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「泣ける」表現に会いたいだけ

 「泣ける」ってことは、私にとってすごく重要だったらしい。「泣ける話」「泣ける曲」、人によっては「安っぽい」とか思うのかもしれない、そういう類のものが大好物だった。ちょっと心に響く、とか、そういうのじゃダメ。文字通り「泣ける」ことに価値があった。ものすごく。なんとなく過去形使ってるけど、別に今だってたいして変わってない。

 日常の中で、私が泣く理由のほとんどは悔しさだった。そうじゃない泣き方がしたかった。内にこもるんじゃなくて、浄化したかった。もっと純粋に泣きたかった。
 学校行事で感極まって泣く友達を見て、うらやましかった。太宰治の「女生徒」読んで泣いてる母を見て、私も泣きたいって思った。

 お別れの日、みたいな時に、悲しくて、寂しくて、それから、ありがとうって気持ちで、なんか、色々混ざって、泣く。「そういう時に泣けて、ああよかった、私ちゃんとこういう時に泣ける、冷酷な人間じゃないんだって思える」って、そんなことを言っていた人がいた。私と似てるって思った。ちょっと違うような気もした。でもその人と、そういうこと、もっと話してみたかったな。

    同情ってやつで泣いたことはある。その後で、「かわいそう」なんてエゴじゃんかって思ってまた泣いた。あれは……あれも、悔し涙か。

 言葉のせいで悔しくなって泣いて、でも他の言葉で、そうじゃない気持ちで泣いて救われて、それが嬉しかった。共感、って言ったら安易なのはわかってるつもりだけど。身近な人からもらった言葉と、小説や音楽の、会ったこともない人が表現してくれた言葉。どっちも、私の一部で、すごく大事なもの。
 だから私も自分の言葉で誰かを泣かせたい、救いたいって思った。私の中では、泣かせる=救う、だった。これもおかしな話、かもしれないけど。
 ただの私自身の言葉じゃだめだった。やっとの思いでぷつぷつと本当に心から絞り出したような弱い言葉は小さすぎて相手に届かなかった。熱く力を込めて発した言葉はかえって表面的で、相手をすり抜けた。だから、本当に伝えたいことを表現するには、時間をかけて考え抜いて、私自身からなるべく離れて、キャラクターに託す必要があった。

 小説家になりたかった。長編小説の一つも書き上げられなかった。読もうと思ってくれた人のところにしか届かないんだよな、なんて思って、小説よりも、苦しい時にたまたま見るってことができそうなテレビドラマの脚本を書いてみることにした。台詞の方が書きやすかったから。結局音楽が一番ずるい、とかそんなことも思った。もっとたまたま出会いやすいし、他の何よりも、いつでもどこでも誰かのそばにいられるところが、凄い。うらやましい。ひねくれた人間だけど、こんな私の心の代弁みたいな言葉もそれなりにあった。それらを見ていたら、別に自分のオリジナルの言葉じゃなくてもいい、他人の言葉をこの声で表現して自分のものにすればいい、なんて思った。舞台上で感情をむき出しにする友達が輝いていた。泣き叫ぶ演技とかしてみたかった。血を吐くような。観ていて呼吸を忘れるような。心を揺さぶるような。そこまでやれなかった。

 私が私の言葉で、声で、ちゃんと感情込めて伝えたいこと伝えられて、誰かと一緒に泣いて、最後には泣き笑いして、って、そういうことできる人だったら、小説なんて、脚本なんて、書かなかっただろうな。芝居だってやろうと思わなかった、歌だって歌わなかった。
「泣かせる」ってことを目的に作ったものに価値がないことぐらい本当は気づいていたような気がする。ただ私が泣きたかった。泣くぐらい表現に没頭したかった。苦しくて、表現せずにはいられなかった? 苦しんで苦しんで言葉を紡ぐ、発する、そんな表現者にやたらと憧れていた? どっちが先だっけな。どっちも本当だとは思うけど。なりそこねたけど。

 私の中の「表現者」のハードル高いね、なんて言われたことがある。確かに、何か、それだけのことに「天才」みたいなイメージを勝手に読み込んでいるのかもしれない。表現することでやっと生きてる実感を得られる、みたいな。いや、それは普通のことだな。何も表現しない人なんていないだろ。生きてる時点でみんな表現者ってことでよくないか?

 ちゃんと「泣ける」人でいたい。その気持ちは確かにある。そういう時に、ちゃんと私だって思える。でも、泣けなきゃ私じゃなくなるわけじゃない。そんなこと、当たり前のはずなのに。私の「泣ける」への憧れ、執着は絶対消えないし、これから先もそういう作品に惹かれていくんだと思う。そういう作品を作るかどうかは、どうだろうな。どっちでもいいけど、そういうのじゃなきゃ私が作る意味ない、みたいなのはさすがにやめたいな。
    次は、共感されてたまるかよ、って感じの小説でも書いてみようかな。意味とか考えるまでもなく、伝えたいことなんて一つもなくて、ただ自由に書きなぐるような。考えすぎる私には一番難しいことだけど、やってみたら面白いかな。

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