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M-1グランプリ2022の感想〜8分のネタができた幸運〜

今年のM-1も面白かった。感想をつらつらと書いていく。

決勝の人選

そもそも決勝進出者を見て思ったこと。それは「ボケが強い漫才が勝ち始めている」ということだ。かつては「手数論」なる言葉が生まれた通り、M-1という"競技"を勝つためには、ボケの"手数"が最も重要視されていた。ボケ一つ一つの強さよりも、一つのネタにいくつボケを入れ込めたか。それにより、4分という枠の中で「笑いの数」が「笑いの量」を担保し、高得点につながっていた。

しかしながら、今回残ったのは「手数」とは別のベクトルの強みをもったコンビばかりだった。キュウ、男性ブランコ、カベポスター。どれも大きなジャンルで区別すれば、テンポやスピードよりもセンスやワードで勝負するコンビ。審査員が「今年はそういう系を残してみよう」と選出したというよりは、観てる方がテンポに飽き始めたことと、センス系が受け入れられ始めたことが考えられ、そしてその分岐点が今年だったのだろうと予想する。

1.カベポスター「大声大会」

数年前から準決勝に進出し、毎回敗者復活戦にて、しっかりとした構成のネタで、ある種の爪痕を残してきたコンビ。やっと決勝で観られると期待していたが、ここで不運のトップを引いてしまった。やはり戦前の予想通り、勢いやスピードを出すネタではなく、「トップに向いてないよなー」と思ってしまったが、今観ても完璧とも思える構成のネタで、ありきたりだがトップじゃなければもっと高得点を狙えたネタだろう。これをしっかり評価できる審査員の博多大吉はさすがの一言だった。

改めて見直すと、ボケの大喜利力もさることながら、ツッコミの浜田がとんでもなく上手い。個人的にはこの大会のキーとなったのは「ツッコミの温度調整」だったと思ってるが、浜田の温度調整はほぼノーミス。最初から声を張り上げることなく、観ている人の脳内に寄り添う温度で適切な言葉を配置していた。大きな敗因は「トップだったこと」のみとも言えるが、ネタ質的に、終盤で加速していく"ドライブ感"は無いため、優勝を掴み取れるタイプのコンビになれるかどうかが今後の課題だろうか。

2.真空ジェシカ「シルバー人材センター」

昨年のM-1決勝を機に、今年はテレビでも活躍をし始めたコンビ。怪奇なボケに対して、ツッコミで種明かしをして笑いを取るシステムは、南海キャンディーズ以降大きな漫才の主流ではあるが、そのトーナメントの王者と言えるのがこのコンビだ。

「政府は真実を報道していない、という、それくらいのことなんですけど、、」
「せっかくハッキングしたのに情報がない!」

「私におまかせください。カチ、カチカチ、カチカチ」
「マウスばっかりだと不安になるなー!上手い人はキーボードのイメージだから!!

「八法全書を書いております」
六法全書の同人誌書いてる!!

などなど、本人たちが言う通り、そのネタは屈指の大喜利力を持ったボケの川北の頭の中を覗き見ているかのような内容。「こんなシルバー人材センターは嫌だ」に対しての大喜利の列挙がネタの骨格だが、その一つ一つの大喜利のパンチがめちゃくちゃ重い。ただ、マジラブ野田が指摘していた通り、その全てが100%観ている人に伝わっているかは不明。「受付の人材智則」に対しての「派遣のニューウェーブ!?」は陣内智則がエンタの神様に出る際のキャッチコピー「笑いのニューウェーブ」から来ているし、「俺でなきゃ見逃しちゃうね」はご存知「ハンター×ハンター」が元ネタのネットスラングだ。そこでの取りこぼしが数点あるだろうことと、後半の展開を緩めてまで出した大ボケで点数が伸び悩んだように感じられた。

ここで松本人志から「ボケとツッコミがアンバランス」なる指摘があったが、これこそ「ツッコミの温度調整」から起因する部分。ツッコミのガクは一発目のボケから少し怒り気味でツッコミを入れるのに対し、「そんなに怒ることか?」という微かな違和感を与えてしまったのだと思われる。これは今までであれば「漫才とはそういうもの」と流されていた部分でもあるし、大喜利の列挙であるならば全てのツッコミが同じ温度感であるのは当たり前なのだが、一組目のカベポスターのツッコミ温度調整が、あまりに上手すぎたことが影響したのかもしれない。

