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霞が関の人になったワケ

アウトオブ霞が関をしてはや2ヶ月。
霞が関で無我夢中で働いていたことを少し遠く感じるようになってきました。
とはいえ、たまに前の職場に連絡したり、連絡が来るともあって、その時の夜中でもくるメールのレスポンスの速さに驚きとある種の狂気を感じます 笑
新しい職場でよく言われるのは、
「めちゃくちゃ書類作るの早いですね💦」
です。
私としては、霞が関の時に比べて、電話もかかってこないし、急な打ち合わせも入らないから、体感0.7位のスピードでやってるのに、あいよ!って電光石火でできているように見えるらしいです。
これは、きっと霞が関で知らず知らずのうちに鍛えられた匠のワザですね…

現場に戻ってきて、霞が関に行くまでにはわからなかった世の中の仕組み、みたいなものがなーんとなくわかるようになって来て、目の前で見えること以外の遠くにある社会の力動みたいなものがなーんとなく感じ取れるようになったので、前に現場にいた時よりも憤りを感じずに済んでいる気がします(単に歳を取って諦め方を学んだのかもしれませんが)。。

今まで2年ほど、中途採用で霞が関に入って感じた、不思議でオモシロイ&ブラックな日常を書き連ねてきましたが、そもそも、なんでそんな霞が関で働こうと思ったのか、書いたことなかったなーと思ったので、初心を思い出して、霞が関の世界に一歩踏み込んだワケについて書いてみたいと思います!

まず、霞が関という選択肢がなぜ出てきたのか。
私の場合、地方公務員をしていたので、
「国からの指示で〜」とか、
「国は何を考えてんねん、現場も知らん奴が机上の空論で…」
みたいな愚痴がしょっちゅう周りで飛び交ってました。組織の末端の末端にいた自分にとって、正直、霞が関はネガティブなイメージで、意味不明なことをことを指示してくる雲の上の謎の存在でした。
 一方で、変化を好まず、挑戦する人を否定的に捉える人が多いその時の職場の雰囲気も性に合わないな…とも感じていました。

 その後、色々あって仕事を辞め、大学院に行き、さあこれから研究者の道に進むために就活だ!という時に、もう1択として出てきたのが「霞が関」でした。 
 というのは、私の大学院の専門が実験などの基礎的な分野ではなく、社会に直結するような応用分野だったので、どうしても研究のネタを考える時に、社会情勢や政策に直結するようなネタの方が、研究費も取りやすいし、論文のインパクトもでかいんですよね…
 このまま、論文を頑張って書いていても、正直世の中を変えるほどのものは難しいし、まずもってネタが尽きる気がする…という思いもあり、

「一回、この謎の組織の霞が関の内側を見てみたい。一体なんで、こんな訳のわからない指示が落ちてきたりするのか、世の中どんなふうに動いているのか、世の中の課題はなんなのか、どんな人たちがどんなことを考えて働いているのか見てみたい。」

という好奇心が出てきて、研究者になるにしろ、どの道に今後進むにしろ、世の中の仕組みを知りたい、と思うようになりました。

担当教授に相談したり、周りの研究者の人たちに相談したり、すでに霞が関の人になっていた大学時代の先輩に聞いたり、仲良い人たちに相談したり、と散々悩みました。

色々とアドバイスをもらった中で印象に残っているのが、当然のようにみんなが心配するのは、
「霞が関の働き方は超絶ブラック」ということと、
「お給料が低くて、残業代が出ない」ということ。
逆にプラスとして言われたのは
「世の中の全てが集まってくるので、最新のことがわかる」
「人生経験としてアリでは?まだ若いうちにしかできない(入れない)」
でした。(正直、プラスの意見はあまりなかったです…)
 
そんな中、覚悟が決まったのは、すでに霞が関に入って働いていた先輩の
「給料は安いけど、自分も入省するときに言われたのは、普通だと声かけもできないようなすごい研究者とか有識者に、仕事として意見交換出来たりするし、変え難い経験ができるから、勉強代払っていると思ったらそうでもない、ということ。すごい財産はできないけど、普通に生活するくらいの給料はあるから。」
「まあ、でも働き方は全然想像つかないだろうし、人によって合う合わないはあるから、合わなかったらお互い不幸なので人事交流で来てみたら」
でした。
正直、「期間限定」ということで、ブラック問題への不安も給料問題の不安も心理的なハードルが下がって、
「やらない後悔よりやっての後悔の方がマシだろう!」と覚悟を決めました。

一方で、霞が関で働いてみようと思う、と周囲に話したときに、一番心に引っかかった言葉は、
「あんなブラックなところで搾取されて働くなんて、脳内お花畑ですね」
でした。

そうだよな…現実的な生活も顧みず、無計画な人生だよな…

としょんぼりしたし、入省してからも、ふと「生活を投げ打って、なにやってんだろ…」と思う場面の時に、頭を横切る言葉でした。

入省してからのお話は、今までブログに書いた通り、奇想天外のことが日々起こる刺激的な日常で、確かに色んな叡智を学んだり、色んな考えの人たちの攻防戦を調整するのは面白かったし、一緒に働く人もある意味「脳内お花畑」の一生懸命世の中のことを思って働く頭キレキレの人たちが多かったし、「ブラック&残業代でない」問題は想定通りだったけど、仕事中毒性のある職場だなと思います。

霞が関に入ろうと思った一番の動機である、世の中が動く仕組みを身近で体感でき、全く興味のなかった、教科でいくと「公民」「社会」の授業をそれを動かしている生身の人間を通して体感できて、本当に面白かったです。

もちろん、ブラックに働きすぎて難聴、耳鳴りが持病になってしまったし、男社会で長時間労働する人が偉い昭和思考の人がまだまだ存在して、パワハラされていた時は理不尽すぎてしんどかったし、ネガティブな面があることも確かです。

霞が関の入省者が減っている問題がニュースになっている昨今ですが、改めて私の時も周囲の人が心配したのは、「ブラック&給料が見合わない」問題。
給料問題は、今は河野さんがだいぶ頑張ってくれているので、残業代が出ないことはしょうがないことではなく、変なこと!ダメなこと!という認識が浸透してきた気がしますが、ブラック問題はまだまだいろんな要素があるので、乗り越えるべきハードルはたくさんある気がします。

でも、一歩踏み出した先の霞が関は、花畑ではなかったけど、生活を犠牲にしてもしょうがないか…と思ってしまうほどに、ごく一部のパーツだけど、とても大事なことを担ってやっているんだなと実感できるかけがえのない経験だったと思います。

霞が関で働くかどうか迷っている人の参考になると幸いです!


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