睦月某日、松山にて
お元気ですか、と訊ねたいひとがいる。
去年の一月。夕暮れ、というよりは夜に近い松山市、勝山町。一週間の海外旅行に赴くのかというような、おおきなおおきな黒いキャリーバッグをガタガタと引きながら歩く私に声をかけてくれた、お年を召したご婦人がいた。道後温泉は早起きしていくといいと教えてくださった。五分足らずのやりとりだったけれど、愛媛の訛りが端々ににじむ語りからは、ご婦人が自分の住む街をとても愛していることが伝わってきた。
翌朝、朝が猛烈に苦手な私はがんばって起きた。昨日、ご婦人と話していたときに視界の端にあった駅から路面電車に乗った。
道後温泉には、思いのほかすぐについた。
まだシャッターが下りている商店街を歩きながら、なんだか心が浮ついていた。
ああ、私いま、旅してるな。
つい口元がにやけた。何度もシャッターを切った。朝早くからやっている温泉で朝風呂をして、フルーツ牛乳を飲んで、まだ濡れたままの髪で外に出た。北海道とは違って、一月なのに濡れ髪は凍らなかった。ずいぶんと遠くに来たものだ、と思った。
あの日、見ず知らずの若人へ、寧静たる松山の朝を教えてくださったご婦人へ。
お元気ですか。
またいつか、どこかでお会いできたなら、その時には。
私があの日見た松山がどれほど美しかったかを、あなたに語らせてください。
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