まことの名

あなたの名前は何ですか?

朝井まかて氏の『ボタニカ』を読了。稀代の植物学者である牧野富太郎氏の波瀾万丈の生涯について記した小説である。牧野富太郎氏は23年度前期のNHK連続テレビ『らんまん』のモデルにもなっており、SDGsや多様性の世の中で再注目されているようだ。

本著で描かれている富太郎は、常に植物を愛し、採集、分類に情熱を傾けている。生まれつき絵心も備わっており、スキルと志が一致して、猪突猛進に研究を進める姿が幾多の場面で描かれている。一方で、常識、権威、借金などに気を留めることもなく、とにかく植物第一のスタンスを全うしているため、トラブルも多い。ただし、そういう時には恵まれた人間関係に支えられ、困難を乗り切っており、相当大きな運も持っていたように感じる。

「おまんのまことの名ぁを知りたい」

本著で何度か出てくるセリフである。名前を知ることで識別、同定、分類が可能となる。その知識があって初めて、新種発見にもつながる。徹底した観察眼と知識欲を発揮し、フィールドワークを通して研究者としてのスキルアップをしていく姿は、研究者として畏敬の念を感じる。その一方で、自身の志向を常に一定の興味関心に向けることは、努力では困難で、脳機能や生体機能なのではと感じる部分もある。結局、天才とは生まれつきその素養を持っているのだろうと改めて思う次第でもある。

そういえば、数年前に新海誠氏の『君の名は。』が大流行した。名前や存在を問うということは、人間の根源的な欲求の一つかもしれない。名前を知ることで世界の見え方が変わり、言語や思考との繋がりができてくる。知覚と思考が繋がって映し出される世界は、一人一人に違っているのだろう。どういう対象の名を知りたいのか、それは即ち世界の解像度を上げることであり、どんな世界に生きたいのかということと同義なのかもしれない。

世界を創るのは、かくも簡単で難しい。そう思えた一冊であった。

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