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IN&OUT of TOKYO 26「都市の中で、いかに自らの解像力をあげられるのか」/一日一微発見175

前回の続きを書こう。
写真家小林健太(コバケン)の凄いところは、「今、ここ」にいて、クリエイションすることに超自覚的だということだ。

彼は昨年から、ダンヒルやルイ・ヴィトンなどのトップメゾンからコラボの仕事を依頼されるなど、時代の先端にキャスティングされるアーティストに躍り出た。
G/Pの先輩の横田大輔を追うような形で世界で高い評価をえるようになった。

今回、彼はTOKYO BROKEN MIRRORSのプロジェクトで、CGを使う新しい領域に入った。
割れた鏡の形をトレースし、CGで作り出した立体を、鏡の天球(その内側には外界の風景がはりつけられている)の中におき、リフレクションをかける。

鏡の破片でできた複雑なイメージオブジェクトは、内と外が混じり合った不思議な存在として虚空に浮いている。
その意匠のすべては、コンピューターの演算による自動生成である。

彼はその作業を「実験」とよび、その「遊び」から生み出されたものと対面する。

それをさらに深く体験することで「何か」に向かおうとしているのである。

興味深かったのは、そのような姿勢を「インディペンデント」とよび、その深さの体験を「解像度をあげる」、つまり、身体知の「解像力を上げる」と表現したことだ。

このことは彼が身体的なトレーニングを日々修行として行っていることとも関係している。

銀座のダンヒルで彼は自作の拡張として、パフォーマンスをやったことがある。それは、携帯に自作のアプリをしこみ、大きなモニターの前で躍り、リアルタイムで画像を生成させるというものだった。

そのインターラクションの行為そのものが「解像力のプレイ」なのだ。

そのあとのトークでコバケンは、ザハ・ハディットやダン・グラハムの建築物の話をした。

それは「実験」が「思考実験」であり、それがリアルワールドに介入することで、人間そのものをどうかえるか、ということに彼が興味を示していると思わせた。

僕は、ロシア革命の時の無重力建築の話をした。イワン・レオニドフによる無重力建築=つまりは、自由のことだ。

レオニドフはウブステマでマレーヴィチと影響しあった建築家でコールハースら、現代建築家に多大な影響を与えている。
コバケンとの話も、さらには抽象と神秘主義の話に移行した。

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