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駐妻になってからの1年を振り返る

私って何でここにいるの?

私の存在っていったい何?

私がいなくても誰も困らない。もっと何かに貢献したい、自立したい、人と触れ合いたい。

そう思いながら暗く辛い日々を過ごしていた着任当初。あれから約1年、周りの環境も私自身の状況も心境も大きく変わった。

夫の駐在期間も早くも折り返しに差し掛かり、後半戦をどのようなマインドで過ごしていこうか、よく考える。そのついでに、少しだけこの1年を振り返ってみたい。感情の起伏が激しく、ここ最近で1番泣いた1年だったかもしれない。それでもこうやって幸せに過ごしていられる今、この国に来て良かったと心から思える。

人生のどん底、最悪に暗い日々を過ごした最初の1ヶ月

よく海外赴任の場合は夫が先に行って生活基盤を作る、という話を聞くが、私たち夫婦は一緒に出発した。当初は「しんどくなったら1人で帰国すれば良いか〜」なんて呑気に考えていたけど、東京からの片道35時間かかった長旅が本当に本当に辛く、二度とあんな苦しみは味わいたくないと思い、1人で帰国するという選択肢は早々に消えた。

そこから家が見つかるまでの約3週間ホテル住まい。キッチン付きのアパートホテルだった。夫はさっそく仕事が始まり、しかも忙しい時期に着任したため当初から毎日残業で、ホテルに帰って来るのは毎晩夜の9時以降だった。私はと言えば、日中だけでなく夜もずっとホテルで1人ぼっち。計算してみると、夫が出発してから帰宅するまで1日約13時間も誰とも話さない日々が始まった。知り合いもいないしスペイン語も話せない。道もわからないしどこが危険でどこが安全なのかもわからない。お先真っ暗、幸先が悪すぎる。

さらに最悪なことに、私たちの部屋にはホテルのWi-fiが届かず、インターネットをするにはパソコンを持って公共スペースのある最上階まで移動しなければならなかった。しかも最初の1週間はSIMカードも買っておらず、iPhoneも使えない日々。言葉通り、何もすることがなかった

今考えると、なんでもっともっと積極的に行動しなかったんだろうと思う。普段なら、新しいことを開拓するのが大好きだし、何にでも挑戦したいし、当たって砕けろ思考な私。当時は完全に自分を見失い、「私この国では夫がいないと何もできないんだ」と思い込んでしまい、性格に似合わず超消極的な女に成り下がっていた。

辛かった。今振り返っても本当に辛い辛い1ヶ月だった。

時間が経つにつれて1人で出歩けるようになり、少しずつ基本的なスペイン語も覚えてきて買い物ができるようになり、1人でカフェにも行けるようになり、3週間経ってホテルを出る頃にはやっと辛さが半減していたように思う。しかし、本当の苦しみはそこから始まった。

落ち着いてからやって来た虚無感

無事にマンションが見つかり引っ越しが完了し、やっと普通の暮らしができる!と思って浮かれていたのも束の間、今度は「あれ、私って毎日何すれば良いんだっけ」という疑問がふと浮かんで来た。1ヶ月も経つとある程度どこへでも行けるようになり、Twitterやブログなど新しいことをはじめ、なんとなく毎日のルーティンが決まってきてはいた。しかし、ふと我に帰った時に、「これっていったい誰のために、何のためにやってるんだろう。」「私が何もしなくても誰も困らない。私って何の役にも立っていない、存在価値の低い人間なんだ」などというマイナス・オブ・マイナスの感情が頭の中を占めるようになった。

自分に存在意義についてこんなに考えたことは人生で初めてだった。「私って何で生きているんだろう?」「私ってどこへ向かっているのだろう?」「私って毎日何してるんだろう?」毎日毎日いろんな疑問が頭をよぎり、モヤモヤが止まらない日々。一言で言えば、社会に貢献していない自分が許せず、自分の存在価値を感じることができなくなっていたのだった。社会人になってから無職を経験したことがなかった私は、いざ社会との繋がりを絶って家庭に入った時に、何を糧にどこへ向かってどう生きれば良いか全くわからなくなってしまっていた。

仕事をしていた時は「仕事がしんどい」とか「上司がクソだ」と文句を言いまくっていたが、働けることがどれだけありがたいことだったか、今になって痛感している。私が働くことで誰かが喜んでくれ、助かってくれる。人が喜ぶ顔を見るのは最高に幸せなことだし、それが私が働く意義だった。

