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米国務省GECの中国影響工作報告書は網羅的だが、「アメリカの古い地図」だった

アメリカ国務省グローバル・エンゲージメント・センター(GEC)が2023年9月28日に公開した「HOW THE PEOPLE’S REPUBLIC OF CHINA SEEKS TO RESHAPE THE GLOBAL INFORMATION ENVIRONMENT」(https://www.state.gov/gec-special-report-how-the-peoples-republic-of-china-seeks-to-reshape-the-global-information-environment/)は中国の影響工作について網羅的な分析を行った報告書だった。
豊富な事例があるので中国がの影響工作の実態を知るにはとても参考になる。ただし、その分析や提言においては「アメリカの古い地図」(アメリカ中心の昔の世界観)に沿っているためじゃっかん?がある。


●内容

冒頭にも書いたが、本レポートはかなり網羅的であり、中国の影響工作に関心のある方には参考になると思う。かなりの部分は、以前ご紹介した下記と重複する。

昨年に比べ体系的整理の進んだ大西洋評議会の中国言論戦略分析レポート(https://note.com/ichi_twnovel/n/n261282ba7ce9)

『中国の情報戦略: 世界化する監視社会体制』は網羅的な中国の影響工作解説書(https://note.com/ichi_twnovel/n/n1f555b2482bd)

中国は影響工作に毎年数十億ドル(数千億円)を費やしているとして、5つの要因に分けて整理している。

1.プロパガンダと検閲(Leveraging Propaganda and Censorship)

・国営メディアの強化。CGTN、China Daily、CRI, 新華社(Xinhua)、China News Service (CNS)
・海外メディアの買収。オーストラリアのGlobal CAMG、タイのラジオ局、タイのニュースサイトSanookなど。
・海外インフルエンサーの活用。2021年100人のインフルエンサーが数十カ国で中国のプロパガンダに協力している。
・海外メディアへのコンテンツ提供契約。中国国営メディアは海外メディアとコンテンツ提供契約を交わしている。CGTNは1,700機関に提供している。
・中国外交官の関与強化。大使館員などが積極的に中国発信の情報の拡散に努めている。
・パートナーシップによる拡散。中国ジャーナリスト協会(ACJA)は「一帯一路ジャーナリストフォーラム」などによって世界的に中国のコンテンツを共有する仕組みを構築。
・海外の政治エリートや著名人の取り込み
・情報発信プラットフォームの利用(アフリカのStarTimesなど)
・中国にとって都合の悪い発言の抑圧、検閲。中国企業を使いグローバルな検閲体制を確立。
ボット、トロールなどを用い、親中国的な発言を広げ、批判的な発言を抑圧している。オンラインの嫌がらせだけでなく、リアルでも中国国内法の域外適用をちらつかせて脅迫を行っている。
また、批判的な記事や発言に外交的圧力をかけることもある。

2.デジタル権威主義の推進(Promoting Digital 13 Authoritarianism)

アフリカ、アジア、ラテンアメリカを中心にデジタル権威主義を広げる。監視技術およびそれらを統合したスマートシティあるいはセーフシティはそのツールである。これらを介して特定の個人を監視、追跡し、検閲を行い、抑制する。そして、そうしたデータは中国に送られる。
監視技術やスマートシティを導入することが、きっかけとなって権威主義化が進む。監視と情報統制が容易になり、中国の主張するサイバー主権に基づく管理をしやすくなる。
中国企業や欧米の大学など海外パートナーのデータセットへのアクセスやネットワークへ参加し、莫大なデータを活用できるようになっている。SNSのデータをスクレイピングして、研究者やジャーナリストのデータベースを作成し、監視を行っている。

3.国際組織と二国間関係の活用(Exploiting International 18 Organizations and Bilateral Relationships)

国際組織の利用では台湾をターゲットにしたものが目立つ。国際電気通信連合(ITU)で、「台湾」を中国の帰属に遡及的に変更した。国連欧州経済委員会(UNECE)のUN/LOCODE(国際貿易の位置特定コード)で台湾のサプライチェーンの承認者を中国にしようとして失敗した。
また、各種国際機関を通じて標準化の主導権を取ろうとし、サイバー主権の考え方を広げようとしている。
二国間の首脳会談などを通じて中国のシナリオを拡散しようとしている。

4.協業と圧力(Pairing Cooptation 24 and Pressure)

政治エリートや著名人に中国のナラティブを支持、拡散する見返りとして企業の役員や学術機関の役職や報酬を与えている。外国のジャーナリストに対しては検収を実施している。
サブナショナルをターゲットとした活動も活発で、EU5大加盟国内で146とパートナーシップを結んでいる。発展途上国を中心に160以上の国の600以上の政党や組織と関係を持っている。
批判者に対してはビザの拒否など中国へのアクセスを禁止したり、警告を行ったりしている。海外のディアスポラへの監視も年々強化されている。

5.中国語メディアの統制

統一戦線工作部(UFWD)は巨大な海外の中国語メディア組織を指揮している。多くのメディアは中国国営メディアの報道を増幅している。2001年に設立された外務省傘下のGlobal Chinese Language Media Forum (GCLMF) は中国語メディアの国際的な連携を進めるフォーラムで、2001年は30カ国、130メディアから150人が参加、2019年には64カ国、430メディアから460人が参加した。2009年にはGlobal Chinese Media Cooperation Union (GCMCU)を作った。
ディアスポラがよく利用するWeChatを利用した偽情報キャンペーンや検閲も行われている。

中国は中国語メディアに対する経済的影響力を利用して圧力をかけたり、WeChatやWeiXinを監視や嫌がらせに利用している。

・スペシャル・トピック

友好的なナラティブの拡散方法、国有企業が中国政府の要請に応える方法、統一戦線工作部(UFWD)による国境を越えた弾圧の仕組みの3つを取り上げている。

●感想

網羅的で参考になるのは確かなので中国の影響工作に関心を持つ方には役立つと思う。
個人的に注目したのはスマートシティを取り上げたことだ。以前から国内向けの影響工作の重要さを紹介しており、国内向けの技術は海外向けに利用できると言ってきた。スマートシティはまさにそれがシステムとしてパッケージ化されたものだ。というのは5年前から言っている。やっと似たような認識が広まってきたことをうれしく思う反面、すでに中国はその先を進んでいるという気持ちもある。
アメリカは5年以上は遅れを取っている。アメリカを手本とする日本はさらに遅れている。

その意味では、今回のレポートは直近のアメリカの「古い地図」が確認できるものだった。

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