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NATO StratCom COE グローバルサウスにおけるロシアの活動 反射統制理論の視点から

このレポート「Russian information operations outside of the Western information environment」https://stratcomcoe.org/publications/russian-information-operations-outside-of-the-western-information-environment/306 )はNATO StratCom COEが調査した結果をまとめたもので2024年6月に公開されている。ケーススタディとして選ばれたグローバルサウスの5か国(エジプト、マリ、ケニア、南アフリカ、アラブ首長国連邦)におけるロシアの影響工作の内容と効果を分析したものだ。


●背景

背景にはグローバルノースとサウス(レポートでは西側と西側以外)のギャップがある。日本でも一部では紹介されているが、日本はグローバルノースの論調に接することが多く、グローバルサウスで起こっているや意見に触れることが少ない。
このレポートの冒頭でも、そのことを紹介している。ロシアのウクライナ侵攻を非難する国連投票に棄権した35カ国のうち17はアフリカ諸国であり、アフリカでは軍事政権を肯定する人口の多くなっている。アフリカでは選挙が有効に機能していない現実を反映しているのだ。そのため、民主主義に満足している割合は3分1と少ないし、西側の民主主義を見習うべきと考えているのは半数以下となっている。見えている世界が違いえば価値感が異なってくるのは当然だ。
その結果、2022年2月から2023年3月でロシア大使館 のSNSフォロワーは41%増加し、大使館は情報発信を増やした。さらにロシアのプロパガンダメディアとして有名なRTのアラビア語版の読者はロシアのウクライナ侵攻以降1,000万人も増加している。
日本に住む我々は欧米から発信される情報を信じ、ロシアの発信する情報を疑ってかかる。しかし、逆の国もあるのだ。すでに世界の人口と国の数でいえば、逆の方が多数派なのだ。多くの日本人はそのことを忘れがちだ。

このレポートではロシアがアフリカにおいて行った横断的な情報作戦を分析しているが、ロシアの作戦の基本となっているのはソ連時代から使われてきた反射統制理論(TORC)だとしている。

「Russian information operations outside of the Western information environment」( https://stratcomcoe.org/publications/russian-information-operations-outside-of-the-western-information-environment/306 )

ロシアの流布したナラティブの範囲と浸透度は国によって異なっていた。しかし、その背景には、アフリカの国々が持っている植民地の歴史と、反帝国主義の大国としてのソ連、ロシアがある。その世界観で見ると、NATOは植民地主義の象徴のように見える。
さらに、ルワンダ、アフガニスタン、イラク、イスラエル・パレスチナ紛争は、西側の民主主義に対する幻滅の一因となっている。

●概要

ロシアは次の3つのナラティブを使ってイメージを伝えていた。

1.伝統的価値観の擁護

主として西側の「道徳的退廃」(主にLGBTQ+の権利擁護)に対してのもの。

2.宗教の利用

ロシアは、西側諸国に対するイスラム教徒の憎悪を煽るか、ロシア正教会を道具として利用してきた。

3.西側のように人権問題など言わずにパートナーになる

西側諸国は支援や貿易の際に人権問題などを考慮するが、ロシアは考慮せず受け入れる。

・共通認識と相違点

生活費を押し上げている食料とエネルギーの安全保障への影響への懸念は5カ国で共通していた。

一方、ロシアとウクライナの戦争の原因についての認識は異なっていた。たとえば、ケニアと南アフリカではロシアの侵攻を非難する者が多かったが、残りの国ではアメリカ主導のNATOの拡大のせいだとみなすものが多かった。それらの国では、多くの人が食糧危機とエネルギー危機は西側諸国のせいだとし、経済制裁が食糧危機とエネルギー危機の原因であり、黒海穀物イニシアチブは他国よりも西側諸国に物資を提供するための策略であるというロシアの主張を信じる傾向があった。さらに、西側諸国以外の紛争(特にアフリカ大陸)に対する西側諸国の無関心が、さらに西側諸国の中立性の非難につながっている。

・手法とターゲット

多くのコンテンツには、Telegram、Facebook、WhatsAppの非公開グループへのリンクや招待状が添付されてることが多く、これらのクローズドなコミュニティが仲間を増やし、拡散を広げる助けになったと指摘している。
親ロシアのコンテンツはあらゆるSNSに広がっていたが、イーロン・マスク買収後監視が大幅な緩和されたX(旧 Twitter)は特に重要なハブになっていた。

ロシアの情報作戦の主な対象は政治エリートと若者であり、トップダウンと草の根レベルからの二方向での影響力を生み出していた。

この調査で確認された手口には次のようなものがあった。

  1. 国家とエリートの取り込み、さらにメディアへの影響力拡大

  2. アストロターフィング

  3. 批判する相手に群がって攻撃し信用を傷つける

  4. 編集された画像 (ミーム、ディープフェイクなどを含む)の利用。

  5. アウトソーシング/フランチャイズ化

  6. 情報ロンダリング

  7. ドキシング

ロシアが自在にこうした手法を駆使しているのに対し、西側は有効に対処できていない。さらに、情報影響作戦の目的を正確に特定することは、非常に難しい。

・ロシアの目的

ロシアの情報影響作戦は、戦略的目標に従っているときでも臨機応変に変更されることがあり、環境に応じて強度や当面の計画された効果が変化する。この調査レポートの結果に基づいて、ロシアの情報影響作戦には2つの目的があると指摘されていた。

1.ロシア支持の強化。マリはロシアが国家を取り込んだサンプル。

2.積極的な中立性/無関心の維持と育成。

「ロシア支持の強化」は不可能ではないが、可能性は低いとレポートは結論している。ロシアのソフトパワーが弱いことが一因となっている。

「積極的な中立性/無関心の維持と育成」を実現できる可能性は高い。そうなった場合、ロシアとウクライナの戦いが長期化する可能性が高くなる。戦争への関心は低下しており、生活費の高騰が政治的な議論の主題になり始めている。その結果、時間が経つにつれて、ウクライナへの支援を同じレベルで提供することが難しくなるという現実的な困難に直面するリスクもある。
もうひとつのリスクは国際的な秩序が乱れることである。これにより、他の地域での紛争が増加する可能性がある。

ロシアの情報影響作戦が狙っている脆弱性を改善するには、国際システムとオンラインメディアの両方に構造的な変化が必要であるとレポートは提言している。一部はある程度進行中であるが、構造的な進歩には時間がかかると思われる。

●感想

レポートには各国ごとのくわしい状況もあり、いろいろ参考になる。日本だといまだにロシアのデジタル影響工作は失敗したと発言する人が多いが、そうではなくて我々(グローバルノース)に見えている範囲では成功していないように見えており、我々以外の世界(グローバルサウス)では必ずしもそうではないのだ。ということを再認識させてくれる。
さらに悪いことに、我々の世界の方が人口も国の数も少なくなってきている。衰退しつつあるグループなのだということを常に考えておいた方がいいと思う。

このレポートは反射統制理論を推していて珍しかった。その点でも参考になった。

ただ、よりマクロな視点で言うと、オペレーション・オーバーロードは反射統制理論のよい応用例だったと思う。おそらくグローバルノースに対しては実効性のある工作を行う必要性はほとんどないのだ。やったふりをして、メディアや誤・偽情報対策組織を煽るだけで影響が増大する。

ファクトチェックとメディアを誤・偽情報拡散に利用した「オペレーション・オーバーロード」の成功、  https://note.com/ichi_twnovel/n/nedebd72a73bf

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