「観ている人全員が分かるネタにする」「ツッコミが観ている人の温度感に寄り添う」という2点を調整すれば、もしかしたらさらに点を取れるようになるのかもしれないが、それが真空ジェシカの求める笑いかどうかは不明。そんな器用な人間なら、バラエティ番組であそこまでボケ続けないだろう。このスタイルを貫き、客を置いていってこそ真空ジェシカであるとするならば、小賢しい点数稼ぎは「ケチな点棒拾う気なし」。川北の頭の中を純度100%混じりっけなしで見せるのが彼らの漫才なのであれば、それを変えないことがカッコいいとさえ思う。

3.オズワルド「明晰夢」

2019年から3年連続で決勝進出していたこのコンビが、準決勝で敗退したのは大きなサプライズだった。「あちこちオードリー」出演時には「勝てるネタができていない」という発言をしていたものの、3回戦のネタを観たときは、それでも良いネタ仕上げて来たなと感じさせられた。

そんなオズワルドも、敗者復活戦から復活を遂げるが、点数が伸びず敗退となった。もちろん、単純に3回戦のネタのほうがネタとして良かった可能性も否定できない。ただ、前提として2人のコンディションが万全ではなかったことには言及しておきたい。

敗者復活戦は野外のステージで行われている。12月の野外という環境は当然だが漫才をするのに向いているステージとは言い難い。初めて敗者復活戦を戦うシンクロニシティには「まず口が動かなくなるから、直前まで口を温めろ」というアドバイスが送られたという。敗者復活組と言えば、かつては最終決戦の常連だった。サンドウィッチマンが優勝を収めて以降も、9組目という有利な出順でネタができることが最大の利点となり、数々の逆転劇を披露してきた。

しかしながら、ここ5年は連続で敗者復活組が1stラウンドで敗退している。なぜ有利だったはずの敗者復活組は最終決戦に進めなくなったか。それは2017年から、あるシステムが導入されたことと関係が深いと思われる。笑神籤。出順をあらかじめ公表せず、その場のくじ引きによってネタ順を決めるという悪魔のシステム。これにより敗者復活組は有利な最終出番ではなく、急遽発表された出番で登場することを余儀なくされた。また、かつては番組中盤で復活コンビの発表がされた後、漫才披露までわずかばかりの"回復時間"があったのだが、笑神籤によって野外からそのまま移動して即ネタ披露という流れにチェンジ。これによりコンディション最悪のままネタを披露しなければならず、ある意味で敗者復活組には不利となるシステム変更となり、笑神籤導入以降、最終決戦へ駒を進めるコンビはいまだ生まれていない。

もしかしたら、「敗者復活組が最終決戦に進むのはあまりよろしくない」という運営側の意図があるのかもしれないが、それならば「敗者復活組はトップバッターでネタを披露する」というルールに変えるのはどうだろうか。M-1グランプリは知ってのとおり、トップがとんでもなく不利なシステムとなっている。1年間ネタを仕上げても、トップを引いた瞬間に優勝の可能性はほぼ潰えてしまう。それならば、敗者復活組をあえてトップにネタ披露させ、客席を温めさせる役割を担わせる。そうすれば敗者復活組に相応のハンデを負わせながら、また番組冒頭30分の時間で敗者復活組の"回復"も可能。今年はオズワルドという力のあるコンビでも、その持ち味を十分に発揮できていないと感じられた。どうにかならないものか。

4.ロングコートダディ「マラソン大会」

近年、コントと漫才の両方で結果を出しているコンビ。この日も視聴者の優勝予想3連単では、ロングコートダディが最も票を集めていた。個人的には、このコンビが大好きで、キングオブコント2022の料理人のネタでは、生まれて初めて笑いすぎてゲロ吐きそうになったほどだった。ネタはロングコートダディの真骨頂である"ファンタジー"要素がふんだんに盛り込まれたネタ。去年のM-1で披露した「肉うどん」も彼ららしく大きなインパクトを与えるネタだったが、今年も期待通りインパクトの強いネタを持ってきた。

