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ロシア侵攻を正当と信じるのは陰謀論的世界観を信じているためという論文

2024年5月22日に公開された論文「Justifying an Invasion: When Is Disinformation Successful?」( Jan Zilinsky他、 https://doi.org/10.1080/10584609.2024.2352483 )によると、19カ国にわたる調査の結果、ロシアの主張を信じる人々には陰謀論の世界観を持っている傾向があった。


●概要

一般的にはロシアの偽情報キャンペーンによって一部の人がロシア侵攻の正当性を信じるようになると言われているが、実際の調査研究ではロシアの作戦の効果はあまりあがっていないことを示しているものが多い。いまのところ、ロシアのデジタル影響工作の効果について議論されているが、答えは出ていない。

この論文の調査では国による違いや、個人の特性による違い、陰謀論と政治的シニシズムとの関係について、2022年4月から5月にかけて19か国で現地調査を実施し、定量分析を行っている。

「Justifying an Invasion: When Is Disinformation Successful?」( Jan Zilinsky他、 https://doi.org/10.1080/10584609.2024.2352483 )
「Justifying an Invasion: When Is Disinformation Successful?」( Jan Zilinsky他、 https://doi.org/10.1080/10584609.2024.2352483 )

図を見るとわかるように国による違いは明らかである。
個人の特性による違いと陰謀論と政治的シニシズムとの関係については、陰謀論的思考スコアがロシア侵攻支持ともっとも強い関係が認められた。
【2024年6月3日追記】陰謀論的思考については、「陰謀論に共通する8つの特徴を定量的に抽出した論文」( https://note.com/ichi_twnovel/n/nf1f48fe8ba05 )をもとにしている。

国による違いはあるものの、陰謀論的な世界観を持っていることは偽情報を信じるもっとも強力な要因であることが明らかになった。
陰謀論の支持はすべての国で大きく異なるわけではないが、明らかに異なる国がいくつかある。最も重要なのは、SNSが偽情報を支持するようになるもっとも強い要因であるという一般的な見解は正しくなかったことである。ロシアの主張を信じる要因としては、陰謀論的世界観にはまっているという個人的な特徴の影響が大きい。個人の陰謀論的思考を考慮しない場合、SNSの影響は最大150%過大評価される可能性がある。

●感想

陰謀論や偽情報を信じる要因として、陰謀論を信じやすい個人的特性がある可能性を暗示することはいくつもあった。たとえば、多くの国ではQAnon、白人至上主義、極右、反ワクチンなどは重複して信じられていたり、乗り替えられやすい。そういう性向のある個人がさまざまな陰謀論や偽情報にはまりやすいという仮説はあり得る。今回の論文は部分的にその仮説が正しい可能性を示したように思う。この仮説が成立したら、次はそのような性向を持つに至った理由、きっかけということになる。そこまでいってはじめて効果のある対策の議論ができるだろう。

偽情報対策に効果がないあるいは、効果は検証されていない、という調査研究が増加しているが、その一方で根拠のない仮定にもとづく対策や規制はどんどん増加し、強化されている。日本も根拠のない対策や規制に乗り気で各省庁は前のめりで組織と予算を増強した。

この論文は偽情報成功の要因を明らかにするこことで、今後の対策の参考になりそうだ。陰謀論を信じやすいという個人の傾向がなにによって形成されるのかは論文の範疇ではないが、少なくともSNSプラットフォームに対策強化を要請したり、規制を強化したり、ファクトチェックをやったりしても効果はわずかだ。むしろ強化することで、警戒主義を増長させ、社会の権威主義的傾向を強め、分断や不満、不信を煽る可能性がある。

関連記事

陰謀論に共通する8つの特徴を定量的に抽出した論文
https://note.com/ichi_twnovel/n/nf1f48fe8ba05
これまでの誤・偽情報、認知戦、デジタル影響工作に関する見直しのまとめ

https://note.com/ichi_twnovel/n/ne27712c47358

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