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ヨーロッパの軋み  EU移民協定とウクライナ・ポーランドの亀裂

●EUの移民協定

2023年、EUは歴史的な移民協定を締結した。この協定は2024年のEU選挙の前に最終決定となる。EUの各国は一定の人数の移民を受け入れることになるが、1人当たり2万ユーロを支払うことで受け入れを拒否することもできる。
国境で行われる厳格な手続きには短期間の拘留期間を含む可能性がある。国境での事前審査によって、各人の行き先が決定される。
移民受け入れの数は、EU全体で30,000 人からスタートし、120,000人に達するまで毎年上昇すると予想されている。

移民についてはEU内部でも立場と意見は大きく異なる。この協定は2つのグループのバランスをとっている。亡命希望者の処理により多くの支援を求める国境沿いの国々(イタリアやギリシャなど)と、多くの移民がEUに到着し、移 動していると主張する内陸部の国々(ドイツやスウェーデンなど)である。
そして、ポーランドやハンガリーなどの東部のEU諸国は、主にイスラム教を信仰する中東や北アフリカからの人々の受け入れを拒否し、右派政党やポピュリスト政党が反移民のレトリックで国民を煽っている。
特にポーランドはすでに100万人を超えるウクライナ難民を受け入れていることから、追加的な受け入れを拒否すると語っており、一人当たり2万ユーロの支払いもボイコットするとしている。
ポーランド与党の法と正義党(PiS)の党首は、たとえこの協定がEUによって合意されたとしても、これを受け入れないと宣言した。EUはポーランドが受け入れた150万人のウクライナ難民に対しては一人当た り100ユーロ以下しか支給していないにもかかわらず、ポーランドが移民の受け入れを拒否した場合には一人当たり2万ユーロを要求していると訴えている。
ポーランドは問題をエスカレートさせており、ヨーロッパが戦争状態にある今、大きな政治的脅威となっているという批判もある。「大きな政治的脅威」とは、各国が集団的決定に従わずEUが麻痺することを意味する。

国際的な人権擁護団体ヒューマンライツウォッチはこの移民協定が虐待の可能性を高めることを指摘し、非難している。実際には、多くの人々が、保護措置が少ない手続きに回されることになり、手続きの間、人々は監禁される可能性が高く、最大で6ヶ月かかる可能性があり、弱者や家族、子供に対する免除はほとんどない。移民に対して拘留または拘留に似た条件を課すことは、移民がヨーロッパに入ることを防ぎ、できるだけ迅速に人々を強制送還するという狙いがあるように見える。この協定では、送り返す先を受け入れを拒絶した国が決定することができるてめ、基本的な権利が保障 されないリスクがある。欧州委員会が2020年9月に移民協定案を提示した際、70以上の団体が移民への対処を悪化させる危険性があると警告した。EU各国政府は2年以上かけて、欧州委員会の悪い提案をさらに悪いものにしようとしている。

受け入れ拒否となった場合、その移民はEUではないどこかに送られる。その送り先として可能性が高くなっているのはチュニジアだ。チュニジアは、地中海を渡ってヨーロッパを目指す移民の主な出発地となっている。今年だけで72,000人の移民が地中海を渡り、そのほとんどがイタリアにたどり着いている。地図を見るとなぜそうなるのかすぐにわかる。チュニジアとイタリアはすごく近い。

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チュニジアとEUは移民に対する協定に署名した。そこには密輸の阻止、国境の強化、移民の帰還のための費用1億1800万ドルが含まれている。この協定は経済危機に陥っているチュニジアを建て直す計画も含まれている。
チュニジアは経済危機に苦しんでおり、ヨーロッパに行くために国を出ようとするチュニジア 人も増えている。
しかし、チュニジアのサイード大統領は議会や司法を犠牲にして大統領の権限を強化する一連の施策を実施してきた。2 年前には首相を解任し、議会を停止させ、1年後にはほぼ無制限の権 限を与える憲法を押し通すなど権威主義化を推し進めている。そして移民についてはきわめて否定的である。

移民は現在世界が直面している問題のひとつでしかないことがさらに深刻だ。

●もうひとつの最前線となったポーランド

・ポーランドとウクライナ

ポーランドはウクライナの最も強力な支援国のひとつであり、軍事・経済援助を提供し、100万人以上のウクライナ難民を受け入れ、国際フォーラムでキエフの立場を擁護し、自国の領土を前線に向かう西側の武器輸送の主要なルートにした。
そのためウクライナ戦争ではポーランドは戦闘こそ起きていないが、最前線となっている。ポーランドがロシアに対して敵対的な立場を取っていることも原因のひとつだ。ポーランドに直接戦闘行為を行うことはEUとNATOとの関係上、難しいため正体を隠して行える作戦を実施している。サイバー攻撃はロシアのウクライナ侵攻以降、急増した。

ポーランドにおけるロシアのスパイネットワークを再建し、正体を隠して内側から攻撃するための作戦が行われている。ポーランド国内で移民してきたウクライナ人やベラルーシ人に求人活動をしている。仕事の内容は貨物の脱線、放火、暗殺などである。
すでにいくつかの計画が未然に防がれ、ウクライナ人が逮捕されている。ほとんどが伝統的にモスクワ寄りの東部地方出身であり、イデオロギーよりも金銭的動機が強かったようだ。

