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ロシアのマイクロインフルエンサーについての人間地政学的分析論文を読んだ

「Social Media + Society」の最新号が出ていた。同誌はSNSに関する研究を中心とした査読つきのジャーナルだ。今回の特集は政治的インフルエンサー。現在、呼んでいる最中だが、まずロシアのディアスポラをターゲットにしたインフルエンサーの研究をご紹介したい。
Mapping the Russian Political Influence Ecosystem: The Night Wolves Biker Gang(Olga Boichak、2023年6月9日、https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/20563051231177920)

●ディアスポラを利用して相手国の政治に影響を与える人間地政学

ロシアの政治的影響力をマッピングする試みで事例としてNight Wolves Motorcycle Clubをとりあげている。
この論文のアプローチは人間地政学なので、人間地政学について説明しておく。日本ではほとんど紹介されていないようだが、2019年Alan Gamlenの「Human Geopolitics: States, Emigrants, and the Rise of Diaspora Institutions」によって最近注目を浴びている。
人間地政学とはディアスポラに注目し、その世界的なネットワーク、移民に関する各種制度、影響力などを研究する学問らしい。ひらたく言うと、ディアスポラコミュニティを国家(ディアスポラの祖国)がコントロールし、政治的影響力を相手国に与えるものということらしい。
日本だと実感がないが、世界の多くの国はさまざまな国からの移民を受け入れ、それは無視できない人口と影響力を持つにいたっている。ロシアと中国を考えてみるとすぐにその研究の重要性がわかる。ロシアは主としてヨーロッパに多数のディアスポラを持ち、中国は世界中に莫大な数のディアスポラを持っているディアスポラ大国だ
これに対してアメリカはディアスポラ受け入れ大国だ。欧米とグローバルサウスという非常にざっくりした分け方で言うと、欧米はディアスポラ受け入れが多く、グローバルサウスはディアスポラ送り出しが多い。送り出し国にとってはディアスポラを活用して欧米の相手国への影響を高めるのはきわめて非対称な戦法だ。

●ロシアのNight Wolves Motorcycle Club

ロシアのNight Wolves Motorcycle Club(Ночные волки)はロシア全土、独立国家共同体(CIS)、EU、北米、その他の地域、合計で10カ国65の支部を持つロシアの最古かつ最大のモーターサイクル組織である。
モーターサイクルクラブはSNSでのフォロワー数などは少なく、国際的なメディアでは取り上げられないものの各国での知名度は高い。
この論文では、Night Wolves Motorcycle Clubが流布しているナラティブと、政治的影響力について分析している。

Night Wolves Motorcycle Clubは2008年、大統領候補のウラジーミル・メドベージェフの選挙の勝利を祝う暴走行為で知名度をあげた。現在、下記の3つを主張している。

1.プーチンへ支持
2.ロシアの過激な⺠族主義アイデンティティ
3.ロシア正教との戦略つながりを持った正当派を自認

これらの見解は、これらはプーチンのロシア世界のドクトリンを反映している。クラブは準軍事組織へと変化し、影響地域を拡大し、さらに広くロ シアの影響力の生態系において独自の機能を持つようになった。2009 年以来、Night Wolves Motorcycle Clubはクリミアでサマーキャンプを開催し、地元の子供や若者にロシアについての理解と、ロシア世界の正当な価値感を広めている。
Night Wolves Motorcycle Clubはロシアの軍や当局と関係していることがわかっており、西側諸国にとって安全保障上の脅威として認識されている。

●Night Wolves Motorcycle Clubの影響力

ロシアのウクライナ侵攻で欧米の多くはロシアメディアを禁止した。一方、SNSでのロシア語話者は増加している。これにより、ディアスポラによる活動が重要性を増した
Night Wolves Motorcycle Clubは主としてロシア語で発信し、受けてもロシア語話者である。第二次世界大戦に関する内容が重要となっており、いくつかはクラブのイベント(ロシア軍の栄光の地や戦死者の墓を訪ねるビクトリーライドなど)と結びついている。
政治的マイクロインフルエンサーは、マイクロであるがゆえにSNSで信頼性、信用性、信憑性を高めやすく、親近感をわかせ、「本物」と思われ、世論誘導を行っている
第二次世界大戦でロシアが果たした役割を美化し、占領を正当化しており、ロシアを世界の中心におくような感情的ナラティブを広めている。権威主義国では政府と一般人の距離が民主主義国に比べると離れている。そこを埋める役割を果たせる。

Night Wolves Motorcycle ClubのSNS投稿のほぼ半数(43%)は他のSNSにリンクしており、結果としてクロスプラットフォームでロシア政府のメディアを世界各国のSNS利用者を結びつけている
論文では政治的マイクロインフルエンサーは国⺠の態度や意見に影響を与えるアジェンダ・セッティング・コンテンツや地域に根ざしたアイデンティティ・ベースのナラティブで人々と誘導できる。
ロシアには他にもNight Wolves Motorcycle Clubのような影響力行使の可能性を持った集団がある。たとえば、ロシアン・コサック、合唱団などの芸術文化コミュニティ、ロシア正教会が主催する慈善団体、スラヴ系学生コミュニティ、ロシア政府と親和性のあるスポーツ・観光団体などである。

●感想

人間地政学を初めて知ったが、なるほどと思うと同時に防ぐのが困難かつ、必要以上に反応する層がありそうで怖かった。容易に新しい移民排斥運動や難民排除に結びつきそうだ。民主主義を標榜する国は権威主義国から非対称戦を挑まれることが多い。ほとんどは理念や体制から生まれる非対称性だが、ディアスポラはそうではない。やっかいだ。

マイクロインフルエンサーやナノインフルエンサーは現在の定量的なボットやトロール、あるいはCIB(Coordinated Inauthentic Behavior)にもひっかかりにくい。Night Wolves Motorcycle Clubはロシア政府との関係が明らかになっているが、自発的に行っているグループもあるのだ。このへんは、サミュエル・ウーリーが『Manufacturing Consensus』でくわしく解説している。

『Manufacturing Consensus』はデジタル影響工作の新手法とトレンドを学べる良書(https://note.com/ichi_twnovel/n/nfd072b81bcf8)

また、Night Wolves Motorcycle Club自身はSNS上でそれほどフォロワーが多くないものの、そこからリンクによって他のSNSに広がっている状態はアメリカ連邦議事堂襲撃事件の際に小規模SNSのParlerが果たした役割とほぼ同じだ。

昨年の合衆国議会議事堂暴動を生んだ暴力のエコシステム「Parler and the Road to the Capitol Attack」(https://note.com/ichi_twnovel/n/nc27a142b81e3)

規模に関わりなく影響力を行使できるとなると対策は非常にやっかいだ。ただ、何度か書いているが、現状のデジタル影響工作対策は根本的に間違っているような気がしているので、早く新しい対策を考えて実行する必要があるということなのだろう。現在行っているのはしょせんは対症療法でいつまでたっても状況は改善しない。

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