『アンチソーシャルメディア Facebookはいかにして「人をつなぐ」メディアから「分断する」メディアになったか』感想

珍しく読書感想です。『アンチソーシャルメディア Facebookはいかにして「人をつなぐ」メディアから「分断する」メディアになったか』(シヴァ・ヴァイディアナサン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2020年9月25日)を読みました。私には非常に参考になった良書だったのですが、一般的にはあまり売れなかったようです。

その理由はよくわかります。なぜならこの本にはさまざまなデータが詰め込まれているのですが、理解を助ける解説がほとんどありません。たとえば当たり前のように「ツイッター革命」、「アラブの春」、「TED」といった言葉が使われており、それらの意味するところがわからないと前に進めません。
また、これまた当たり前のように「すばらしき新世界」、「ハンナ・アーレント」が出て来たりしており、こうした分野について一定以上の素養があることを前提としている気がします。どっちかというと専門書に近い感じの内容です。ただ、専門書としてはくだけた書き方なので読みやすいです。その代わりにいろいろはしょっています。だからその中間くらいの本なんですかね。

●豊富かつめったに書かれない事例
私のようにフェイクニュースやネット世論操作に関心ある者にとってはとても示唆に富んだ視点の提示と、類書では見かけない事例の紹介があってとても参考になりました。たとえば私が「フェイスブックの悪魔」と呼んでいるFree Basicsというサービスを各国の事例つきでくわしく紹介している本は初めて見ました。その他には他ではあまり紹介されていないフェイスブックが巻き起こした問題や事件の事例紹介があります。

個人的に参考になったのは、さきほどのFree Basics以外には、オーストラリアでのリベンジポルノ対策実験、ハフィントンポストからバズフィードやブライバートにいたる流れ、ツイッター革命の裏事情、ケンブリッジ・アナリティカの効果検証、2014年から始まったフェイスブックの有権者ターゲット広告、フェイスブックによるインドのモディやフィリピンのドゥテルテやカンボジアのフンセンのサポートなどなどたくさんあります。膨大な出典も付されているのでとても助かります。

●ユニークかつ辛辣な視点
本書は全編が「フェイスブックの思い上がった善意」を暴くために費やされています。かなり網羅的です。フェイスブックは生活、経済、政治、監視などさまざまな面で我々にかかわっており、本書はそれぞれでフェイスブックが行っていることを解き明かしてゆきます。随所でフェイスブックがいかに巨大であり、莫大なデータを握っているかが示されています。

本書独自の視点での分析がなされており、とてもおもしろく参考になります。たとえば、企業が温暖化に配慮したり、社会貢献したりすることを重んじる風潮があります。しかし、それはイメージアップや株価対策になったとしても、根本的な解決にはなりえないと本書は指摘します。たとえば国家が厳しい規制をしなくても、企業が環境の配慮するようになり、消費者がそこを評価してその企業の製品を買えばよいればいいという考え方があります。しかし、そのためには消費者は常にどの企業のどの製品がどのように作られて配送されているかを知る必要があり、環境に配慮した分のコストアップを負担しなければなりません。企業もコストアップおよび消費者への告知のコストを追うことになり、企業競争上不利な立場に立たされます。そのつけは従業員の待遇や投資家へのリターンに影響します。

本書では、「企業に世界を救うという重荷を負わせることは、企業がその重荷を投資家、従業員、消費者に転嫁することを意味する」と語っています。

同じことはビッグテックへの規制についても言えます。そのため本書では政府の規制なしにフェイスブックに対処することは不可能に近いこととされています。

また、ネット時代のメディアとも言えるバズフィードなどがフェイスブックを始めとするSNSの話題に注目しており、そこから記事を拾い、さらにそこから既存メディアに広がる過程=プロパガンダ・パイプライン(フェイクニュース・パイプライン)なども紹介しており、SNSで見た書き込みを元にこたつ記事を書く最近日本でよく見るパターンにも言及しています。

本書でフェイスブック(および5大ビッグテック)の目標は生活のOSになることだと指摘しています。人間の感情も含めた「生」の全ての根幹になることを目指しているのです。

あと、すごく辛辣な書き方をしています。

●感想
著者の考えていることにすべて同意できるわけではありませんが、かなり参考になりました。

ただし、いくつか気になった点はあります。ひとつは技術が中立と考えているようだということ。フェイスブックを支える技術は巨大なサプライチェーンによって支えられていて、それゆえそのサプライチェーンの持つ利害構造とは無縁ではありません。この点において、フェイスブックを支える技術は最初から偏っていたと考えられます。

もうひとつは、提示されている対策がいまひとつ納得できない感じがする点です。まあ、対策は難しいんですけどね。


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