ネタの構造は堂前と兎が交互に相手を抜き返すという、ある意味でWボケのような形。一人がボケの「動き」をして、もうひとりが「嘘やろー、○○な人に抜かされたー!」と説明するというのは、ともすれば真空ジェシカの"大喜利の列挙"と大きく分ければ同じ構造にはなってはいるが、異なる点としては2人ともがコントの世界に入り込んでいることだろう。真空ジェシカの場合、ツッコミのガクはコントの世界にいながらも、ツッコミ時は客席を向いての「説明者」となり、コントの世界から一時離脱するが、ロングコートダディの場合はコントの住人のままツッコミを入れる。またそのツッコミがコミカルなセリフ口調となっていることも面白いポイントの一つで、ツッコミの温度感に違和感を感じるもなにも、全てが違和感なので温度もなにもない。すべてがロングコートダディの世界に包まれることで、空気を支配することに成功した。「動き」を使ったボケであることから、手数も大きく絞られ、「○○な人」の数で言えば11個しかボケてない。かつて手数重視の最高峰だったナイツが4分間で33回もボケているらしいので、手数はその3分の1。それでもその一発一発のパンチ力がエゲツないことに加え、2人ともがコントの中に入ることで描いた"世界観"が高得点につながったと思われる。博多大吉さんはこのネタに対して「もう少し掛け合いをしてほしい」という理由で点数を絞ったと言うが、それでも92点を奪い取ったのはロングコートダディの勝ちだと言えるだろう。

5.さや香「免許返納」

この日、ぼくの感想が世間と大きくズレたのはこのさや香への評価だった。得点は審査員7人中6人が95点以上をつける667点。「この日最高の漫才はさや香の一本目だった」と言う声も多く聞こえた。スタイルはボケの石井の「他人とズレた言い分」に対して新山がツッコんでいくスタイル。「ぼくは免許の返納をしました」という一言から新山がトップギアでツッコミを入れる。このネタに対して松本人志は「我々がこうツッコんでほしいと思っていることと、ボリュームも内容もシンクロしてるツッコミのうまさ。気持ちよかったし美しい漫才」と評価。このセリフこそがこの日の大会の「ツッコミの温度感」の重要性を言い表している。カベポスターと異なり、徐々にボルテージを上げていくわけではないが、石井の「免許返納をしました」というワードの強さが、ツッコミのトップギアを許す説得力となっている。そこから掛け合いのみで4分を走りきる勢いと熱量。石井が本人としては「老いを感じたから返納した」という微かに説得力がある言い分が、ボケなのにボケていないというめちゃくちゃ強力な設定を生み出した。

ただ、このネタがぼくにはピンとこなかった。おそらくはぼくがロングコートダディのことを好きすぎたゆえの贔屓目が、さや香に逆に働いたのだと思う。さらに言えば、ロングコートダディの2人コントインが描く"ファンタジー"の世界から、さや香の純粋なしゃべくり漫才の落差を受け、"ファンタジー"から抜けきれなかったとでも言うか。「佐賀は出られるけど入られない」等、フィニッシュブローに値する強力なワードもあり素晴らしいネタだったと思うし、点数にもきっちり反映されている。ただ個人的に思うのは、このぼくが感じた「ファンタジーから抜けきれない」という言葉は、後にさや香の運命を大きく変えたんじゃないかと思っている。

6.男性ブランコ「音符運び」

ここもコント勢からの殴り込み。「音符運び」という仕事がやりたいと言う平井が、その運搬の途中で浦井を殺害していくというネタ(文字で書くと意味が分からない笑)。彼らもロングコートダディと同じくコント勢らしく、漫才というフォーマットに"ファンタジー"を持ち込んだスタイルで、「音符運びという架空の仕事」、「音符が凶器であるということ」、「浦井がそれに殺害されていく様」を観る人に想像させることで納得させる、世界観に満ちたネタになっていた。

