ファクトチェックは誰のため? 政府とSNSプラットフォームのためだ。 「The Fact-Check Industry」、「How ‘fact-checking’ can be used as censorship」

以前からファクトチェックには疑問があってもやもやしていたファクトチェック大手Snopesの剽窃事件(「アクセス稼ぎで盗用」ファクトチェックの老舗が踏み込んだ闇、平和博、https://kaztaira.wordpress.com/2021/08/16/fact-cheking_site_ceo_wrote_plagiarized_articles_for_traffic/で、もやもやの正体がはっきりしてきた。今回は、「The Fact-Check Industry」(Colombia journalism Review、2019年秋、https://www.cjr.org/special_report/fact-check-industry-twitter.php)「How ‘fact-checking’ can be used as censorship」(Financial Times、2021年2月18日、https://www.ft.com/content/69e43380-dd6d-4240-b5e1-47fc1f2f0bdc)をもとに、あまり表に出ることのないファクトチェックの裏側の話を紹介したい。

このふたつの記事が指摘しているのは下記である。

1.ファクトチェックは「事実」以外の意見なども対象に行われることがあり、それは望ましいものではない。
2.ファクトチェックのために過度な情報の記録と開示を求めるのは言論の自由を侵しかねない。
3.現在、ファクトチェックは政府とSNS企業が注目しており、資金を注ぎ込んでいる。そのため、「政府やテクノロジープラットフォームの関心が、この分野を誤報に焦点を当てるように後押ししていることは否定できない。社会的使命と手法の両方について多くの疑問がある」といった指摘も出てくる。

3番目は特に重要である。なぜなら資本主義社会においては、資金が潤沢なところに人が集まる。そうでないところには人は来ない。なぜなら食べていけないからだ。その結果、政府や企業が資金援助する科学や文化の分野は発展し、そうでない分野は衰退することになる。結果として政府や企業の目的に沿った活動を行う科学者や文化人しか残らない。
同じことがファクトチェック業界でも起こっている可能性がある。その端的な例がSnopesだ。フェイスブックとの方針の違いによって同社のプロジェクトから抜けた結果、金に困ってあこぎなアクセス稼ぎに手を染めた。もしかしたらこのまま消えるかもしれない。結果としてフェイスブックと方針の異なるファクトチェック組織が排除される。

なお、フェイスブックのファクトチェック体制の問題点については別稿でご紹介する予定である。


民主主義において、「真実の裁定者」は国民である。実際の執行に当たっては国民から付託された組織がこれを行う。しかし、ファクトチェックもそうでなければならないが、3つ問題がある。ひとつは量と頻度の問題で、これは現在の民主主義の組織は日々のファクトチェックを行える態勢を持っていない。もうひとつは、付託を受けて「真実の裁定者」となるべき政府自身に問題がある場合だ。最後は裏付けとなる法律や制度がないことであり、最初の問題に通じる。
しかし、そもそも現在のファクトチェック組織のほとんどは、こうした基本的なこととは関係なく、勝手に事実認定を行っている組織であり、なんの裏付けもない。そのため、どうとでもできるので、偏ったファクトチェックやファクトチェックをファクトチェックし返すようなことも起こる。こうした基本的な枠組みを作らない限り、ファクトチェックは有用なものにはなりにくく、破綻しやすいように思えてならない。このへん詳しくは下記を参照。

