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観る将視点で「横歩取り勇気流/佐々木勇気」を読んだらめちゃくちゃ楽しかった話

はじめに

佐々木勇気七段著書の「横歩取り勇気流」、ガチガチのガチな戦術書ですけど将棋のことがあまり分からない観る将視点で読んでもめちゃくちゃ楽しかったという話です。ちなみに私は勇気先生と永瀬先生のファンなので永瀬先生の話も多いです。長い記事ですがお時間あるときにでも読んでいただければ幸いです。


待ちに待った出版!「横歩取り勇気流」を買うまで

私は佐々木勇気七段のファンなので勇気先生著書の「横歩取り勇気流」の出版を心待ちにしていた。

初めて本を出版すると聞いたのはいつだっただろうか……。ぱっと思い浮かぶのはツイッター東竜門のアカウントの勇気先生の担当のときに

「勇気流」の戦術書、書きます。
手加減しないで、プロ六段向けの
私に付いて来て下さいスタイルにしようと思っています。

と書いていたことだ。17年8月6日のことである。それからいろんな場所で執筆に関しての発言があった。ちなみに永瀬先生は17年10月12日の解説で勇気流の本は「5万であっても買いますね」と言っている。

18年3月30日の渡辺永瀬の棋王戦の解説で勇気先生は「永瀬さんとは最近会ってない」と言っていて、それは勇気先生と永瀬先生の話をまとめると「『本の執筆が忙しいから』と言って勇気先生は永瀬先生とのVSを断っていた。しかし本当は『本の執筆が忙しくて万全の状態ではない自分がVSしてタイトル戦を控えている永瀬先生に何か変な影響があったら嫌だから』という理由でVSを中断していた」と分かったときには心打たれたものだ。

18年11月25日の勇気先生と永瀬先生のダブル解説のときには「本はかなりいい感じにできていて、中身はお楽しみにしたいけど、まあ永瀬さんが出てくるかもしれない」と言っていて永瀬先生のファンでもある私はとても楽しみに思った。

しかしそこからなかなか出版されなかったのである。出版の話は消えたのか……?楽しみにしてたのに……。

時は経ち、20年4月24日、唐突に、本当に唐突に、浅川書房より出版の情報が出る。やった!出るんだ!?消えてなかったんだ!?

「研究や考え方を惜しみなく披露した一冊。
しかし勇気氏に本が書けるとは思わなかった。」──永瀬拓矢二冠
「一番たくさんVSをした相手で、不思議なくらい本音で話せる存在。
本書でも妥協なく永瀬VSについて書きました。」──佐々木勇気

もう楽しい。

楽しすぎる。期待が膨らみすぎる。ソッコーでポチッた。

そして20年5月20日、「横歩取り勇気流」が届いたのである!(浅川書房さん素早い対応ありがとう!)(本の発売日は5月21日だけど1日前に届いた)

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まえがきの感想

触れてなかったけど表紙がめちゃくちゃおしゃれですね。書影見たときも思ってたけど実物見て触ったらすごかった。本が届いてまず「は、箔押し……!」と思った。箔押しだし紙の質感すごいしめっちゃくちゃおしゃれでかっこいい。こだわりました感すごく出てる。

遊び紙というのかな?そのグレーの紙もかっこいい。

さて中身に入ろう。読む順番は決めていた。まえがき、そしてあとがきが最初だ。なぜなら中身のことは理解できないだろうから。……悲しいことに私には棋力がない。ウォーズ10切れ3級、3切れ4級、ぴよだと5級あたりでうろうろしてる程度の棋力である。ついでにいうと振り飛車党だ。

手加減しないで、プロ六段向けの
私に付いて来て下さいスタイルにしようと思っています。

こんなのついていけるはずがない。

ごめんな……ただのオタクが本買って……。しかしこの記事はそんな棋力低い私が読んでもめちゃくちゃ楽しかった!ということを伝えたい記事なのである。まずその楽しかったまえがき、あとがきの感想を書く。

まず1ページ目の真ん中に小さく書かれた「未来の将棋指しのために――」という文字のかっこよさに震える。

こんっなかっこいい始まり方ある!?これは映画か?名作映画か?ただものではない始まり方に震えた。この先何が待っているんだ……。

まえがき。執筆の話を読んでこの膨大な量をほんとに勇気先生が書いたんだなぁと思って感慨深くなる。

難しいなと感じる方は、映画のワンシーンを観るような気持ちで楽しんでください。

なんて素敵な言葉だ……。棋書だけど映画。勇気流は一味違うのである。


ユーモアたっぷりな自戦記!あとがきの感想

そして映画の本編を観ず、あとがきへ進む。エンドロール、というかこれは「あとがきに代えて」というもので藤井四段のデビューからの連勝を止めた佐々木藤井戦のことが書かれているので、むしろアナザーストーリーというべきだろうか。エンドロール後に短編が始まったという感じ。

これがもうめちゃくちゃ興味深くおもしろかった。今まで勇気先生はこの対局について多くを語ってこなかった。それがこんなに赤裸々に語られてるのである。おもしろい。おもしろすぎる。

