誤・偽情報についての研究がきわめて偏っていたことを検証した論文
誤・偽情報あるいはデジタル影響工作、認知戦についての研究が偏っていることは以前から指摘されてきた。最近では、このnoteでも紹介したCarnegie Endowment for International Peaceの「COUNTERING DISINFORMATION EFFECTIVELY An Evidence-Based Policy Guide」( https://note.com/ichi_twnovel/n/n01ce8bb38ef3 )がある。そこでも下記が指摘されていた。
●概要
今回、ご紹介する「What do we study when we study misinformation? A scoping review of experimental research (2016-2022)」( https://doi.org/10.37016/mr-2020-130 )は2016年から2022年に公開された論文を調査し、分析したものである。まず、8,469件の論文をスクリーニングし、759件の研究を含む555件の論文を抽出し、分析した。その結果、下記のことがわかった。
1.ほとんどの研究はアメリカあるいはヨーロッパを対象としていた。文化、言語などによる差異を考慮すると他の地域にはあてはまらない可能性がある。
2.短文(1つ2つの文章)の誤・偽情報を使用することが多かった。実際の誤・偽情報は短文であることはほとんどない。また、ほぼ半数は「偽」のみを提示しており、「真」も提示して識別能力を判定した研究は15%(全体の7%)のみだった。
3.誤・偽情報を信じるかどうかが主に測定されていた。行動について測定したものはほとんどない(1%のみ、行動の意図は10%)。誤・偽情報が投票などの行動に結びつくことはほとんどの場合、検証されていない。
4.誤・偽情報の提示と結果の測定はほぼ同時に行われた。時間経過による影響の変化は考慮されていない。
5,これらの結果から現状の研究成果はきわめて限定された範囲でしか有効性がないことがわかる。特に制作などの意志決定の材料に使う際にはじゅうぶん注意を払う必要がある。
そして、これまでの研究は多様性がなく、SNSに過剰に焦点を当てており、そのため誤・偽情報の問題がネット特有の問題のような誤解や、ほとんどの研究がアメリカとヨーロッパに集中しているのに世界的な現象であるかのような印象を与えている。
また、ほとんどの研究ではロシアが行っている偽情報キャンペーンの状況を考慮しておらず、その影響や要因が含まれていない。
多くの論文は誤・偽情報を大きな問題としてとらえ、行動に影響を与える可能性を想定しているものの、行動への影響を検証したものはほとんどない。
●感想
最近、誤・偽情報に関する研究の見直しがいくつかあり、だいたい今回の論文と似たような結果となっている。
今回の論文ではテーマについては触れていなかったが、以前ご紹介した「COUNTERING DISINFORMATION EFFECTIVELY An Evidence-Based Policy Guide」( https://note.com/ichi_twnovel/n/n01ce8bb38ef3 )ではテーマについても触れており、ほとんどがファクトチェックとリテラシーだった。ビッグテックや欧米の政府機関(この分野に熱心)が資金を提供しやすい(彼らのビジネスの邪魔にならない)ものに集中しているように見える。
そのつもりがなくても、資金などのリソースが与えられる分野に多くの研究が集中する現象を「結果合目的」と呼んでいるが、これはその典型。この分野の研究は結果合目的的にビッグテックと欧米の政府機関などのために行われているのだ。
研究対象の偏りはもちろん、結果にもその影響が出ていないはずはないと思うのだけど、どうなんだろう?
最近、いまアメリカやヨーロッパの対策が陥っている状況はロシアの反射統制理論に基づく作戦のような気がしている。いずれまとめてみたい。
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