頭髪の伸びる速度と助平の関係
美容院の予約をしていたのだが、下の息子が熱を出して行けなくなった。泣く泣く予約をキャンセルして、新しい予約を取り直した。三週間後に取れた。私の通っている美容院は非情に予約の取りづらい美容院である(それでもある程度は信頼している人にしか頭を触らせたくない)。本来ならばカットされるのが妥当であるほどに伸びた髪の毛と三週間も付き合わなければいけないとは、考えただけで頭が重くなる。何しろ、私の頭髪の伸びる速度はとんでもなく早い。
若い頃は肉体労働に従事していたこともあり、頭髪や髭に気を遣う必要はなく、伸びるがままにしていた。街でばったり遭遇した大学時代の旧友に「イチロウ、キリストになったの?」と言われたことは愉快な思い出である。頭髪を伸ばしていた主な理由は、伸びる速度が早すぎて小まめに散髪をするのが面倒であったこと、そして、前述のように他人に頭を触られるのがどうにも好きになれなかったこと、の二つである。
助平な人は頭髪の伸びるのが早い、とよく言われていたが、今でもそうなのだろうか。もしくは私の生活していた地域だけの言い伝えなのか。何にしろ、私の頭髪の伸びる速度は早く、私は助平である。友人らは承知だろうが、私の助平はいわゆる、むっつり助平というやつだ。都会のガードレールに腰掛けて通り行く人を眺める、つまり人間観察が私のライフワークであるが、半分は女性を眺めることが目的と言っていいかもしれない。風の強い日などは、スカートを履いている女性から目を離すことができない。
話を戻す。頭髪の伸びる速度の早い私にとって、三週間はなかなかに長い時間のように思われた。その間に頭髪は伸びに伸びて、私の頭は長い遭難から生還した人のようになってしまうだろう。が、そんな懸念に反して、私の頭髪にそれほど大変なことになりそうな様子は見られない。――そういえば。ふいに私は思い当たる。このところ、髪の伸びる速度が随分と遅くなっているようである。
私はついに助平を卒業したのだろうか。真っ先に頭をよぎったのは、それだった。それからすぐに思い直す。いや、私は相も変わらず助平だ。風の強い日にスカートを履いた女子高生の集団を見かけると、何らかの魔法をかけられたかのように、そこから視界を他に移すことができなくなる。閉じられているものを見ると、どうしても開けて中を見たくなる。私の半分は、むっつり助平でできている。
それではなぜ、私の頭髪の伸びる速度は急に遅くなったのか。単純に老化なのかもしれない。私ももはや四十代だ。もしくは、若い頃のように伸ばしっぱなしではなく、小まめに散髪するようになったため、頭髪がそれに適応し始めたのかもしれない。私は思い込みの激しいタイプであるから(そして生物の身体というのも思い込みに左右されやすいものである)、無い話だとは言い切れない。
兎にも角にも、私の頭髪は早く伸びることをやめたようだ。私は助平がやめられない。助平は今日も幼子のように背にぴたりと貼りつき、私の精神の成熟の邪魔をする。私の助平は強すぎる。助平さえいなくなれば、もう少し世間様に評価されるような人間になれるのかもしれないと、時々思う。とはいえ、それが私の性(さが)であり、それが私なのだ。助平を抱きしめて、助平と歩いていくしかない。
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