山小屋ものがたり4
最後の望みを託してかけた電話。
応対した山小屋のスッタフにバイト募集をしているのか確認すると
「責任者に代わります」
という返答があって
電話口に出た奥さんに僕はどんな話をしたのか。あまりに必死だったから覚えていない。
とにかく働きたい。
人手が余っているのならタダ働きでもいいので数日預かってもらうだけでも。
そんな話をしたと思う。
奥さんは
「まあ内の小屋もちょうど人手が不足しているといえば、しているのよね」
煮え切らない様子だったが、考えてくれている返事だった。
僕は畳みかけるように無一文で、すでに上高地の麓の新島々に来ている事実を打ち明けた。
「あんたもう下に来ているの?しょうがないわね」
少し笑いながら
「とりあえず小屋まで履歴書持って上がってきなさいよ。」
僕は「ごめんなさい。もう履歴書買うお金も無くて…パン買っちゃって…」
曝け出すしか方法がなかった。
電話口から何やら複数人の笑い声がなのか響めきの様なモノまで聞こえてきた。
「ほんとにしょうがないわね。ところであんた今夜はどうするの?」
この近くに野宿するので大丈夫です。テントは持ってますと答えると
奥さんは
「野宿なんて辞めなさいな。内の小屋でお世話になってる旅館があって、女将さんに電話しとくから今夜はそこに泊まりなさいよ」
『へっ??』
『明日の朝一番のバスで上がってらっしゃい。小屋への行き方は…』
こうして僕はmont-bellのテントを使用することもなく、新島々の旅館で一泊させてもらい、更には朝食まで付けてもらった。
僕はキョトンとした。
山岳ドラマ以上の急展開。
顔も合わせていない無一文の町人が
山で遭難した訳でもないのに
電話一本で旅館に泊めさせてもらい
完全に無一文になった翌日からタダ飯にありついている。
何やらトントン拍子に山小屋と繋がり
その後2年も住み込みのスタッフとしてお世話になる上高地の不思議な山小屋との日々が幕をあけるのである。
畳に敷かれた羽毛布団に包まりながら
どれだけ謎の山小屋を想像するも
分からない。
人生のドン底に差し込んだ不鮮明な光。
僕の人生は既に相当にズレ込んでいて、一筋縄では行かないのだろうなという確信だけはあった。
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