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朝日、毎日、読売、産経、日経の1126記事からわかるHPVワクチン報道の変遷

HPVワクチン(ヒトパピローマウイルスワクチン)は子宮頸がんを始めとする多くの病気を引き起こすヒトパピローマウイルスの感染を予防するためのワクチンである。このウイルスに女性が感染する可能性は高い。専門家の間ではその有効性と安全性についてはほぼ一致しているが、一部に異を唱える人々もいる。
日本では安全性を問題視する報道によって、一時的に日本政府は接種の推奨を中止した。これにより、日本の接種率は大幅に減少した。

「Trends of Media Coverage on Human Papillomavirus Vaccination in Japanese Newspapers」(Kenji Tsuda and others, Clinical Infectious Diseases, Volume 63, Issue 12, 15 December 2016, Pages 1634–1638, https://doi.org/10.1093/cid/ciw647)は、日本におけるHPVワクチン報道を分析した論文である。
調査対象は朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、産経新聞、日経新聞。対象期間は、2011年1月から2015年12月までで、HPVワクチンに関する記事を1138件抽出し、全文を入手できなかった12件をのぞく1126件を対象に分析した。

2013年3月より前は有効性に関する記事が多かったが、2013年3月に朝日新聞がHPVワクチンの副反応が疑われる症例を掲載した後は急速に副反応に関する記事が増加している。同時に2013年3月まではHPVワクチンへの肯定的な記事が多かったが、その後否定的な内容の記事が増加している。
こうした動きを受けて日本政府は2013年6月に推奨を取りやめている。

「Trends of Media Coverage on Human Papillomavirus Vaccination in Japanese Newspapers」(Kenji Tsuda and others, Clinical Infectious Diseases, Volume 63, Issue 12, 15 December 2016, Pages 1634–1638, https://doi.org/10.1093/cid/ciw647)
「Trends of Media Coverage on Human Papillomavirus Vaccination in Japanese Newspapers」(Kenji Tsuda and others, Clinical Infectious Diseases, Volume 63, Issue 12, 15 December 2016, Pages 1634–1638, https://doi.org/10.1093/cid/ciw647)

世界的にHPVワクチンの有効性は確認されており、推奨されていた。また、日本国内においても関係学会が推奨再開を求める声明を出した。これらについての報道は少なかった。
論文ではその理由を3つあげている。
・日本政府が安全性に関する明確な声明を避けていた。過去に他のワクチンで訴訟され、敗訴したことなどが原因と考えられる。
・2012年以降、医療関係者、業界での不祥事が相次いでおり、社会に不信感が高まっていた。
・HPVワクチン接種による有害事象の人々への迅速な補償が行われなかった。

こうした問題に対して論文では2つの対策を提示している。
1.補償制度の実施、充実。ワクチン接種プログラムの成功には有害事象への迅速な補償が重要である。しかし、現在の日本の補償制度はそのようにはなっていない。
2.日本の新聞ではリスクと効果のバランスを取った議論を行うことはできない。SNSを始めとしたオンラインメディアを通じてリスク・コミュニケーションを行うことで一般市民がバランスの取れた情報にアクセスできるようにすべきである。

最後に、下記の2つが書かれていたのは印象的だ。
・ひとつの記事がきっかけとなって報道の論調が作られることがある。HPVワクチンではいわゆるアジェンダセッティングを朝日新聞が行ったということなのだろう。
・衛生当局の科学的声明が報道の論調を変えることはない。

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