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「良い人」にあだ名をつけて

「良い人」は、いつから誉め言葉じゃなくなったんだろう。

知人から贈られた嬉しい一言を思い出すたび、その疑問がちかちかと点滅していた。

世にある誉め言葉の中で「良い人」は、比較的誰もがよく口にするものだと思う。

わたしだって誰かから優しくされてじーんときたら「良い人だなぁ」としみじみつぶやくし、ありがたいことに頂戴することもある。

様々な場面で使えて、気軽に誰にか贈れる、素敵な言葉だ。

だけどその使い勝手のよさゆえに、「良い人」はいつの間にか誉め言葉じゃなくなってしまったのかもしれない。

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「この間〇〇さんに告白されたんでしょ? 付き合うの?」
「ううん。断った。良い人なんだけど、ちょっとねぇ」
「△△さんってどんな人?」
「うーん、そうだな、まぁ、良い人だよ」

子どもの頃よりも他人の悪口を聞く回数が減ったような気がするのは、「オブラートに包む」ことを覚えたせいかもしれない。

小さい頃は自分の思ったことや感じたことを表現するすべが少なかった。殊に言葉という表現方法においては「バカ」とか「あほ」とか、そんな単純で可愛らしいものばかりだった。

だけどそんなストレートな言葉ばかり使っていたら人生はとても生きづらいから、表現の横幅は成長とともに広くなり、大人になったころには身長ほどになる。縦も横も同じ長さの綺麗な丸は、嫌な言葉や汚い言葉をくるりと包み隠してくれる。

隠して隠して隠して、たどり着いたのが「あげて落とす」とか「当たり障りをなくす」という上級テクニックだ。

「あげて落とす」は、「良い人」って言っておけば悪口じゃなくなるし、「良い人」って言っておけば角も立たないということ。

「当たり障りをなくす」は、褒めるところがないときにとりあえず「良い人」を使っておくこと。

それが褒め言葉でないことは火を見るよりも明らかで、誰もが知る暗黙の了解なのに。

汎用性が高いゆえに、本来とはそれた使い方もできてしまう。こんなふうに誉め言葉はいつの間にか隠し言葉になって、暗いところでわたしたちの生活を支えているのかもしれない。

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だけど「本当の良い人」って、いる。

もうそれ以外にぴったりくる表現方法が見つからないレベルで優しくて、気遣い屋で、一緒にいて楽しい人。

なんとなく使うのではなく、素敵な人だな、仲良くなりたいな、という気持ちをもって使いたくなるような人。

たとえば世間一般的にはそうでなくても、自分が「好きだ!」と思って、つい「良い人」という呼称を使いたくなってしまう人。

そういう人と出会うとつい「良い人ですね」と言いたくなってしまうけど、ぐっと喉の奥で止まる。

ただの誉め言葉ではなくなってしまったこの言葉を、彼/彼女に贈ってもいいのだろうか。何か傷つけてしまったりしないだろうか。

こんなときに「良い人」に代わる言葉があればいいのに。「良い人」にあだ名があればいいのに。

そう思って、ないなら作ることにした。

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以下、冗談みたいなラインナップになってしまいましたが、結構大真面目で考えて並べてみました。頭の中に思い浮かべたあの人に、ぴったりくるものはあるでしょうか。

「天使」
育った環境とかも大きく影響するのだろうけれど、人生の背景に幾つもの辛い思いとたくさんの努力が透けて見えるのに、良い人でいられるのは単純にすごいと思う。その敬意を込めたい。

「女神」
容姿の整った人に使われている印象の言葉だけど(そんなに使われてもないか)、精神の整った人に使ってもいいんじゃないだろうか。人間、何か奇跡的な良いことがあると「おぉ…神よ……」って言いたくなるものだし。いろんな人がいる世の中で、素敵な「良い人」と出会えたのって半分奇跡みたいなものだし。

「ゴッド」
神、と迷ったんだけど強そうなほうを選びました。「良い人」って良い人がゆえに嫌な目にあうことも多いのかもしれないなぁと思っていて、できるだけそういう出来事を遠ざけられる強そうで崇め奉りたくなるような名前がいいな。

「姉御/兄貴」
「良い人」ってみんな年上に見える問題。わたしだけかな。これもちょっと強そうでいいかなと思います。あとはひたすらに尊敬の念を込めたかった。

「教授」
こんな人が学生時代の先生だったらよかったのに、と思うような「良い人」がたくさんいるので。物事をよく知り、よく考えるから「良い人」たりえるのかもしれない。

「プロ」
もはや人生のプロと呼びたい。世渡りが上手とかではなく、「良い人」が馬鹿を見るような世の中は嫌だなと思うから。他人の悪口を言わない良い人がすべて素晴らしいとは思わないけど、自分が「良い人」だなと感じる人にはぜひ幸せになってほしい。

いろいろ列挙してみて自分の貧弱な語彙が悔しいけど、良い人が「良い人」だけで終わらず、その人たちがしているたくさんの努力が素敵な形で報われたらいいな。

そう思います。

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