加谷珪一 『貧乏国ニッポン ますます転落する国でどう生きるか』を読む 現在の「値上げ大国」はどこへ行くのかが、ある程度わかる本だと思う  2

さらに、加谷氏の著作から引用したい。

成長しなくてもよい」は成立しない

 経済がマインドにもたらすマイナスの影響というものを考えると、一部で台頭している「無理に経済成長しなくてもよい」という議論についてもよい傾向とは言えなくなります。
 このところ、低成長が長引いていることから、無理に成長する必要はないという主張も時折耳にします。確かに常に成長を強いられる社会はプレッシャーが大きく、のんびりしたいという気持ちになるのはよく分かります。しかしながら、世界を見渡すと、まだまだ貧しく、何としても豊かになりたいと考えている国の方が圧倒的に多く、経済成長に対するニーズは尽きることがありません。
 本書のテーマは、日本はは知らない間に安い国になってし圭つたというものですが、これはアジアを中心に、貧しかった新興国が驚異的なペースで経済成長したことの裏返しです。アジアでは多くの国が経済成長を実現し、豊かになり圭したが、アフリカなどでは、まだ貧困にあえぐ国が多く、彼等は何としても経済成長を実現して豊かで健康的な生活を送りたいと考えているのです。
 私たちにはこうした新興国の人たちの強い願望を否定することはできませんし、成長に対する大きな欲求が存在している以上、世界経済は成長を続けることになるでしょう。このような状況で、ひとつの国だけが成長を止めてしまうことは、そのまま貧困化につながってしまいます。
 多くの問題点を抱えてはい圭すが、日本には国民皆保険制度かおり、病気になった時には、原則3割の自己負担で病院にかかることができます。また、がんなどの重篤な病気の場合には、高額療養費制度によってほぼ全額が補助されますから、ほとんど負担なしで病気を治療することができます。
 しかしながら、こうした医療活動には莫大な費用がかかっており、この制度を維持できるのは、高い経済力があってこそなのです。
 がんなどの重篤な病気にかかってしまった場合、治療費が総額で1000万円を超えることは珍しくありませんが、日本の場合、その金額を患者が負担する必要はありません。しかしながら、社会全体の中で何らかの形でこうした金額を捻出できる余力がなければ、国民皆保険制度は維持できないのです。
 病気になった時に満足に病院にかかれない人が抱える絶望感は想像を絶するものがあります。新型コロナの感染拡大では、国によって死亡率が大きく違っていますが、これはとりもなおさず医療体制の違いに起因しています。非常に言いにくいことなのですが、成長を放棄した国の国民には大きな苦しみが待っているのが現実です。もう少しラクに暮らしたいという気持ちはよく分かり圭すが、成長を捨てることには大きなリスクを伴うという現実について、もっと理解しておくべきでしょう。
 ここ数年、米国では、40歳前後という早期のリタイアを目指す「FIRE(Financia lIndipendence,Retire Early)と呼ばれる運動が若年層の間でブームとなっています。過度な競争を避け、コンパクトで持続可能な生活を目指すという趣旨であり、一見すると成長を否定するように思えます。しかしながら、このムーブメントにも、実は経済成長のメカニズムが深く関係しています。
 米国は世界でもっともビジネスがしやすい国ですが、一方で、激しい競争社会であり、常に成果を上げることが求められます。ミレニアル世代を中心に、一部の若者はこうした環境に嫌悪感を持っており、早い段階でリタイアし、その後はスローライフを送りたいと考え始めており、こうした動きが今のFIRE運動につながっています。
 しかしながら、今回の運動が、かつてのヒッピー・ムーブメントのように反文明主義的、反体制的なのかというと少し違うようです。
 FIRE運動の中核となっているのは、金融業界やIT業界に勤める高学歴、高収入のホワイトカラー層の若者であり、一般的に見れば、彼等は競争社会における成功者ということになります。彼等はある種の成功者であるがゆえに、徹底的に合理化された現代の社会システムを知り尽くしており、その一連のシステムに関する呪縛から抜け出す方法を模索しているのです。
 彼等が目指すリタイアの方向性は極めてシンプルです。
 生活を極限まで切り詰め、収入の多くを貯蓄もしくは投資に回すことで、10年から15年程度の期間でまと圭った資産を作ることを目標としています。一定の資産があり、引き続きコンパクトな生活を持続できれば、安定運用による収入だけで暮らしていけるという算段です。
 年収1500万円の人が、生活を極限までコンパクトにすれば、年間数百万円の金額を貯蓄することは理屈上、不可能ではありません。米国では株式投資が盛んなので、毎年、その資金を投資に振り向けることで、平均すると数%以上の利回りで資産を増やすことができます。15年程度の時間をかければ、1億円ほどの資産を保有するのも不可能ではないでしょう。
 1億円の資産があれば、債券など安全資産に投資することで年間300万円程度の不労所得が得られます。これだけでは十分とはいえませんが、スキルのある人だちなので、この300万円をベースに、自分が受けたい仕事だけを受けるようにすれば、過大なストレスなく年収600万円程度を確保し、ギリギリの生活を維持することができます。
 彼等は現代資本主義社会のシステムをよく理解しつつ、正面からそこにぶつかるのではなく、うまく活用する方向で人生を構築しようとしているわけです。
 つまり今の時代においては、スローフイフを送ろうと画策している人たちですら、市場メカニズムというものを無視できなくなっているのです。この現実はよく理解しておいてください。

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