授かりもの

あなたが授かったものは何ですか?

芥川賞候補作にもなっていた鈴木涼美氏の『ギフテッド』を読了。著者は作家で社会学者で元セクシー女優でもあり、その多才な特性と経験が込められた作品になっていたと感じる。

抽象的な表紙絵と題名に興味が湧いて、手に取ってみた一冊ではあったが、「この作品に『ギフテッド』というタイトルをつけるとは」というのが率直な感想であった。ギフテッドの本質の一つである問いを立てる能力。それが、死、芸術、社会、人間関係などを対象に所々散りばめられながら話は進んでいく。そして、それらを全てひっくるめて、最後まるっと回収してしまったあたりに、著者の知性とギフトを感じた次第である。

さて、最近は様々なことがダイバーシティ&インクルージョンで語られている。ギフテッドやニューロダイバーシティ然りではある。この構図としては、一旦人の特性や属性が細分化され、それがマジョリティーによって含包されるというプロセスになっているように感じる。でも人の性質なんてそんな簡単に分類できるものでもないから、例えば発達障害などはグレーゾーンで診断されずにモヤモヤを抱えて生きる人もいる。

分類することには功罪があり、もちろんマイノリティー側がメリットを享受するケースもあるが、マジョリティー側が分かりやすく生きるためというのが本質的な部分なのだろう。マイノリティーからすると、レッテルを貼られている感もぬぐえない。ここらの絶妙な感じは、SEKAI NO OWARI『Habit』の歌詞にもうまく表現されているように感じる。そして、この歌詞にも「ギフテッド」という単語が出てくるのだけれど。

授かったものは、ある側面では長所で、ある側面では短所にもなりうる。そういうことを、自分も社会もまるっと受け止められるような世の中になればよいと思う。


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