・ポーランドとウクライナの摩擦を狙うロシア

ロシアの影響競作はすでにある問題を利用して、分断を広げ、混乱を起こそうとする。ポーランドでもそれは同じだ。現在、ポーランドとウクライナの間には大きく3つの問題がある。

1.ウクライナ支持の低下
最近発表され2023年5-6月の世論調査結果によれば、ポーランド人の約65%がワルシャワがウクライナを支援し続けることを望んでおり、約34%がポーランドが中立であることを望んでいる。しかし、調査対象者のうちウクライナ支援を支持すると答えた人の割合はここ数カ月で減少しており、昨年の同じ調査での支持率 83%から 20パーセント近く下がっている。

2.歴史認識の齟齬
80年前、ウクライナは現在のウクライナ西部ヴォリン地方のポーランドの村々に攻撃を行い、数万人を殺害した。
ゼレンスキー大統領はポーランドのドゥダ大統領とともにウクライナ西部の都市ルツクでこの事件を追悼する儀式に参加した。ポーランドとウクライナでは、この事件に関する解釈が大きく異なっている。
ポーランド人にとってこの事件は「ヴォリンの虐殺」であり、ウクライナ軍がこの地域からポーランド人を民族浄化するために行った大規模な活動の一環であったと考えている。ウクライナ人にとっては、この事件は当時ポーランド人とウクライナ人の間で起こっていた紛争のひとつなのだ。
この事件は、ポーランド国内の民族主義者や極右グループたちに今でもよく利用され、ウクライナへの反感を煽るのに使われる。

3.穀物問題
EUの協定では、ポーランドをはじめとする4カ国は、自国の農家を保護するためにウクライナ産穀物の輸入を禁止することが許されているが、穀物が自国の領土を越えて他国に輸出されることは認めている。この協定は今年9月に期限が切れるが、ポーランドは延長を望んでいる。この問題についてウクライナとポーランドの間では意見が対立している。
ポーランドの与党「法と正義」の支持基盤は農民であるため、この問題について同党は強い態度でのぞむ可能性が高い。

●感想

ウクライナと台湾を比較する話はよく見かけるけど、ウクライナと台湾ではだいぶ違う。それよりはポーランドと日本の方がはるかに近いような気がする。戦争が起きれば必ず巻き込まれ、サイバー攻撃を受け、戦場への物資の輸送ルートになり、大量の台湾からの避難民を受け入れ、その数名は中国に操られて日本でテロ行為を実行する可能性がある。ポーランドと日本の与党も保守ポピュリストである点も似ている。
台湾は一時期日本の統治下にあり、ウクライナの一部もポーランドの統治下だった。

中国はロシアがポーランドに仕掛けていることを観察し、学んでいるだろう。日本はどうかというと、そんな気配はないようなので心配である。

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ネット世論操作とデジタル影響工作:「見えざる手」を可視化する
『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)
『フェイクニュース 戦略的戦争兵器』(角川新書)
『犯罪「事前」捜査』(角川新書)<政府機関が利用する民間企業製のスパイウェアについて解説。

●出典

Officials Reveal Dreaded Russian Plot Against New Target in Europe、https://www.thedailybeast.com/polish-officials-reveal-new-russian-influence-plot-for-war-on-ukraine

Russia recruited operatives online to target weapons crossing Poland、https://www.washingtonpost.com/world/2023/08/18/ukraine-weapons-sabotage-gru-poland/

Polish Cyber Defenses and the Russia-Ukraine War、https://www.cfr.org/blog/polish-cyber-defenses-and-russia-ukraine-war

Tensions between Ukraine and Poland over grain hint at exhaustion from war、https://www.washingtonpost.com/world/2023/08/12/ukraine-poland-tensions-grain-war/

Q&A: Poland’s President Duda on Ukraine aid, Russian nuclear threat、https://www.washingtonpost.com/opinions/2023/08/10/poland-president-duda-interview-ukraine-excerpts/

Poland and Lithuania, on NATO’s eastern flank, warn against ‘provocations’、https://www.nytimes.com/2023/08/03/world/europe/poland-belarus-wagner-nato.html

At Risk of Invasion or Lovely to Visit: Two Views of a Polish Border Area、https://www.nytimes.com/2023/08/22/world/europe/poland-suwalki-russia-belarus.html

Poland wants referendum after refusing EU deal on migration、https://www.thetimes.co.uk/article/poland-wants-referendum-after-refusing-eu-deal-on-migration-bvlfl5gt3

What’s actually in the EU’s migration deal?、https://www.politico.eu/article/eu-migration-deal-asylum-seekers-relocation/

EU ministers seal 'historic' migration deal、https://www.reuters.com/world/europe/eu-ministers-seek-long-stalled-migration-deal-2023-06-08/

New EU Migration Deal Will Increase Suffering at Borders、https://www.hrw.org/news/2023/06/09/new-eu-migration-deal-will-increase-suffering-borders

Tunisia-EU migration: Deal signed to strengthen borders、https://www.bbc.com/news/world-africa-66222864#


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