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自己肯定感がどんづまっているのに気づいた

昨日、心が疲れてるなあと思ったので、
お風呂にしっかり浸かりました。
そのあと間接照明をつけて、
ライフスタイル系の本を読みましたが、気分は低空飛行のままで。

一応、今の私はステータス的には問題なく、
結婚して数年が経ち、夫婦仲は良好だし、
転職してより楽しい仕事もできている。
生活には不自由しておらず、物質的には満たされている。

でも、何をしていても気持ちが盛り上がらない。
少し投げやりに生活している自分も、
そんな自分を咎める自分も自覚している。

で、一つ気づいたのが、他人によく見せようとしている自分がいること。

私はコンサルをしていて、コンサルかくあるべしが脳内にあって。いただく給与も平均以上なのだから、それに見合った仕事をするべきであり、身も心も捧げるべきだと。

一方で、私の元来の性質は全体的にゆっくりしていて、量より質を大事にしたくて、コツコツ細かく積み上げるのが好きで、論理より感覚で生きていて。ぱっと喋るとロジックのない会話になると思うので、仕事で喋るときは自己検閲かけてるし、というか普段でも最低限かけてるし、それは嫌々というより「自分はこういう言葉を話す自分でいたい」というこだわりがあるからだと思う。

というわけで、「本来はこの仕事にそんなに向いていない自分がこの仕事につくわけだから、何とか背伸びをして生きないと」と思っているわけである。他にも、たいして可愛くないし、喋っても他の人とずれててつまんないしとか、自分の殻にぐいぐいと入ってしまっていて、結果受動的になってしまっていて、ますます日々がつまらなくなっていた。

でも、今日考えた。
私の性質って、へっぽこだ。のろまだし、抜けてるし。だから、へっぽこコンサルだと、いっそ開き直ってみよう。(できないことを諦めるのと、認めるのでは違うが、ここで言いたいのは後者)

そしたら、バカと思われてもいいと思えて、少し肩の力が抜けて、おしゃべりを自然に楽しみやすくなった。今日は楽しい時間が少し増えた。苦手な飲み会も頑張った、ちゃんと行った、本当にえらい。

私、この強い自責思考に、いつか内から倒されてしまうのでは、とすら思う。
気づくといつのまにか負けそうになっているので、自分の心と向き合う時間を増やして、解きほぐしていきたい。


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