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『中国の情報戦略: 世界化する監視社会体制』は網羅的な中国の影響工作解説書

『中国の情報戦略: 世界化する監視社会体制』(ジョシュア・カーランツィック、前田俊一、東洋経済新報社)を読んだ。中国の影響工作についての網羅的な解説書になっていて、とても参考になった。いくつか気になる点もあったが、まずは内容をざっと紹介したい。

●本書の内容

中国が世界に展開する影響工作(本書ではソフトパワーとシャープパワーに分けて論じている)について豊富な事例と歴史的経緯を追って紹介している。冒頭で歴史、動機、機会、方策、成功と失敗、効果の6つにフォーカスしていると述べ、最後に対策を提示している。

対象範囲は香港、ニュージーランド、台湾、ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム、東ティモール民主共和国、アフリカ、ヨーロッパ、ロシア、ラテンアメリカ、北アメリカと書いてある。本書では「調査対象国」と書かれているが、あくまで資料調査であって本書のために新しく調査は行われていない。

動機など中国の狙いについては、習近平に焦点をあてている。事実上の独裁者なので、そうなるのも当然と言える。組織では中国共産党中央統一戦線工作部(UFWD)、新華社通信およびネット関連(ファーウェイ、Tik Tok、WeChatなど)、孔子学院を掘り下げている箇所が多い(影響力を考えればこれも当然)。
逆にCGTNなど他のメディアは必ずしも効果をあげていないことも指摘されている。

方策については、ターゲット国のメディアを利用して影響力を拡大するための「ボート乗っかり」「ボート乗っ取り」戦略など、具体例をあげて、その手口や効果などを整理している。「ボート乗っかり」は提携であり、安価あるいは無償でコンテンツを提供したり、折り込みや誌面に記事を出稿したりしている。乗っ取りは文字通り買収であり、出自はわからない形でメディアを買収し、支配下におく。
デジタルでは情報パイプをおさえるため、物理的なケーブルを敷設したり、ネットワーク網の機器を提供するなどしたり、中国製アプリを広く世界に普及させたりしている。選挙への干渉、偽情報拡散などについても取り上げている。

中国とロシアの関係については連携が進んでいるとして、掘り下げている箇所もある。

また、原書は2022年に刊行されたものであり、ウクライナ侵攻についても取り上げている。本書はボリュームもあり、網羅的、辞書的になっており、必要な時に事例や中国の動きを参照するにはとても重宝しそうだし、通して読んでも中国の影響工作の変遷やそれを取り巻くアメリカなどの対応の変化がわかって参考になる。巻末に索引があるのも助かる。中国や影響工作に関心のある方にはおすすめできる。
特に以前ご紹介した『中国の大プロパガンダ ――各国に親中派がはびこる〝仕組み〟とは?』(何清漣、扶桑社新書、2022年3月2日)と合わせて読むとよさそうだ。

●気になった点

本書は網羅性のある良書なのだが、いくつか気になる手もあった。

・体系的な整理が不足

網羅的で事例は豊富なのだが、個別の事象の分析に留まり、体系的な整理にはなっていない。たとえば偽情報を含めたデジタル影響工作は情報エコシステムの問題としてとらえないと個々の要素の関連が見えにくい。本書では情報エコシステムには全く触れられていない。
情報エコシステムとはQAnonや陰謀論者が発信した反ワクチン陰謀論を中露が拡散し、陰謀論者へのアクセスが増加し、グーグルなどアドテックが広告費用を支払い、それを元に陰謀論者はリクルーティングと武装化を行うといった一連の流れなど、一見独立したように見える事象の関わりを体系的に理解するモデルである。

・情報ネットワークの輸出や監視についてはじゃっかん情報不足

中国の影響工作の一環として情報ネットワークをインフラから掌握することが紹介されており、監視システムについても触れていた。しかし、残念ながら他の箇所に比べると掘り下げがあまりなく、ロシアと中国がともに早い時期からシステムを輸出してきた事実などは紹介されていない。近年ではスマートシティとして中国は展開している。監視システムを語る際にはこれは結構重要なのでもったいない。

・参照しているのが、一次情報でない箇所が少なからずある

大量の資料が出典としてあげられていて、大変助かるのだが、二次情報であることも少なくない。シンクタンクなどが出したレポートを紹介する記事を参照して、そのレポートの内容を紹介している箇所があった。元のレポートはそれなりにボリュームがあることも多く、そこからわずかな特定箇所を紹介している記事は多分に記事執筆者の主観に影響されたものになりがちで、伝言ゲームになる可能性もある。

・正しくない記述がある

たとえば、2012年、国際電気通信連合(ITU)において中露が主張するサイバー主権的なものを決議しようとしたが採択されなかったと書かれている。おそらくこれは、国際電気通信規則(ITR)改定のことを指しているのだと思う。本書の中では具体的な内容がなかったで違うかもしれないが、ITUの2012年といえばITR改定がすぐに頭に浮かぶくらい有名なのでおそらくそうだと思う。この箇所は2つの点で正確ではない。ひとつはこの案は決議され、可決された。しかし、この案に反対した民主主義国の多くは批准を拒否した。ふたつ目は中露は確かにこの案に賛成したが、中東やアフリカなど多数の国がこの案を支持していたため、中露を中心に語るのは正しくないだろう。この経緯に関しては、詳しい資料が日本語でもあるので関心ある方は参照していただきたい(https://www.soumu.go.jp/menu_seisaku/ictseisaku/cyberspace_rule/wcit-12.html)。この箇所はやはり二次情報を出典としていたので、そのせいかもしれない。
似たような箇所は他にもいくつかあった。

気になる箇所はあるものの、全体としては網羅的で参考になることは確かなのでおすすめした。

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