前編 世の中には二種類の人間がいる。うんこを喜んで食う奴とそうでない奴だ。

短編小説『成績優秀、スポーツ万能、無敵の美少女の妹がオレのうんこしか食べないんだが』前編

 高校二年生のオレの一日はトイレで専用のタッパウェアに自分のうんこを入れて妹の欣喜(きんき)に渡すことから始まる。二階堂ふみにそっくりの妹はそれを愛おしそうに眺めてから、「お兄ちゃん、愛してる」と言いながら食べる。ちなみに妹は思い切りいやらしい黒のキャミソールで下着をつけずにいるし、巨乳じゃないけど胸はそこそこあるし、美人でかわいい。なんでオレのうんこを食べるのか意味がわからない。
 残念ながらうんこにも妹にも特別な愛情がないので、オレは「じゃあな」と言って妹の部屋の扉を閉めてため息をつく。最初、目の前でうんこを食われた時は、気持ち悪くて吐いた。妹の部屋がうんこ臭いのは仕方がないとして、漏れてくる匂いで家中うんこ臭くなるんじゃないかと心配だ。
 妹は非常に優秀なのでいろんな論文や小説の公募で金を稼ぎまくっていて、部屋に自分用(というかうんこ保存用)の冷蔵庫や電子レンジもある。なのでぎりぎり衛生的にはなんとかなっているのだと信じたい。
 ダイニングに行くとオヤジとオフクロが朝飯のトーストとオムレツを食っている。娘がうんこ食ってるのによく食欲が出るもんだと思うが、人間はどんな状況にも順応できるのだ。オレはチェルノブイリでツアーガイドをやって口に糊している地元の老人のことを思う。息子を事故で失った片目の人だ。そんな人がいるか知らない。適当に空想するだけなんだが。
「玉頃(たまころ)、うんちを欣喜に渡した?」
 オフクロがコーヒーを飲みながら訊いてくる。我が家では、呼び方でうんこ派とうんち派に分かれている。オレとオヤジはうんこ派、オフクロと妹はうんち派だ。
 玉頃というのはオレの名前だ。
「朝からうんこの話するな」
 まだオムレツを食っているオヤジがぼやく。
「だって、しょうがないじゃない。玉頃のうんちが欣喜の朝ご飯なんだから」
 オフクロがすねたようにつぶやく。うんこが朝ご飯なんて聞きたくない。
「ちゃんと渡したよ」
 オレはそう言うと、腰掛けてトーストをかじる。食欲ないんだが、食わなきゃ、うんこが出ない。
「うんちしか食べなくなって一カ月よね。よく続くわ。このままずっとだったらどうしよう」
 オフクロは毎日同じことを言う。答えなんかない。どうしようもない。
「栄養面はサプリで補ってるから大丈夫みたい。学校でも元気そうにしてる」
 妹はオレと同じ高校のひとつ下だ。学校でも有名な万能美少女。それがなんでうんこ食ってるんだ?
 しばらくすると妹が経てから出てきて洗面所で歯を磨き始めた。これもすごく嫌だ。だってうんこ食った歯を洗面所で磨くんだぞ。歯ブラシにうんこがつくだろ。洗面所がうんこくさくなるだろ。いや、妹が細心の注意を払っているおかげで、うんこ臭くはなっていないのだが、どうしてもうんこ食った歯を磨いた場所というのが頭にこびりついて離れない。
「お兄ちゃん、一緒に学校行こう」
 これも憂鬱だ。なんで自分のうんこと並んで学校行かなきゃいけないんだ。いや、うんこじゃなくて、うんこを食った奴だが。同級生には妹の実態を知らないから、「欣喜ちゃんってきっといい匂いするんだろうな」とか言ってるバカがたくさんいる。「オレのうんこの匂いだよ」と言ってやりたい。なんなら、うんこを顔になすりつけてやりたい。
「ねえ。最近、果物たくさん食べてるでしょ。私のため?」
 並んで家を出ると、妹が身体をすり寄せてきた。近づくんじゃねえ! うんこ少女! 当然ながらオレの食ったものによってうんこの味も変わるので、妹は果物中心の食生活にするよう要求してきた。そして肉はダメだそうだ。言うこときく義理はないわけでもないので、果物をたくさん食べるようにしている。
 いいんだ。果物は好きだからたくさん食べてもいい。それよりも我が家の食卓からカレーがなくなったのは痛いし、なんなら死ぬまでカレーを食える気がしなくなった。
 隣を歩く妹からはいい匂いがする。消臭のテクニックは神業に近い。見ているとほんとにかわいい。声もきれいだし、笑顔を見ると天使みたいで胸がきゅっとなる。でもうんこ食ってるんだ。高校に近づくと、学校の連中が声をかけてくる。
「じゃあね」
 妹は同級生に声をかけられて、そっちに行った、ほっとする。たとえばここにトラックが突っ込んできて生徒が十人死んだらどうなるだろう? 答え:世界はなにも変わらない。オレの脳みそは勝手に問題を見つけて稼働し、どうでもいいような答えを考える。人生とはその繰り返しだ。