フェイクニュース対策に潜む根本的問題(2) 「真実の裁定者」は誰か【一田和樹】
https://fij.info/archives/2960


●「How ‘fact-checking’ can be used as censorship」の概要
記事の冒頭で前アメリカ大統領トランプが2020年5月に2020年末までにワクチンが完成すると確信していると語ったのをNBCが、ファクトチェックを用いて非難したことと、WHOが調査結果で武漢の研究所からウイルスが流出した可能性を極めて低いとしたことを非難したUnHerd社の記事をフェイスブックがフェイクのタグをつけ、その後撤回したことを紹介している。
どちらの場合も対象とされたのは「意見」であり、「事実」ではなかったことが問題であると記事では指摘している。そもそもフェイスブックのファクトチェック体制には透明性が欠如している。フェイスブックは、Full FactやPolitiFactなどの独立系ファクトチェッカーと提携しており、International Fact-Checking Networkの共通の原則に従っている。しかし、そこには抜け道があり、UnHerd社のケースではフェイスブック社内で処理が行われていた。
そしてファクトチェックを装って政治的に有利な説を広めようとすることもある。
なにより問題なのは、ファクトチェックするためには、「事実」が必要であり、検証するための「事実」のために過剰な情報の記録と開示を要求することだ。たとえば、Poynter Instituteのニュースレターは、音声SNS「Clubhouse」が、音声ファイルを保存や録音を許可していないため、「ファクトチェッカーにとって障害となる」と訴えた。
正しい使い方をすれば、ファクトチェックは言論の自由を補完する形で虚偽を検証する。しかし、言論の自由とは、人々に正しいことだけでなく、間違ったこと言える自由のことである。ファクトチェッカーはチェックを事実に限定しなければならないが、冒頭の例のように必ずしもうまく線引きされたおらず、たまたま気に入らなかった意見をファクトチェックすることも珍しくない。


●「The Fact-Check Industry」の概要
2019年秋に公開されたCJRの冒頭は、ジャーナリズムが縮小する中でファクトチェック事業が拡大したと書かれている。2019年のデューク大学レポーターズ・ラボの調査によると、5年前(2014年)には44のファクトチェック組織が存在していたが、現在(2019年)は195の組織が存在する。それにはふたつ理由がある(PolitiFactの編集者であるアンジー・ドロブニック・ホランの言葉)。

・インターネットが実用的になったこと
・政治的メッセージにインターネットが必要になったこと

1994年にはファクトチェックの草分けで当初は都市伝説や奇妙なものに焦点を当てていたSnopes.comが誕生し、その後2003年にはFactCheck.orgが生まれた。この頃は独立したサービスが中心だった。それが現在では、GoogleやFacebook、非営利財団などが中心となって、ファクトチェックが行われている。
2016年の大統領選が始まる頃には、SNSはさまざまな問題のある情報に汚染されており、BuzzFeedは、SNS上のフェイクニュースなどを調査して存在感を高めた。現在は、New York TimesからBellingcatまで調査ジャーナリストが活躍している。
2016年の大統領選にフェイクニュースが影響を与えたという報道がなされた後に、フェイスブックは、Poynter Instituteに関係する非営利団体International Fact Checking Network(IFCN)と協力して、フェイスブックの投稿に誤った情報が含まれていないかどうかをチェックするファクトチェッカーを募集し、管理することにした。
ファクトチェックに対する報酬は開示されていないが、Snopes(2019年2月に契約解消)は、フェイスブックから2017年に10万ドル(約1千万円)、2018年に40万6,000ドル(約4千60万円)を得たと報告している。FactCheck.orgは、2018年にフェイスブックから18万8,881ドル(約1,800万円)、今年(2019年)は24万2,400ドル(約2,424万円)を受け取ったとしている。

こうしたグーグルやフェイスブック、非営利財団などが後押しする、ファクトチェックのための社会活動も広がっている。その結果、昨年(2018年)は47のファクトチェック組織のうち41がメディア企業に関係していたが、今年(2019年)はその割合が減少し、60のうち39がメディア企業に関係していた。ファクトチェック機関の数は増えているが、伝統的なジャーナリズムとの結びつきは弱まっている。

フェイスブックのプロジェクトの初期段階では、ファクトチェックのパートナーは、フェイスブックとの関係における透明性の欠如に不満を抱いていた。また、フェイスブックは超党派性を強調するために、フェイクニュースの発信源の右派のニュースサイトDaily Callerから資金提供を受けているCheck Your Factをパートナーにしていた。
IFCNのディレクターBaybars Örsekは、フェイスブックがファクトチェック機関に対して、どこよりも一貫して報酬を支払っていると評価している。

「Deciding What's True」という著書のあるウィスコンシン大学Lucas Graves教授は、「政府やテクノロジープラットフォームの関心が、この分野を誤報に焦点を当てるように後押ししていることは否定できない。社会的使命と手法の両方について多くの疑問がある」と語った。

本稿の続きでフェイスブックのファクトチェックの問題を紹介した記事がこちら。
ファクトチェックのパトロン、フェイスブックの危うい「真実の裁定者」ぶり
https://note.com/ichi_twnovel/n/n83cf094d2041

ファクトチェックを取り巻く課題についてはシリーズにまとめています。こちらのマガジンをご覧ください。

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