もちろんその表現力と言葉選びで、彼らの世界観は存分に発揮されていたのだが、唯一ぼくが引っかかってしまったのは、「音符を運ぶ」という発想が、バカリズムの伝説のネタ「都道府県の持ち方」を想起させてしまったことだった。バカリズムの「都道府県の持ち方」は各都道府県の特徴を説明した後に「持つとしたらこうですね」と急にファンタジー要素を出す衝撃のネタ。「音符運び」の場合はその後の「浦井が死ぬ」の部分に威力を持たせているわけで、完全な丸かぶりではないにせよ、「都道府県の持ち方」が偉大すぎて、どうしても0→1の発想に思えなかったことが、個人的にはマイナスポイントになってしまった。それでも浦井の死に方の表現力や「お前……」と言い残す場面は秀逸で、総合で4位となるのに相応しいネタだったと言える。

7.ダイヤモンド「有銭飲食」

2021年のおもしろ荘で優勝し、ブレイクのチャンスを得るもなかなか火がつかず、一方でネタの評価は界隈で好評。ここに来て初の決勝進出を掴んだコンビだ。ネタとしては「"有銭飲食"したんだよ」「"無銭飲食"みたいに言うなよ」のように、新しい言葉を生み出しながら掛け合いをしていく面白い発想のネタだったように思うが、思うように点数は伸びず、最下位に沈んでしまった。

確かに審査員の寸評のとおり「発想が一つだった」ことはこのネタの弱点の一つではあるが、ただ一方でそこまで悪いネタかというと、そうではないように感じられた。改めて3回戦の同じネタを見直すと、2人がもう1段階トーンを落として会話しているように感じ、決勝のネタよりも頭に入りやすい。それこそ「ツッコミの温度感」ではないが、決勝のトーンでは2人が強く言い争っているように見え、「なんでそんなに怒っているか」がよく分からない。ツッコミは「『〜もね』ってやめてよ!」と言うが、なぜそれがそんなに嫌かも上手く伝わらなかった。他のネタも発想は面白いし、飄々と変な論理を展開する野澤のボケは十分な味を持っている。本来のパフォーマンスが発揮できないことが、ネタそのもののクオリティを下げてしまうというもったいない結果になってしまった。

8.ヨネダ2000「おもち」

結成2年目で、ボケの誠は若干23歳というとんでもない逸材コンビ。去年の「どすこいどすこい」でM-1予選でお笑いファンを騒がせたかと思えば、THE Wで決勝進出。さらに今年に関してはTHE WとM-1の両方で決勝進出するという快挙も達成。いま最も勢いのある若手と言えるだろう。

披露したのは「おもち」。「イギリスでおもちをついたら、一儲けできる計算が出たのね?」から始まり、終始右側に立つ愛はほぼ「ぺったんこ」しかセリフがなく、ツッコミは不在、リズムの中でボケにボケを重ねるという、漫才の概念を破壊するようなネタだった。

しかしながら、このコンビのネタを言葉でもって説明することは、あまり意味のないことだと思うし、ある意味で失礼にあたるような気もする。「これがこうだから面白い」という方程式は彼女らには当てはまらない。

ただその中でひとつ感動を覚えたのは、このネタに対してナイツの塙が96点の高得点をつけたことだった。若くして漫才協会の副会長を務める塙は、漫才についての本を出版するほどの理論派。M-1の審査員に抜擢されてからも、独自の目線から的確かつ論理的なコメントが評価されていた。そんな塙が「訳わかんない。でも一番笑った」とコメントし、そしてつけた96点。あの理論派の塙が、その理論でも「説明できない、でも面白い」ということで高得点をつけた。この姿勢が審査員としてとても正しいと思ったし、それを認められることが素晴らしいと感じた。

9.キュウ「ぜんぜん違うもの」

キュウもカベポスターと同様に、近年の敗者復活戦等でお笑いファンから期待されていたコンビだ。特にキュウは芸人からの評価も高く、麒麟の川島はこのキュウのネタを寝る前に観て、「彼らの動画の再生数のうち1000回はおれ」と言うほど。