読売新聞の仕事で藤井四段が29連勝を成し遂げた藤井増田戦の感想戦を間近で見ていて記者に足を踏まれ頭にカメラが乗っかり内心ひえーッと思ってた話、座敷童とか二日酔いのサラリーマンと言われてたのを知っていた話、事前偵察は藤井戦に限ったことではなく前からしてる話……。

人生で初めて職員と間違えられた話は声出して笑った。

文章がめちゃくちゃおもしろいので本当に、みなさん、ぜひ読んでいただきたい。

勉強時間の話であった、

「百時間なんて一週間研究すればいいだけじゃん」、そう言われてしまう世界なのだが

この言葉。勇気先生にこんなことを言うのは一人な気がしますね……。

対局の解説がまた最高におもしろい。個人的な話だけど、私が本格的に将棋ファンになったのはこの佐々木藤井戦を見てからで、その後、何度も棋譜を見たし(見てもたいして分からないのだが)、囲碁将棋チャンネルでやっていた勇気先生本人による佐々木藤井戦の自戦解説も何度も見た。思い入れのある対局なのだ。それが本当に詳しく解説されている。対局中の読みや気持ちも書かれている。感動する。

どこまでが研究範囲だったか。これは気になっていたから興味深く読んだ。対局当時から勇気先生は永瀬先生と藤井対策をして、序盤はその研究通りに進んだと報道されていたが具体的なことは分からなかった。11手目▲6八玉が研究手と言われていてそうなのだろうと思っていた。

しかし研究はもっと深くまで進んでいたのである。

知らなかった。驚いた。もっと先まで、もっと深くまで研究していたのか。そして永瀬先生の名前が出てくる。直前に指した永瀬七段とのVSの進行ではこういう変化になったと。当時の報道ではこの佐々木藤井戦が行われた7月2日の2日前、6月30日に佐々木永瀬でVSをしていたと報じられている。「直前に指した」とはこのときのことだろうか。本当に二人で研究してたんだなぁ。余談だけどこのときには藤井永瀬はVSを始めていたはずで、その辺のことも考えると不思議だなぁ、おもしろいなぁと思う。

中盤辺りから符号がたくさん出てきて怯むも図がたくさんあるからなんとか読める。頭の中で頑張って動かすのは大変なので先に図を見てから符号を見て「こう動いたんだな」と考えながら読む。これで割とスムーズにいけた。

そして対局後の話になる。そこも感動的だった。勇気先生はいつも棋譜の後ろにひと言書いているのだそう。この藤井四段戦の棋譜の後ろに書いた言葉は泣ける。ぜひ読んでもらいたい。

最後1ページも良くて、「あぁ、良いものを読んだ……」と充実感でいっぱいだったが、ちょっと待て。まだ本編を読んでいない。さあいくぞ。理解はできないだろうけど。なんとなくでいいから読むぞ。(ごめん……)


本編の感想 ―ある棋士の名前がめっちゃ出てくる―

プロローグは楽しく読んだ。文章がやっぱりめちゃくちゃおもしろいのだ。しかし第1章に入るといよいよ本格的な棋書になった。む、むずかしい……。これを理解しようと頑張ったら全部読み終わる前に心が折れる……と思った。未来の将棋指しのために一生懸命書いた勇気先生に申し訳なさはありつつもまず符号は飛ばしながら読むことにした。文章を楽しみたい(ごめん)。

楽しみ方は人それぞれだよね!うん!と自分に言い聞かせつつ開き直って将棋はほぼスルーで読む。読んでいるといろんな棋士の名前が出てきておもしろかった。棋譜を引用した棋士の名前であったりVSをした棋士の名前であったり。私は前にも書いたが永瀬先生のファンでもあるので、永瀬先生の名前が出るとうれしかった。この本を全てじっくり読むことはできないかもしれない。でもせっかくだし少しは理解したい。そうだ、永瀬先生の名前が出てるところに付箋を貼ろう。それでそこだけでも後でじっくり読もう。そう思った。

永瀬先生の名前が出る。付箋を貼る。少ししてまた永瀬先生の名前が出る。付箋を貼る。それからまた少しして永瀬先生の名前が出る。付箋を貼る。

……。

いや、すごい名前出るな?

プロローグから本編終了まで264ページ。その間に永瀬先生の名前が出たのは14回。見落としもあるかもしれないけど少なくとも14回は確実に出ている。

「永瀬六段とのVSで研究している」、「永瀬七段とのVSをご覧いただきたい」、「永瀬七段とのVSで似たような将棋を指したことがあり」……。

264分の14なので計算すると約19ページに1回名前が出てることになる。なかなかのペースですね。すごい。

追記(21年9月23日):訂正します。しっかり数えたら全286ページ中永瀬先生の名前が出たのは20回でした。約14ページに1回名前が出るという計算になります。実際は同じページに数回出てきたりしますが。そりゃ羽生先生も「佐々木勇気さんが書かれた横歩取りの本の中でも永瀬さんが主要人物かのように書かれていましたね。定跡書なのに永瀬さんの話がいっぱい出てくるという…(笑)」と言うし、永瀬先生も「我々の歴史書のようなところがあります」と言うわな(「【羽生善治×永瀬拓矢】将棋研究2.0 第71期王将リーグ特集」より)。