 オレの家はごくふつうの家だった。変わったことといえば、妹が優秀で美人なだけのはずだった。それがなんでこうなってしまったんだ。いや、直接の原因は知ってるけど、実の兄のうんこを食べて暮らすという発想はいったいどこから出てきたのだ? 普通の人が欲しいと思っても手に入れられないものを全部持っている妹がなんでこんなことになっちゃうんだ?
 一度、妹の食事中に部屋に入ってしまったことがある。ものすごいうんこの匂いの中で、妹はとろけるような顔をしてオナニーしながら、スプーンでうんこを食っていた。世界が狂っているかオレが狂っているかのどっちかだと思った。どっちも嫌だ。
 ちなみに妹は部屋の中ではキャミソールか全裸だ。妹の容姿から考えればフル勃起ものなのだが、うんこ臭いから全然たたない。不覚にもオレはその場で吐いてしまい、床にぶちまけたゲロを妹がなめるという地獄よりも最低なシーンを見て気絶した。それ以来、できるだけ部屋に足を踏み入れないようにしている。オレにとってはナザリック地下大墳墓のような場所だ。
 妹のことをよく知らないオヤジから無理矢理ふつうの食べ物を食べさせる案も出たが、すぐに却下された。妹は格闘技もハンパなく強い。中学校の修学旅行で北海道に行った時、道に迷った友達を探してクマと遭遇し、素手で殺して新聞に載ったほどの人間凶器だ。象用の麻酔銃でも持ってこない限り抑えられない。
 エンジニアのオヤジは妹を論理的にやり込めようと考えた。論破って奴だ。週末、家族三人(オレ、オヤジ、オフクロ)が全く同じものを食べ、そのうんこを妹にオレのうんこを当てさせるのだ。利き酒ならぬ利きうんこだ。もし外れればオレのうんこであることに意味はないことになり、妹はただうんこを食べたいだけになる。そんなことがわかってなんの意味があるのかわからないが、妹を論破すれば治るかもしれないとオヤジは考えた。
 土曜日、家族全員が家にこもり、全く同じ食べ物と飲み物で過ごし、日曜日の朝に親指の先くらいの大きさのうんこを持ち寄った。利きうんこは当初トイレで行う予定だったが、狭いのと芳香剤で匂いがわからなくなると妹が主張したので、急遽風呂場になった。妹が風呂場に3つのうんこのサンプルを持って入った。もちろんそのまま持ってるわけじゃない。わざわざオヤジがそのために百円ショップでプラスティックの入れ物を三つ買ってきた。
 風呂場の外の脱衣所でオレ、オヤジ、オフクロが見守る中、妹は三つを並べ、うやうやしく蓋を開けた。もわっとうんこの匂いが広がり、オレは泣きたくなった。なにが悲しくて家族揃って週末に利きうんこなんかしなきゃいけないんだ。同じものを食ったはずなのに、それぞれ色が違うのはなぜだ?
「これは違います」
 妹はまずひとつを除外した。見ただけでわかるなんて、どういううんこ感覚だよ。
 それから妹は残ったふたつのうちひとつを持ち上げると顔に近づけた。まさか食うのか? と思ったが違った。目を閉じ、匂いを嗅ぐと顔を横に振った。
「違います」
 オヤジとオフクロが感嘆の声を上げる。こんなことで感動したくねえ。
「最後のこれがお兄ちゃんのはずですが、念のため確認します」
 欣喜はそう言うと指でつまんで口の中に入れて、しばらくもごもご味わってから飲み込んだ。見たくない。両親のセックスシーン以上に見たくない。それからうんこをつまんだ指を口に入れてなめた。
「お兄ちゃんのに間違いありません。そうでしょう?」
 妹は立ち上がるとオレを見た。
「当たりだ」
 オレが妹の勝利を渋々認めると、妹は満面の笑みでオレに抱きついて、顔をすり寄せてきた。うんこ臭いから止めてほしい。妹は全てにおいて特別な才能を与えられた人間なのだ。うんこだってちゃんと判別できる。