夫にも何度も自分の胸の内を明かし、時には自暴自棄になって泣き叫びながら帰りたいと訴えた。夫も辛かったと思う。夫に罪悪感を感じさせるような態度を頻繁にとってしまっていたから。しかし夫はその都度、私1人で帰るという選択肢を考慮してくれ、親身に話を聞いてくれた。私が「誰に役にも立っていない人生なんて嫌だ」と泣き付くと「俺の役に立ってるよ、お前がいないと俺が困るよ」と言ってくれた。

とにかく着任してからホテルでの3週間、そしてマンションに引っ越してからの数ヶ月は精神的に不安定な日々が続き、苦労の連続だった。

1年経った今の心境

簡単に言うと「慣れた」「時間が解決しれくれた」「やることが増えた」「吹っ切れた」というのが今の心境。悩んでも笑っても同じ毎日なら、笑ってるほうがマシだという究極の結論に至った。成長した私。

仕事をしている夫を見ていると羨ましいけど、物理的に働くことができないんだからしょうがない。それなら帰国後を見据えてできることをしておこうと、色々な勉強を始めた。現在はイギリス人の先生にお願いしてオンラインでケンブリッジ英検の対策を少しずつしているのと、TESOL(英語を母語としない人に英語を教える資格)習得に向けて日々机に向かっている。J-shine(小学校英語指導者認定資格)は去年修了したし、スペイン語学校にも不定期で通っている。最近は週1で日本語学校でウルグアイ人に日本語を教える機会を頂いた。収入を得てはいけないので、ほとんどボランティアだが、頂くはずの収入を私のスペイン語の授業料と相殺してくれるというありがたい契約にしてくれた。その他、ブログもありがたいことに読者が増え始めたので、少しでも良い物を作ろうと力を入れ始めたし、帰国してからの生活を見据えて情報収集を始めた(田舎の英語学習に一石を投じるべく、英会話スクールを立ち上げることが当面の目標です)。

ウルグアイ人の友人もできて定期的にお茶をしたり観光をしたり、また夫の職場の人たちとの交流も増え、なかなか充実した日々を過ごせるようになってきたように思う。

考えてみると、1年前と環境はほとんど何も変わっていない(ウルグアイはコロナウィルス封じ込めにほぼ成功しており、他国に比べてほとんど影響を受けていない)。変わったのは私の心の持ちようだけ。心の向きを少し上に向けるだけで、こんなにも世界が広がるんだ、ということを実感しているし、今しんどい思いをしている駐妻さん達にもこれを伝えたいと思った。

あと1つ、大きく変わったことは夫婦仲だ。スキンシップもコミュニケーションも以前よりずっと増え、確実に仲が深まったように感じている。仕事を辞めたことで私の心に余裕ができたのか、私をこんな地球の裏側に連れてきてしまったという夫の後ろめたさなのか、原因はわからないが、異国で結婚4年目にして新婚のような日々を過ごしている。お互いに優しくなった。あのまま日本で2人それぞれバリバリ働きながら何も変わらない毎日を過ごしていたら、お互いにこんな愛情は味わえなかったと思う。あらためて、この人と結婚して良かったと実感している。

1年経ってやっと、「ああ、夫について来て良かったなあ」と思えるようになった。

今後の駐在生活をどう過ごすか

あと1年、せっかく自分だけのために使えるこの有り余る時間を、もったいないことのないように自分自身のスキルアップに活用したい思う。帰国してからのことはまだ未定で、どうなるかわからない。しかし、逆にどうなっても良いように、知識を深めておくこと、技術を上げておくこと、これをを怠らない毎日にしたいと思っている。

しかし、気ばかり張っていても疲れるし、割り切れた今でも時々泣きたくなる時もある。頑張ることとリラックスを自分の中に共存させ、「無理せず楽しく幸せに」。これが当面のモットーだ。

さ〜て、ただいま朝の10:00。とりあえずクッキーを焼こう。

Ichiko



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30代駐妻|英語通訳・講師などを経て南米で専業主婦|1人の時間が増えたことで「書くこと」に出会いました。帰国後は田舎の英語教育に一石を投じたい。そんな思いで日本の裏側で自己研鑽&執筆に励んでいます。海外生活を応援するブログ執筆中→https://chuzumadaily.com/