坂本龍一コラボレーションディスク論

 シンクロニシティはある。
 多数の人間の無意識が共有されている、というより、人間の意識の活動は、意識自身が考えているよりはるかに少なく、無意識がコントロールしている部分がはるかに多いのだろう。無意識の部分が、DNAによって決定づけられているところが多いだろうから、ある状態に対する反応が、世界の異なった地域でも、同様の反応をするということは充分考えられる。
 われわれは大部分、生物学的に決定づけられているのだから。
――坂本龍一『DECODE20』

 日本列島の最南端にある波照間島をコンセプトにつくられた『ディスアポイントメント・ハテルマ』にはじまり、"dedicated to the healing and restoration of our fragile oceans"とされた『Ocean Fire』にいたるまでのコラボレーション・ワークス――"海"にうかぶ音楽たち。無意識のながれをつたっていった……ひととひととの、あるいは鳥や象たちとの、偶然のであいの記録。

 わかき日に小泉文夫の民族音楽研究に傾倒していた坂本龍一は、世界じゅうどこの地域でもわらべうたの旋律はにていると、いまでもたびたび口にする。
 音楽はあちこちへながれていき、とおくはなれた土地どうしでにかよったものができあがることがある。

 コラボレーション・ワークス。
 意外なところで、意外なだれかと。
 わすれたころに、知らぬ間にあのひとのちかくへと。
 あるいは……


■土取利行『ディスアポイントメント・ハテルマ』Disappointment-Hateruma(一九七六年)

 たとえば狩猟人が、ある日はじめて海岸に迷いでて、ひろびろと青い海をみたとする。人間の意識が現実的反射の段階にあったとしたら、海が視角に反映したときある叫びを〈う〉なら〈う〉と発するはずだ。
――吉本隆明『言語にとって美とは何か』

 歌の発生を説いた『初期歌謡論』をはじめとした、言語や芸術のはじまりと展開をめぐる吉本隆明の論考――意識の古層をさぐるこころみに関心をもっていたひとりのわかものがいた。

 高校三年生でシェーンベルクによる一二音階の手法に限界をかんじてビートルズに可能性をみいだし、芸大時代には小泉文夫の影響から民族音楽のフィールドワーカーになろうとかんがえたこともあった坂本龍一は、芸術の原理や、基層となるものをもとめていた。

 髪を肩よりのばし、毎日おなじジーンズを履きつづけた元・全共闘青年の坂本は、間章とともに高橋悠治のもとを訪れ、始終ぼそぼそとつぶやき、ことばをもてあましていた。無意識の海でうずまく、ことばにならないことば、音にならない音が、たったいま音やことばになろうとしていた。

 陽がたかいうちはスタジオ・ミュージシャンやアレンジャーとして友部正人やりりィと仕事をし、あるいは大貫妙子とアントニオ・カルロス・ジョビンの『ウルブ』に正座しながら耳をかたむけていた坂本は、阿部薫や間章と真夜中の交感をふかめてもいた。
 一部の新左翼を中心に、反天皇制的な文脈から天皇制が根づく以前の文化や音楽をもとめて南島やアイヌへの関心がたかまっていた時代のことだ。
「学習団」で行動をともにしていた"反日"音楽家・竹田賢一プロデュースのもと、ミルフォード・グレイヴスらとのセッションでしられるパーカッショニストの土取利行と、南島・波照間島をモチーフに限定五〇〇枚で自主制作したのが、本作である。

「フォー・ビートの無茶苦茶速いのをやってる」(『ニューミュージック・マガジン』七八年一〇月号)と坂本が表現した山下洋輔的なフリー・ジャズとはまったくことなる、シリアス・ミュージックそだちならではのピアノと初期シンセサイザーを駆使した坂本の演奏をきくことができる(かれがピアノをプリペアドにして弾くことは『BTTB』――back to the basic――までほとんどない)。

 こののち土取は銅鐸の演奏をはじめ、弥生から縄文、先史時代――洞窟壁画の音楽にまでさかのぼっていった。
 二〇〇〇年代後半以降、坂本龍一もまた、歴史上もっとも興味がある時代は縄文だとかたり、ラスコー壁画をかいたひとたちと仕事をしてみたいと言うようになった。
 そして『芸術人類学』でジョルジュ・バタイユの洞窟壁画論をてがかりに芸術の発生をさぐる中沢新一とともに、『ソトコト』誌上で断続的にアース・ダイビングをこころみている。

 時代がすすむごとに、テクノロジーの発達とともに、かれらはよりふかく音楽の古層へともぐっていく。最先端の音響工学をもちいて洞窟壁画の音楽にせまる土取。『OUT OF NOISE』で人間のいない原初の氷の地球(スノーボール・アース)におもいをはせる坂本。

 坂本龍一による音楽の古層の探究の記録。
 それは『ディスアポイント・ハテルマ』からはじまった。


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