基本的にはボケのぴろが「○○って○○だよな」とテーマを投げかけ、それについて例を挙げていく中で、清水がツッコミを入れていくスタイル。ただこのコンビが面白いのは、清水は本当にツッコミをしているわけではなく、ツッコミという体でボケていることだ。2人は会話の中で、ルールを設定し、そのルールを逸脱させることで笑いを発生させる。従来の漫才では、ロングコートダディやヨネダ2000のように、コントに入ることで"世界"を作り上げるコンビはいたが、キュウはある意味で会話だけで"世界観"を構築する漫才となっている。

冒頭で「ボケが強い漫才が勝ち始めている」と書いたが、その筆頭がこのキュウだと思っている(次点はハイツ友の会)。彼らはツッコミが弱いどころか、ツッコミは不在。清水の「ツッコミがズレている」というボケによって、それにツッコむのは観ている人が無意識化でやらないといけない。だからこそ、彼らの漫才を面白いと思うことは「その面白さに気づけている」ということだ。だからこそキュウの漫才は高尚に聴こえるし、それを楽しめることは気持ちが良い。

今回、とてももったいないと感じたのはネタ選び。清水が「○○でしょう〜!」とコミカルな動きでツッコミを入れるスタイルは、彼らの良さを残しながら、一般にもウケが狙える微調整だったのかもしれない。しかし、お笑いファンは清水が「○○でしょう〜!」と決まった所作とセリフでツッコんでも、「キュウがそれをやる面白さ」となるかもしれないが、観覧の客が全員そう思えたかには疑問が残った。得てしてそれは"キャラ漫才"とも取れるもので、お笑い好きは彼らがもちろんそれに含まれないことは理解できるが、なんとなく会場に漂う空気は、彼らを「そういうキャラの人」として見る目があると感じてしまった。

これはある意味M-1を勝ち抜く際の最も難しいところで、準決勝を観ている客はコテコテのお笑いファンだが、決勝の観覧客は一般のお客さんが座っている。これにより、準決勝を勝ち抜くために加えた"進化"が、決勝では"やりすぎ"に振れてしまうこともあるのだ。かつては東京ホテイソンが「い〜や、○○の✗✗!!」のスタイルからネタを進化させて決勝に臨んだが、思うように得点は伸びなかった。準決勝を勝ち抜くネタと、決勝でウケるネタはおそらく異なる。キュウはその罠にハマってしまったように思えた。

10.ウエストランド「あるなしクイズ」

10組目に登場したのはウエストランドだった。かつて、賞レースだったころのTHE MANZAIにて、ナインティナインとの絡みで一躍有名となったウエストランド。当時は河本のひとボケに対して井口が延々とツッコむスタイルだったが、徐々に井口の素のキャラを全面に出していき、そして今回の「あるなしクイズ」に行き着いた。

世間では「悪口」と評されるウエストランド、もっといえば井口のみだが、これが「悪口」であることを理由に批判されていることが悲しい。まずこのフォーマットが素晴らしいのは「あるなしクイズ」の体をとっているところ。井口は「あるなしクイズ」を1問目から答えようとする。複数の要素の共通点から答えを出す「あるなしクイズ」において、1問目から答えを出す。これにより井口は「変な人」となることができ、ある意味でこの漫才において、井口は「ボケ」になっているのだ。それにより、井口が列挙する「悪口」は、「変な人」が言っている「偏見」になる。それに加えて井口が本来持つキャラクターは、女にモテず常に他人を僻む「持たざるもの」という個性。これが彼の「悪口」をいたずらに他人を傷つけるものから、「弱者によるカウンター」の印象をもたせることができている。

さらに加えて言えば、ウエストランドの漫才は「悪口」の形をしているとはいえ、その中身はお笑いにおいての「あるあるネタ」であると感じている。例えば「恋愛映画にはパターンがない」をウエストランドは口調を悪くして「悪口」としてアウトプットしているだけで、それ自体は「みんながうっすら感じていること」をしっかりと見つけてきている。だからこそ、そのパッケージされた外見だけを見て「悪口」と言われているが、井口が見つけているのは相当に着眼点の鋭い「あるある」であり、そこには高度なお笑いのセンスが内包されていた。

