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【本の感想】『七面鳥 山、父、子、山』

謎のおフランス帰り音楽ユニットとして一部の熱狂的ファンに支持されるレ・ロマネスク。私も彼らの楽曲には大いに影響を受けてきた。例えばあの名曲『祝っていた』

私は性格が悪くネガティブなのでしょっちゅう人を呪いたくなるのだが、そんなときはこの名曲を脳内で合唱し、全人類を祝い寿ぐ気持ちになるのだ。なんという愛と平和とマヌケさに満ち溢れた楽曲であろうか。

そんな珍妙な名曲を連発しているレ・ロマネスクのボーカルTOBIさんは、ご自身もものすごい珍妙でハードな人生を送ってこられた方で、その面白絶望エピソードは既刊のファンブックや対談エッセイに詳しい。『七面鳥 山、父、子、山』(リトルモア刊)はそんなTOBIさん初の小説作品だ。


TOBIさんの幼少期のエピソードのいくつかは、すでにトークで語られたり本に書かれたりしているのでファンには既知のことだったりするのだが……通読すると、それまで面白エピソードとして笑えていた話が、むしろ辛く感じてしまうことも多々あった。本の帯には「父や母、一番近くにいた人とのくすぐったい記憶がよみがえる…」と書かれているのだが、少なくとも父フミャアキとのエピソードはくすぐったいなどという生易しいものではない。

特に「九歳」の章。物心つきはじめた少年タカシローが、外面はやたらいいがだらしない父フミャアキに翻弄される様子が酷すぎた。幼少期にフミャアキにつかれたテキトーな嘘に長年だまされていたり、運動経験ゼロなのにフミャアキに勝手にスキー大会にエントリーされたり野球の助っ人にされたり。泥酔状態で女装して運動会に乱入するフミャアキのエピソードは、大人になれば面白トークにできるかもしれないが、自分が小学生のときにそれをやられたらちょっと耐えられない。

長年TOBIさんが語っていた面白エピソードも、少年タカシローの視点からみると、本当に大変だったり辛かったり惨めだったり悲しかったりする。

自分の父がよそのおうちのお父さんと違うことを悟っていく様子、フミャアキを恥ずかしいと思う様子、フミャアキの無茶振りで酷い目にあう様子がつらい。クラスにひとりくらいはいそうな面白お父さんの息子は、ぜんぜん面白くも楽しくもないんだな、ということがひしひしと伝わってくる。フミャアキがどんどん憎くなる。


なのに、最後の章を読むと、あの酷い父フミャアキが、許せてしまうのだ。大学生になったタカシローは父を殴ることで、ある程度自分の気持ちにケリをつけられていたのかもしれない。そのことをフミャアキが怒っていなかったと知ることで、自分がフミャアキに愛されていたことに気づけたのかもしれない。フミャアキは酔っぱらいで外面だけよくてだらしない常識のない困った男だったけれど、家族に手をあげたことはなく、酒は飲んでも仕事はちゃんとやり、孫の誕生を待つために長生きしようとした。フミャアキはフミャアキなりに家族を大切に思っていたのだ。


普通の家庭を望み公務員を目指していたタカシロー少年は、結局どういうわけかピンクのフリフリ衣裳に身を包んだ怪しい妖しいミュージシャンになりパリで大ブレイクし凱旋する。ここに"フミャアキの血"のようなものを感じる。フミャアキの存在を忌み、九歳から一言も口をきかなかった少年、それでも父から受け継いだものがあったのだろう。ユーモアやサービス精神。デコトラみたいなコテコテの装飾センス。

望んだものと真逆の存在になりながら、今のTOBIさんは楽しそうに、幸せそうにみえるし、たくさんのひとを楽しませ、幸せにしている。そんなTOBIさんの活躍がこれからも楽しみだ。フミャアキもきっと楽しみに見守っていることだろう。


昭和な喫茶店でサンドイッチをつまみながら
読みました。本の内容も昭和感MAX。