 学校にいる間が一番ほっとする。なぜなら妹も学校では、うんこを食わないからだ。代わりにプロテインとサプリメントだけ取るらしい。意地でもオレのうんこ以外は食わない。
 オレの高校は中の下くらいのレベルなので、オレも含めてバカが多い。妹はずっといい高校に行けたはずだが、オレと同じ高校に来たいからといってここに入学した。当然、常に成績は学年トップだ。目立つからオレよりもさらに頭の悪い連中がシメに行ったらしいが、妹とその軍団に返り討ちにあった。
 妹は入学と同時に生徒会と空手部、柔道部を事実上配下にして、先輩後輩関係なく、下僕として使える欣喜団を組織していた。妹をシメにいって返り討ちにあった連中もその最下層に組み込まれた。オレはそういうグループとか、スクールカーストとか興味ないし好きじゃないので知らなかったが、妹は学校のほとんどを影で支配するようになっていた。
 ちなみに妹は空手部と柔道部には所属しているが、極力試合には出ないことにしている。レベルが違い過ぎて申し訳ないのだそうだ。ただ、ここぞという一戦にはかり出される。
 しかし部活をしない最大の理由はオレと一緒に帰るためだ。校門の近くで待ち合わせて一緒に帰る。なにが悲しくてうんこ食ってる妹と毎日登下校を一緒にしなきゃいけないんだと思うが、これも運命と思うしかない。オレだって家族として早咲きのスカトロマニアになってしまった妹のことが心配なのだ。
 帰り道ではだいたい妹がその日あったことを話すのをオレがただ、「うん」と聞いていることが多い。たまにうんこについて質問することもある。ある時、ふと疑問が浮かんできた。
「あのさ。下痢になったらどうすんの? スープみたいにして食うの?」
「下痢は食べられない」
 ほっとした。下痢をすする妹を見たら、二度と二階堂ふみの出ているドラマを見られなくなる。
「じゃあ下痢の時は絶食するのか?」
「お兄ちゃんのお尻の臭いを嗅ぎながらご飯を食べる」
「は?」
 尻の臭いを嗅ぎながら飯を食う? オレだったら絶対吐く。てか物を食う気にならない。いや、待てよ。これはもしかしたらチャンスかもしれない。
「便秘の時もそうなのか?」
「そうだね。それしか手がないよね」
 これだ! とオレは思った。尻の臭いかがれるのとうんこを食われるののどちらが嫌かというのは究極の選択だが、尻の臭いを嗅がれる方がまだ救いがあるとオレは考えた。だって妹はふつうの食事をするわけだから栄養上の問題はなくなるし、オレはタッパウェアに自分のうんこを入れなくて済むようになる。我が家からうんこ臭さが一掃される。
 オレはもともとほとんど下痢をしないし、便秘がちだ。実際にはうんこをしてても、「便秘でしてない」と言い張ってしまえばいいのだ。これでうんこ地獄から逃れられる。
 だが、そんなオレのもくろみはいとも簡単に打ち砕かれた。
 最初はオレの思った通りに妹はだまされてくれた。
「便秘ならしょうがない。そこに四つん這いになって」
 朝っぱらから妹が自分の部屋でトーストとベーコンエッグを食ってる横で四つん這いで尻を突き出しているオレはどういう前世だったんだろう。もちろん生尻丸出しじゃなくて寝間着代わりのスウェットを着たままだったんだが、妹は最初のひと嗅ぎですぐに気がついた。
「お兄ちゃん。うんちしたでしょ。そういう匂いがする」
 そういう匂いってどういう匂いだ!? しらばっくれようと思ったが、妹の表情は確信に満ちている。すっと立ち上がると天地上下の構えを取る。マジで怒ってる時のポーズだ。オレがあのポーズを最後に見たのは高校の近くに停車していたワンボックカーから頭の悪そうなアメリカ人が数人飛び出して妹の同級生を拉致ろうとした時だ。駆けつけた妹は最初の一撃で友達の腕をつかんでいた奴の膝の関節を砕き、身体をひねって友達のもう一方の手をつかんでいたもうひとりの股間を蹴り上げた。オーマイゴッド!
 一瞬でふたりを倒すと友達を奪い返し、先に逃がした。オレが現場に着いたのはその時だった。
「お兄ちゃん! その子をお願い」
 突然指名されたオレは周囲の野次馬から注目を浴びてしまい、他人のふりができなくなった。
「わかった」
 そう言うと友達の手を取って離れた場所まで移動する。振り返った時、妹が天地上下の構えをしていた。まるで彫像のようにぴたりと決まっていて拝みたくなりそうな神々しさがあった。
 ワゴン車からFワードを怒鳴りながら、らりってる感じの三人が出てきた。ナイフやバットを持っていたが、妹が裂帛の気合いで吠えると、あまりの迫力に固まった。動かない三人に次々と正拳突きをお見舞いすると声も立てずに全員が倒れた。
 ああはなりたくない。
「ごめん。ほんとはうんこしました」
 オレは正直に謝った。
「お兄ちゃんじゃなきゃ殺してたけど、お兄ちゃんだから許す。でも生尻を嗅がせて。あと、スプーンを入れさせて」
「え? スプーン入れると痛いんじゃないかな」
「正拳突きの方が痛いよ。てか死ぬよね」
「わかった」
 四つん這いになって裸の尻を突き出すなんて、恥ずかしいっていうか、もうどうにでもしてくれって感じだ。しかも時々、スプーンを突っ込まれて、変な声が出てしまう。自分がマゾだったら天国だったかもしれないが、生き地獄だ。
「ねえ、急いでしたでしょ。まだ少し残ってる」
 妹が笑いながらそう言って、スプーンでオレの腸をこねこねする。硬い金属の感触に刺激されて腸がもぞもぞしてくる。助けてください。

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