身延山にはアニメファンも鉄道ファンもやってくる!
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「あの、もしよかったら手伝ってくれませんか?」
わたしたちに声をかけてきた、人のよさそうな顔をしたライダースーツのお兄さんは、ゆるキャンのなでしこちゃんのスタンディを両手で抱えていた。お兄さんの話によると、観光案内所内にメインキャラクターたちのスタンディが収納されていて、許可をもらえれば自分で外に出して撮影できるそうだ。
たかやまさんが「ぜひ」と柔らかな声で応じたのでわたしも協力し、5人分のスタンディを並べる。時折風が吹いてバタバタと倒れていくキャラクターたちを随時起こしつつ、観光協会のおばさまのアドバイスに従ってスタンディを車止めに寄りかからせたりしていると、やがてお兄さんの目的が達成された。
もちろん後片づけも手伝う。わたしが持ち前の人見知りを発動させていると、たかやまさんはライダーのお兄さんと話している。その会話によると彼は三重からバイクでやってきて、昨日は下部温泉(しもべおんせん)で一泊して、今日はこの後本栖湖(もとすこ)畔でキャンプをするらしい。
この人、アニメもバイクもキャンプも、とにかく好きなんだなあ、と思う。それほどまでに自分を突き動かすような趣味がわたしにあるだろうか、と考えてしまう。会話の最中なのにだんだん思考に意識がいっているわたしを、防災無線のスピーカーから突然流れ始めた大音量の放送が叩き起こした。みんな、自然と静かにしてしまう。
「下山(しもやま)地区で、火災が、発生、しました」
山々に反響するせいで、内容のわりにのどかに聞こえる放送によって話が途切れた。
「では、またどこかで」
放送が終わるとお兄さんはそう言って、バイクに跨り去っていった。たかやまさんといっしょに手を振って別れる。
わたしたちは三門はくぐらずに、西谷(にしだに)と呼ばれる久遠寺に向かって西側の川沿いの坂道を上る。
これがまた傾斜のきつい坂である。しかしたかやまさんの一歩一歩は軽い。厚底のマニッシュシューズはこんなところを歩くための靴ではない気がするが、苦にしていない。
身延に着いてから吹き続けている風が一段と強くなってきたので、わたしはマフラーを巻く。たかやまさんはコートのファスナーを首まで上げた。
駐車場に着く。その奥に斜行エレベーターがある。
これに乗りたかったのだ。今までは境内東側の駐車場に車を停めていたので、こちら側には来たことがなかった。
「さーさちゃんは、レールの上を走ってるのは全部乗りたい?」
たかやまさんがわたしという存在の根幹に関わる質問をしてきた。少し時間をかけ、言葉を選んで慎重に答える。
ささづかまとめ
「横か斜め方向に動いてる箱はぜんぶ乗りたいです」
たかやまさん
「だいぶ広い」
急斜面に設置された線路の上をゆっくりと動いているブロンズ色の搬器を見つめて、たかやまさんは言った。
斜行エレベーターは自由に利用できるが、のりばに賽銭箱が置かれていて維持費を募っている。大人1人100円と勝手に決めさせてもらい200円を納める。普通のエレベーターと同じようにボタンを押すと、小さめのロープウェイのような搬器がするすると下りてきて、ドアが開く。
エレベーターと呼ぶにはいささか立派すぎる気がするが、これは東京の飛鳥山公園にあるアスカルゴと同じ「スロープカー」と呼ばれるのりもので、実は本来の斜行エレベーターとは似て非なるものだ。1本のレールの上を自走する仕組みなので、分類するなら跨座式モノレールということになるだろう。
ドアを閉めるとゆるやかに動き出す。車両の床下に歯車があり、それがレールの横についている歯軌条に組み合わさりながら登っていく。
向こう側の山(山としての身延山)の斜面にはワイヤーが張られていて、そこに白い搬器がぶら下がっている。身延山ロープウェイだ。あれもあとで乗ろう。
駐車場が杉木立に遮られながら眼下に遠ざかっていき、スロープカーは境内側ののりばに着いた。
たかやまさん
「どうだった?」
ささづかまとめ
「うーんと、そうですね、『乗れたよー!』って感じですかね?」
あまりにも感想がないなと思いつつも、本心を言うと、
「ふふ、そっか。ならよかった」
たかやまさんはそう言ってにっこりした。
見慣れた境内を歩き、受付のある報恩閣に入る。直接本堂に入ることもできるが、ここから入れば大きな下足入れもあるし、お茶やお水のサービス、トイレや休憩スペースもあって落ち着いて過ごせる。
コートを脱いでゆっくりと建物の中を巡ってみる。廊下を歩いていると、お上人様とすれ違う。立ち止まって頭を下げて「こんにちは」とあいさつしてくださるので、それに合わせてあいさつする。いちいち緊張するわたしの横で、たかやまさんはしとやかにあいさつしている。なんだか余裕だ。
ささづかまとめ
「どうしてそんな素敵にあいさつできるんですか?」
たかやまさん
「素敵だった? 私、あんまりなにも考えてない」
ささづかまとめ
「そんなことないですよね?」
たかやまさん
「さーさちゃんはいろいろ考えてるから緊張するんじゃないかな。別に悪いことじゃないと思うけど」
たかやまさんはそう言ってやわらかく笑う。たぶんたかやまさんにとってライダーのお兄さんと話すとか、お上人様にあいさつするとか、こうやって笑顔を見せるとか、そういうのはいちいち考えなくても反射的に、すんなりとできることなのだろう。わたしはどうしても「今ここでとるべき最良の態度は」みたいなのを考えてしまう。考えたところでできないのに。
ガラス戸越しにお庭を眺めたり、ひんやりとした踏み心地の渡り廊下を歩いたりして、日蓮聖人の像が安置されている祖師堂、そして金色に輝く本堂へと進む。お賽銭を納めて、畳の上に正座してたたずんでみる。
となりに座ったたかやまさんが、口をぽかんと開けて天井を見上げて言った。
「おー、ドラゴンすごい」
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