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おもしろかったところ紹介

勇気先生と永瀬先生のファンとして、永瀬先生の名前が出てきたところでおもしろかったところを2か所ほど紹介したい。

P58~P62 2016年12月にやったVSについて。感想戦のことが書かれていておもしろい。永瀬先生「▲6八金で受かりすぎている」勇気先生「(なるほど、いい手だ……)」。P62の最後の勇気先生と永瀬先生についての文章もとてもいいなと思う。

P264 永瀬先生が唯一勇気流を採用した話。これは日付に注目。17年9月とある。本に書かれてるわけではないけど実はこれ背景にちょっとおもしろいエピソードがあるので紹介したい。17年9月9日の新聞の観戦記で勇気先生が「勇気流を強い人が指してくれるので嬉しい」と喜びつつも記者の大川さんに「永瀬に何で指さないのか聞いてみてください」と言って大川さんが「(親しい間柄だけど自分では尋ねにくいのだろう)」と思って間に入って聞き、永瀬先生は「後手を持つと負けそうだし、先手を持っても自信がない」と苦笑したという話だ。この話をふまえると永瀬先生は勇気先生が永瀬先生に勇気流を指してもらいたいと思ってることを知っていて指したということになる。大川さんの前では断ったのに……。そう思うとちょっとおもしろい。本にある、

勇気流を採用してもらったのはこの一局だけ。

という淡々とした文章から、勇気先生の拗ねてる感じを想像してしまってさらにおもしろい。まあ単なる想像でしかないのだが。

以上ちょっとした紹介でした。


棋書でありながら恋愛小説?子育て日記?

そんなこんなで将棋のことは分からないなりに楽しみながら文章を読んでいく。おもしろいのは考え方が惜しみなく書かれていることだ。これはこうなって難しいからダメ、これはこうなって指し手が分かりやすいから有力、という風に書かれているのを読んでいくとなぜだかとても愛情を感じる。将棋世界17年3月号で勇気先生は勇気流について

大事に育てたい

と言っていた。試行錯誤しながら愛情を持って大事に育ててきたのを感じるのだ。新しいものを編み出すことは容易ではない。膨大な研究をして時には永瀬先生や他の棋士相手に試し、感想戦で意見を聞いて、また研究。ソフトにより新手が発見され、その新手があっと言う間に消えていくこの時代に、「横歩取り勇気流」は気の遠くなるような作業を繰り返して生まれたものなのだ。そう思うととても尊い。

浦野先生はツイッターで「横歩取り勇気流」について

変化によっては詰みまで解説しており、戦法書というより研究書という感じで、さらにいうなら恋愛小説のようにも感じた。

と書いている。棋書なのに恋愛小説。でもそれはとてもしっくりきた。愛が込められているのだ。個人としては「親の子育て日記」みたいな側面もあるのではないかとすら思う。


棋譜並べをしてみた

一巡目は上記の通り、将棋のことはすっとばして読んだ。そして二巡目、永瀬先生の付箋つけたところをじっくり読むぞ。しかしただ読むのはなかなか厳しい。そして思った。並べればいいんじゃないか……?と。

私は今まで棋譜並べをしたことがなかった。そもそも盤駒を持っていない。まず……机に盤を置くスペースがないんだな……。ちっちゃい将棋盤とか布盤とかいろいろ考えてみたけど結局「そもそもそんなに必要としていない」ということで買わずに終わった。しかし今回初めて「並べてみたい」と思ったのだ。棋譜並べにはぴよ将棋を使った。アプリを使ってではあるが、初めての棋譜並べである。やってみた結果、

め、めちゃくちゃ楽しい……。

指し手の意味や意図、指してるときの気持ちが書かれてて、それを想像しながら符号通りに駒を動かす。そうしたら不思議なことに気持ちが分かる感覚になった。ほんの少しだけシンクロしてる感。

感動の体験だった。なるほど、棋譜並べって並べるだけじゃん?と思ってたけど全然ちがう。得られるものがちがう。感じられるものがちがう。

付箋をつけた、永瀬先生とのVSのところを並べていった。VSは表に出ないものだ。誰々とVSしている、VS後にご飯に行っている、という話は聞いても、VSの内容、空気感まで感じられることはない。

それが棋譜並べをすると感じられるのである。

リアルに感じられるので驚いた。覗き見してるようなちょっとした申し訳なささえ感じた。しかしすっごく楽しかった。

棋譜並べ、オススメです。

まだ並べたのはほんの一部だけど、これからも本を読みながら棋譜並べをしていきたいと思う。勉強目的ではなく、シンクロしてる感目的で楽しみながら。


おわりに

長い文章を読んでくださってありがとうございました。好き勝手書きましたが「横歩取り勇気流」が将棋分からなくても楽しい、おもしろいということが少しは伝わったでしょうか。伝わってくれているとうれしいなと思います。最後に佐々木勇気七段の著書、「横歩取り勇気流」はいいぞ!と叫んで終わりにしたいと思います。



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