見出し画像

ウクライナ侵攻から2年 ISDによるロシア情報戦の分析

Institute for Strategic Dialogue (ISD) はワシントン、ベルリン、アンマン、ナイロビ、パリに拠点を持つ国際的な非営利団体だ。人権の保護、偽情報や過激派の活動の分析を行っている。2024年2月23日にISDが公開した「Two Years On: An Analysis of Russian State and Pro-Kremlin Information Warfare in the Context of the Invasion of Ukraine」(https://www.isdglobal.org/isd-publications/two-years-on-an-analysis-of-russian-state-and-pro-kremlin-information-warfare-in-the-context-of-the-invasion-of-ukraine/)ウクライナ侵攻2年目を軸にロシアのデジタル影響工作について整理、分析したものである。

●概要

ロシアの情報戦の目的は、西側諸国の同盟を中心とした多国間機構を弱体化させることにある。

EU域内ではロシア政府の関与するメディアが規制されたため、そのリーチは大幅に下がった。2021年から2020年にかけて制裁対象のサイトへのトラフィックは18%減少し、検索エンジン経由の訪問は100%減少、SNS経由の訪問は70%減少となり、EUからのトラフィックは74%減少した。
その一方でラテンアメリカ、中東、アフリカにおいてはもっとも影響力のあるメディアとなっている。日本でも知られているアルジャジーラを上回っている。

EU域内では制裁を回避するための手法を駆使し、影響工作を行っていた。本レポートではウクライナに対して最大の軍事、経済支援を行っているドイツを事例に取り上げている。
ロシアは一貫してイデオロギーにかかわりなく、反主流(フリンジ)と主流の双方をターゲットにしていた。分断を広げ、社会を不安定化し、制度への信頼を貶めようとしていた。

・ウクライナ侵攻前

ウクライナ侵攻前、ドイツでは、ロシアのプロパガンダメディアは、極右、極左、陰謀論に焦点を当てたコミュニティ、COVID否定論者を含む広い市民の間で、信頼できる情報源としての地位を確立することに成功した。ロシアはドイツの反ワクチン運動Querdenken運動(“Lateral Thinking”反ロックダウン)と極右をターゲットに戦略的コミュニケーションを行い、ロシアのプロパガンダメンディアRTのドイツ版RT DEはQuerdenken運動や極右インフルエンサーから信頼できる情報源とみなされるようになった。

ロシアは継続的にドイツ国内の極右を支援してきており、AfDも支援していた。2017年のドイツ連邦議会選挙では移民や難民といった分断を煽りやすいテーマで情報を発信し、ドイツ国内のオルタナティブ・メディアと相互に補強し合った。
ドイツの極左はロシアとの平和を求めており、反アメリカである。そのためロシアのプロパガンダ・メディアは極左にもアピールしている。

ロシアの一連の影響工作はドイツだけでなく国際的にも陰謀論のエコシステムを構築することに成功した。多くの研究がコロナのパンデミック中にロシアの偽情報のリーチとエンゲージメントが大きかったことを発見している。そのおかげでウクライナ侵攻とともに陰謀論のコミュニティは一斉に親ロシア反ウクライナの主張を発信、拡散するようになった。

・ウクライナ侵攻後

EU域内ではロシアのプロパガンダメディアは大きくトラフィックを減らした。しかし、それ以外の地域では違った。

ラテンアメリカ ロシアのプロパガンダメディア、RT en Español、Sputnik Mundo、Sputnik Brasilなどのメディアは影響力を持っている。RT en Españolには、1,700万人以上のフォロワーがいる。

中東・アフリカ 2022年第1四半期に侵攻が始まる間、RT Arabicのサイトの総アクセス数は1億500万(アルジャジーラより2800万多い)で、他の汎アラブ地域メディアを上回っていた
2023年第1四半期までに、RT Arabicのサイトのトラフィックのほぼ半分(5700万)を失い、2024年第1四半期にはさらに訪問者数を減らした(5200万)。しかし、ユニークビジター数、訪問時間、1回あたりの訪問ページ数では 、中東での影響力は維持している。RT Arabicの訪問者は、汎アラブメディアであるアルジャジーラのサイトのほぼ2倍の時間を費やしている。
最近のアラビア語圏の調査では、ロシアについて肯定的にとらえている人が多く、アメリカに対しては過半数が平和を脅かす最大の脅威と回答している。

