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瀬尾まいこ 『そして、バトンは渡された』はとてもすばらしい作品だった。本屋大賞に選ばれるだけのことはある 1

 遅ればせながら、瀬尾まいこの『そして、バトンは渡された』を読んだ。2018年の本屋大賞受賞作である。とても、感動的な作品だと思う。
 特に気に入った場面を紹介する。ネタバレなので、未読の方はご注意を!

 今回は、第1章から引用します。
 教空に戻った私を見ると、墨田さんと矢橋さんがにやりと笑った。
「優子、向井先生とランチしてたんだって―」
 こういう情報が回るのは本当に早い。もめている状況がおもしろくて、こじれさせたいと思う人は、けっこういるのだ。
「たまたま学食にいたら、声かけられただけだよ」
 私は自分の席に向かいながら言った。
「もしかして私たちのこと告げ口でもしてたんじゃないの?でも、残念だよね。担任が女でさ」
「そうそう。男だったら味方につけられただろうけど、向井のばばあじゃね。そうだ、優子こないだは一年の男子に告白されたんでしょう。本当、もてるね」
 矢橋さんが言うのに、「すご―い」「やるねえ」などと冷やかす女子の声が聞こえる。
「そんなことないよ」
 私は素知らぬ顔のまま、机の中から教科書を出した。無視すると文句を言うだろうし、適当に答えておくしかない。
「優子、男好きだよね.優子のお母さんって、二回旦那替えてるんだっけ。血は争えないよね―」
 墨田さんが言った。私と中学校が同じだった子にでも聞いたのだろうか。私は自分の生い立ちをことさら話しはしないけど、隠してもないから、保護者が何度か変わったのを知っている子も何人かいる。
「二回ってすごいよね。でも、その母親も今はいないんでしょう」
「ややこし。誰が本当の親かわかんないんじゃないの?」
 墨田さんと矢橋さんはそう言って笑ったけれど、教室はさっきまでとは打って変わつてしんとなっていた。
 きっと、二人が家族のことに触れだしたせいだ。みんなうつむいたり、他のことに気を取られているふりをしたりしている。なぜか家庭のことに踏み込むのはいけないことだと、みんな思っているようだ。私自身は、親のことを突っ込まれても、痛くもかゆくもないのだけど。
「それで、今は若い父親と 人で幕ヽらしてるんでしょう。ひくわ―」
「優子、父親とできてたりしてぃこわ」
 二人は周りが静まっているのに気づかず、話を続けている 聞いていないふりをしているけど、みんな耳を澄ましている。とりあえず、事実だけははっきりさせるべきかなり
 私は座ったまま顔を上げて、里霊田さんのほうを向いたぃみんなが見守るのがわかる。ああ、たいした話じゃないのに、必要以上に注目を浴びてしまう.保護者がころころ変わる弊害はこういうのだよな。さっさと端的に説明してしまおうと私は目を開いた。
「えっと、その何回も旦那替えているっていう母親は、2番目の母親だから血はつながってないんだ。で、生みの親ははっきり‐ンてるんだよぃ母親は小さいころに亡くなって、父親は海外に行ってしまったから身近にいないんだけどねぃ母親が2人、父親が3人いるのは事実だけど。で、なんだっけ? あ、そうそう。今の父親。年が近いって言っても、もう37歳だよ それに、どこか変わっている人というか、とても恋愛関係になりそうな人じゃないから。血もつながってない私の面倒を見てくれるいい人だけど……。これで、以上かな?」
 私が説明し終えると、「すげー」「えーそうなんだ」などという声が教室から漏れた。矢橋さんと墨田さんは少々面食らっている。やっぱり、おおげさになってしまったようだ。
「たいした話じゃないんだよ。親が変わっただけで、私は何も困ってないし」
 私が慌ててそう付け加えると、
「つえ―」と誰かが言うのが聞こえた。
「森宮ってなんか底力みたいなのあるよな」
「やっぱ、家庭の変化が激しいと自然とそうなるんだな」
 後ろの席では男子がこそこそ話している。
 向井先生にも言われたように、確かに私には強い部分があるのかもしれない。でも、それは保護者が度々変わったからだけではない。お父さんがいなくなってからの梨花さんとの暮らし。自由で楽しかったけど、楽ではなかった。あのころは、生きるために必死で、たくましくあることが必要とされていた。

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