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~第31回~「暦の話」

秋が深まり、来年の事も意識し始める時期になりました。
日本では現在、太陽暦(グレゴリオ暦)を用いて過ごしておりますが、これは明治6年から始まりました。
それ以前、江戸時代は太陰太陽暦(天保暦)を、さらに江戸時代以前はまた別の暦が各地でそれぞれ用いられておりました。
その中の一つに「大宮暦(氷川暦)」というのがございました。

大宮暦(おおみやごよみ)は、戦国時代に氷川神社で作成された仮名暦(漢字のみで書かれた具注暦に対して,主としてかなを用いている暦)です。
氷川暦(ひかわごよみ)とも呼ばれており、『埼玉大百科事典 4』には、その出典資料として「北条五代記」「新編武蔵風土記」が挙げられております。
江戸幕府官撰の地誌『新編武蔵風土記稿』(1810~28)一五三には「一年豆州三島暦と武州大宮暦と、閏月の違ひありて」「斎藤某が武蔵国大宮氷川神社から出していたもの」などの記述が出てきます。
ただ、史料がほとんど残っていないため、どのような内容だったかはっきりしておりません。

武蔵一宮氷川神社由来の暦があったこと。
これも大切な歴史です。

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〔 Word : Keiko Yamasaki Photo : Hiroyuki Kudoh 〕

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