ロシア影響工作には効果があるのか? 論文からわかる答え

デジタル影響工作が人間の行動に与える影響については科学的に検証され、答えが出ているわけではない。では、なぜこれほど騒ぎになっているかといえば攻撃が可視化されているからである。攻撃されているのが国民にわかる状態である以上、対策を行わないわけにはいかないためだろう。しかし、ニュースで取り上げたり、対策を大々的に行うことは警戒主義に陥る可能性が高い。
実際、効果についての検証を行った論文のひとつは、直接の効果は検証できなかったものの、二次効果の可能性に言及している。2016年のアメリカ大統領選の正当性への疑問、ロシアの大規模な干渉があったことの暴露により、それが成功したと多くのアメリカ人に信用させる効果をもたらした可能性がある。

●最近の効果検証論文

2016年、ロシアはアメリカ大統領選においてデジタル影響工作を仕掛け、その結果トランプ大統領が誕生した。そこまでストレートに言わなくてもロシアの干渉がなんらかの影響を与えたと考えられている。そうでなければ各国が躍起になって対策に乗り出す理祐がない。

しかし、実はそうではないという論文はけっこうある。もちろん、一方で2016年の影響はあったとする論文はもっと多い……と言いたいが、実はほとんどないらしい。選挙結果への影響を把握するために関連するすべての要因を洗い出し、その中での影響の度合いを把握する必要がある。デジタル影響工作の影響があったとしても、他の要因に比べて軽微で合った場合、確かに影響があったとは言えるが、対策を考えるうえでの優先度は低くなる。
多くの研究はロシアの影響工作の手法やターゲット、単体としての効果についての研究が多く、包括的な要因との比較のうえで選挙への影響力を整理したものではなかった。これらの論文は効果が軽微であったり、他にもっと効果のある要因があったことを指摘している。

「Suspended accounts align with the Internet Research Agency misinformation campaign to influence the 2016 US election」https://doi.org/10.1140/epjds/s13688-024-00464-3 )はロシアのIRAに焦点をあてた内容になっており、IRA以外に正体のわからないグループが存在し、このグループがより強い影響を与えていた可能性があるとしている。

「Exposure to the Russian Internet Research Agency foreign influence campaign on Twitter in the 2016 US election and its relationship to attitudes and voting behavior」https://doi.org/10.1038/s41467-022-35576-9 )によれば、Twitterでのロシアのデジタル影響工作が個人の態度や投票行動に軽微以上の影響を与えた可能性は低いその理由は4つ。
1.ロシアの海外影響力のあるアカウントからの投稿への露出は少数のユーザーグループに集中しており、全露出の70% を占めるユーザーはわずか1%から発信されていたとがわかりました。
2.既存の大手ニュースメディアや米国の候補者の話しを見聞きしたことは既存の大手メディアよりもかなり少なかった。
3.ロシアから発信された情報をもっとも多く見ていたのは、共和党員やトランプ支持者だった。つまり、すでに陰謀論や偽情報に浸かっている人たちだった。
4.ロシアの外国影響力アカウントからの投稿の閲覧と、政治的二極化、または投票行動に対する回答者の態度の変化との間に有意な関係は検出されなかった。

また、Metaの協力のもと、フェイスブックとインスタグラムで2020年の中間選挙の期間中に行われた3つの実験ではアルゴリズムの調整(利用者が目にするものが変化すること)によってエンゲージメントは変わるものの、政治的な態度には影響しないことがわかった。

How do social media feed algorithms affect attitudes and behavior in an election campaign?
https://www.science.org/doi/10.1126/science.abp9364

Asymmetric Ideological Segregation in Exposure to Political News on Facebook
https://www.science.org/doi/10.1126/science.ade7138

Reshares on social media amplify political news but do not detectably affect beliefs or opinions
https://www.science.org/doi/10.1126/science.add8424

Like-minded sources on Facebook are prevalent but not polarizing
https://www.nature.com/articles/s41586-023-06297-w

●感想

2016年頃から広まった影響工作の威は各国で大きくなっている。しかし、それはデジタル影響工作そのものによるものというよりは、「デジタル影響工作が行われた」ということから来る危機感、選挙への不信感。SNSプラットフォームへの不信感、選挙で選ばれた政治家への不信感によるものが大きそうだ。

現在の攻撃が社会全体の不安定化や分断を狙ったものであるとすれば後退し続けている民主主義の状況がその成果を物語っている。敵の手法はいまだに解明されたわけではないが、結果として負け続けており、旗色が悪い。

前提となる効果の検証と従来のやり方とは違うアプローチが必要だ。

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