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ほんとはうそなんだろうけれど、ほんとってことにしておくね。

そろそろ食事の準備を始めようか。よし、10カウントしたら始めよう。10、9、と数えたところで玄関の鍵を開ける音がする。数え終わってソファから立ち上がったところでちょうどたかやまさんが姿を見せた。

たかやまさん
「今日はおみやげがあるよ!」

私の部屋に上がるなりそう言った。妙にテンションが高い気がする。こういうときは、空元気なときだ。なにか嫌なことがあって、帰宅途中に買い物でもしてきたんだろうか。

たかやまさん
「さーさちゃん、珍しい飲み物買ってきたから飲も」

たかやまさんがサミットのビニール袋をごそごそする。

ささづかまとめ
「飲み物? …ん? なんですかこれ?」

ビニール袋から出てきたのはロング缶が2本。フルーツが描かれていて、見慣れないデザインである。

たかやまさん
リトアニア産のノンアルビアカクテル」

ささづかまとめ
「へええ」

たかやまさんは珍しいもの好きではある。しかしビアカクテル? しかもノンアル? そういうの買ってきたことあったっけ。お菓子はときどき変なの買ってくるけど。

たかやまさん
「で、どっち飲む? ラズベリーとピーチ」

たかやまさんがテーブルに2本並べて写真を撮る。半々にすればいいじゃないかと思う人もいるだろうが、たかやまさんの嗜好的にそれはできない。

ささづかまとめ
「うーんと、ラズベリーにします」

たかやまさん
「うん。それじゃ乾杯」

たかやまさんは立ったまま、缶の蓋を覆うアルミ箔を外してプルタブを開けて、直接口をつけて飲み始めた。食べ物もパックとか袋から直接取り出して食べるのが好きらしくて、これは平常運転。わたしはグラスに注ぐ。すごくちゃんと色がついているな、と思うと同時に安っぽい甘い香りが立ち昇ってくる。

ささづかまとめ
「いただきます。あ、おいしい。けど…」

たかやまさん
「ぬるいよね」

ささづかまとめ
「ふふっ、ですね」

情報量に気を取られたのか、全然温度を気にしていなかった。たかやまさんはぐいぐい飲んでいる。さわやかな甘さで飲みやすいが、ちゃんと背後にビールが控えている。ジュースという感じではない。意外といける。

たかやまさん
「サミットの売り場のポップにアルコールが0.5%入っているので酔わないでねって書いてあった」

ささづかまとめ
「あれ? ノンアルじゃないんですか?」

たかやまさん
「リトアニア人にとっては誤差なのかもしれない。で、おみやげもうひとつあるんだけど、小さいお皿ある? お醤油いれるくらいの」

ささづかまとめ
「これとかでいいですか?」

たかやまさん
「うん、大丈夫」

たかやまさんはロングスカートのポケットから、小さく包装されたなにかを取り出して、わたしに見えないように中身をお皿に移す。こっちが本題か? と少し身構える。

たかやまさん
「さあ、食べてもらおうか」

ささづかまとめ
「怖ぁ。なんですかこれ。クッキー?」

500円玉より少し大きいくらいの円形をしたクッキー、のようなもの。それが4つ。匂いはしない。

たかやまさん
「主原料は小麦粉で、製法は練って固めて焼いたもの」

ささづかまとめ
クッキーですよね。この葉っぱが気になる…」

生地もいろいろ混ぜてありそうな見た目である。

たかやまさん
レジ横で売ってたから買ってきた」

ささづかまとめ
「レジ横にこんな得体の知れないもの置きます?」

どこのレジ横だろう。絶対サミットでもコンビニでもない。

たかやまさん
「まあ、食べてみて」

ささづかまとめ
「いただきます。………、………」

一瞬甘い気がしたが、それは勘違いで、塩味に振られたかと思うと、咀嚼するたびに少しずつ甘さが戻ってくる。食感はサクサクではなく、モソモソしていて、口の中の水分を奪っていく。反射的に手元のビアカクテルを口に含むと、たかやまさんが顔を綻ばせた。

たかやまさん
「そうそう! そのクッキー『ビールに合います』って書いてあった」

ささづかまとめ
「なんなんですかこれ、このしょっぱいカロリーメイトみたいな…」

嚥下しようとした瞬間に口の中に違和感を感じて、黙る。やわらかい糸のようなものが口に残っている。舌先でそれを選別し指で取り出す。緑色をしている。

ささづかまとめ
「葉っぱの繊維がすごいです」

クッキーのトップについていた葉っぱの一部分が繊維質すぎて口の中に残ったのだった。

たかやまさん
「んーん、ほれはまあ、うん、ほんなおいひいもおれはないね」

たかやまさんもひとつ食べて咀嚼しながらビアカクテルで無理やり流し込んでいる。

ささづかまとめ
「そうですね…。でもなんかこれ知ってる味なんですけどね」

たかやまさん
「うん。ずばりマキシマム

ささづかまとめ
「あっ、そうそう、マキシマム! これマキシマムのクッキー?」

たかやまさん
「ちがう」

たかやまさんはそう言って、残りふたつのクッキーをまとめて口に放り込んだ。

ささづかまとめ
「あ」

たかやまさん
「あえ? はべははっは?」

ささづかまとめ
「いえ、食べたくはないですけど、何味か知りたかったなって」

たかやまさん
「くひうふひ?」

ささづかまとめ
「え?」

たかやまさん
「くひうふひ、ふゆ?」

ささづかまとめ
「なんて?」

たかやまさんが真剣な表情で顔を近づけてくる。唇をモゴモゴし始めた瞬間に察した。って、するわけないでしょ!?

ささづかまとめ
「しないしない、しないです」

たかやまさん
「ふふふ〜」

たかやまさんはいたずらっぽく笑いながら下がって、ビアカクテルを飲み干した。


たかやまさん
「はーあ、たのしかった」

たかやまさんが自室で部屋着に着替えてきて、ソファに沈んだ。

ささづかまとめ
「今日、なにかあったんですか?」

たかやまさん
「ん、別になにもない。なんか変だった?」

ささづかまとめ
「変、じゃないんですけど。テンション高いなーとは思いました」

たかやまさん
「……そっか。それで、さっき食べた媚薬入りクッキー効いてきた?」

ささづかまとめ
「へ? えっ、そうなん、ですか?」

心臓がばくっとする。手に持ったじゃがいもとピーラーをシンクに落としそうになる。

たかやまさん
「うーそー」

たかやまさんはテレビの電源を入れながら言った。

ささづかまとめ
「いや、さすがに、信じないですけど。あーあびっくりした」

わたしの驚いた顔を見てたかやまさんは無邪気に笑った。そんな無垢な顔して言う冗談じゃない。底が知れない人だ、と思う。


後日付記

ささづかまとめ
「で、この前食べたあれって結局なんのクッキーだったんですか?」

たかやまさん
「ああ、あれはパクチーのクッキー」

ささづかまとめ
「パクチー! あの葉っぱパクチーだったんですね! 言われてみれば納得かも」

たかやまさん
「生地にはパクチーといろんなスパイスが練りこんであるんだって」

ささづかまとめ
「だからマキシマムの味がしたのかあ…」