選挙に向けた準備が続きます。さらに先には新たな社会課題や支援ニーズがきっと出てくるはずです。この過渡期に現場の声を聞き、新しい国づくりに一緒にチャレンジできるのは、開発コンサルタントという仕事の醍醐味と言えるかもしれません。この数年バングラデシュに関わり続けてきて、生まれ変わろうとする国の活気を今、間近で感じています。