その意味で言えば、井口の「悪口」というボケは、その一発一発の強度が威力を発揮していたし、それに対する河本のツッコミも「温度感」という意味でちょうどよかった。つまりは「ボケの強さ」「ツッコミの温度感」という、この大会でキーとなっている2つの要素を同時に満たしていたのがこのコンビだったのかもしれない。

最終決戦

1stラウンドが終わり、残ったのはさや香、ロングコートダディ、ウエストランド。松本人志が「しゃべくりとコントと悪口の戦いとなりましたね」と発言していたが、本当にそれぞれしっかり個性が分かれていて面白いコンビが残ったと思った。

ここでウエストランドが勝利した原因を考えてみたのだが、それは彼らが「2本連続でネタができたこと」が大きく働いたとぼくは考えている。彼らの「あるなしクイズ」は後半につれて新しい例を出せば出すほどに"加速度"を生んでいた。終盤で井口は「正解なんてどうでもいいんだよ!もっとワードくれワード!!」と叫んだが、観ている人の気持ちもそれと全く同じ。一個一個のワードに対して、的確かつ強力な切り口で対象を切り刻んでいく井口に対して観ている人は「もっと観たい」と感じさせられたはずだ。そんなウエストランドは1stラウンドを10組目、そして最終決戦を1組目でネタ披露したことにより「もっと観たい」の状態から続きを始められた。言ってしまえば彼らは「8分間ネタを披露できた」と言え、強力な印象を植え付けることができたように思う。

最終決戦のロングコートダディとさや香も素晴らしいネタであったが、どちらも最終決戦のネタは1本目と比べたら落ちてしまったように感じられた。ロングコートダディは1本目と異なり明確に堂前ボケ、兎ツッコミの役割配置となっていたが、これによって兎ボケ、堂前ツッコミの要素は無くなってしまった。個人的にはキングオブコント等で見る兎ボケ、堂前ツッコミの役割がとても好きで、兎の演じる「本物のヤバい人」と堂前の「翻弄される心配顔」がなくなってしまったのが残念だった。

さや香に関しては「男女の友情は成立する」というネタだったが、これも「免許の返納をしました」というワードと比較すると、一発で"着火"させることはできなかった印象。そして思うに、この日観ている人はここまでで「音符」や「おもち」を観てきている。それが大会全体として「ファンタジー」要素を会場に充満させている感じられた。その中で観ている人が「ファンタジーから抜けきれない」ことで、さや香の「上手さ」という持ち味が、相対的に威力が落ちたように感じられた。さや香のネタの構造はツッコミの新山が「常識」を用いて現実に引き戻すことで笑いを生んでいる。「ボケが強い」漫才が多数を占めていたことで、ツッコミの熱量で笑いを生むさや香が不利に働いたのではないか。それも含めて、順番や人選が大きく結果を左右する大会になったように思う。

総括

今回の大会は主に2つの要素が重要性を持った大会になったと思っている。それが「ボケの強さ」「ツッコミの温度調整」である。ツッコミを待たずして、ボケのみで笑いを生み出せること、そしてツッコミが観ている人の温度感と外れずに違和感を生まないこと。これがこの大会で差を生んだ2つの要素のように感じた。これまでは「ツッコミのワード」で笑いを取るのが大きな勝ちパターンの一つだったが、そのスタイルの漫才が増えすぎてしまったことで、新たな要素が価値を出し始めた大会になったように思う。それもこれも漫才のレベルがどんどん上がっており、もはや準決勝進出者程度ではほぼ全員が面白いのが当たり前。その中でいかに減点ポイントを減らしながら、プラスアルファの個性を出していくかの戦いになってきている。

ウエストランドの優勝で幕を閉じたM-1グランプリ。人選と順番によっては本当にどこが優勝してもおかしくないレベルの高い大会だったし、優勝せずともさや香をはじめ、様々なコンビがその持ち味を十分に発揮したと思う。長くなってしまった、この"皆目見当違い"な感想を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

あ〜あ〜〜〜、佐久間さーん!!

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