同様に、2023年第1四半期までに、スプートニク Arabicのサイトは、2022年第1四半期と比較して、月に100万人以上の訪問者を失った。代わりにスプートニク Arabicのサイトは、レバノンとイランの利用者が大幅に増加した。この2カ国はサイトのトラフィックの4分の1を占めている。
RT Arabicサイトのトラフィックは、Nabdというニュースアグリゲーターアプリからの流入である。2500万人の購読者を持つNabdは世界最大のアラビア語ニュースアグリゲーターである。

EUの制裁措置により、ロシアのプロパガンダメディアの多くはEU域内で配信することができなくなった。制裁は容易に回避されていた。たとえばスプートニクのドイツ語版のコンテンツを中心に配信しているBlofl mit BissネットワークはTik TokやYoutubeで数百万ビューを集めた。
2022年9月、ISDはフェイスブック、インスタグラム、ツイッター、Telegram、YouTubeなどのSNS上での大規模な作戦Doppelgängerを暴いた。大手サイトを偽装したサイトを作り、それを偽アカウントで拡散したもので、ドイツに特化したコンテンツを拡散していた。このネットワークはMetaによってテイクダウンされた。

・2年経過 脆弱性

侵攻から2年経過し、ロシアが利用しやすい脆弱性がドイツにあることがわかってきた。主たるものは次の4つ。

移民の増加と経済の停滞の中でのウクライナ支援の費用をめぐる不満
アメリカにおける外交的孤立主義の台頭
次期EU議会選挙での親クレムリン極右政党の躍進
国際紛争、特にイスラエルとハマスの紛争に関する欧米の偽善をめぐる非難

ほとんどのドイツ人はロシアもウクライナ侵攻も支持していないものの、反ウクライナのレトリックは目立つようになってきている。
ISDの調査によれば伝統的なメディアよりもSNSの情報を信用する人は親ウクライナ傾向が低いことがわかった。
また、AfD支持者はロシアの陰謀論を信じる傾向があり、極左も同様で、極右と極左のいずれもロシアの陰謀論と親和性が高い。また、反NATO、反西側の立場を取る点も共通している。極右と極左の重なりをQuerfront(cross-front)と呼んでいる。ドイツにおいて極右と極左が手を結ぶ可能性を示唆している。ロシアは双方を支援している。

アメリカの孤立主義化はトランプが大統領になった際には確定であり、ロシアはウクライナに対して有利な立場にたつ。そして、アメリカが最大の支援者でなくなった後は、ドイツが最大の支援者となる。その負担はかなり大きい。
EU議会における親ロシア議員の増加は避けられない。
国際紛争、特に欧米以外の地域のものではロシアを肯定的にとらえる人々が多いため、西側の偽善はターゲットとなる。

●感想

このところよいレポートを次々と出してくるISDだが、これはヨーロッパの危機感の表れなのだろうか? 結論をみても全く明るい展望を持てないのが悲しいのだけど。

ところで、このレポートに書かれていた欧米以外ではロシアのプロパガンダメディアが影響力を持っていて親ロシア派が多いことや、ヨーロッパでの極右と極左がロシアを結びついていて躍進していることなどはほとんど日本では報じられないし、専門家もあまり触れない。基本的に、ロシアの影響工作は失敗した、と繰り返すことが多い。とても不思議だ。
このnoteに書いた「世界各地で同時発生した反ワクチンから親ロ発言への転換」https://note.com/ichi_twnovel/n/nce3b3fc468a7 、とか、1年経ったあとでの各機関のレポート比較を「ウクライナ1年を経て見えてきたデジタル影響工作の効果」https://note.com/ichi_twnovel/n/n59a780cfff41、 でやったのになあ。なんでだろう?

一田和樹のメモ帳、ウクライナ1年を経て見えてきたデジタル影響工作の効果、https://note.com/ichi_twnovel/n/n59a780cfff41

ちなみに、取り上げられないロシアの話題は下記にまとめてみた。個人的にはアメリカ連邦議事堂への暴動への中露の関与はとても重要で気になっている。
日本でロシアの情報戦について語る時、必ず抜けている話題についての備忘録
https://note.com/ichi_twnovel/n/n6986ecf19cce

2年目のまとめ? やりません。だって誰も読まないし、参考にしてもらないんだもん。

好評発売中!
ネット世論操作とデジタル影響工作:「見えざる手」を可視化する
『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)
『フェイクニュース 戦略的戦争兵器』(角川新書)
『犯罪「事前」捜査』(角川新書)<政府機関が利用する民間企業製のスパイウェアについて解説。


本noteではサポートを受け付けております。よろしくお願いいたします。